ビリヤニ

 地面に座った尻の汚れは叩けば落ちるだろう。乗り続ける車内に侵入してくる砂埃は全身に染み渡り、少し体を洗っただけでは落としきれない。古いボックス型の日本車はアスファルトで舗装されていないがたがた揺れるなだらかな丘を進んでいき、振動によって窓はどうしても開いて、外からの砂埃を招き入れてしまう。野生のレタスか人参か、紫の小さな花も咲くマザリシャリフからヘラートへ向かう丘の中の道は、時折せせらぎを渡り、春の息吹に吹き荒れている。がたがた道に刺激されるかのように話し続けるアフガニスタン人は十五人いて、自分を含めた十六人の男が広くない車内のシートを無駄なく埋めている。アフガニスタンは多民族国家だと聞いたことがある。ペシャワールで多く見かけたパシュトゥーン人もいれば、ロシア人のような顔立ちや、モンゴロイドの血の混じったくせのある顔もいる。髭を豊富に生やした屈強に見える典型的なアフガニスタン人らしい格好をした中年男性は、その無慈悲そうな風貌とは裏腹に、ヘラートへ向けて出発した時から自分の後ろの席で真下を向き続けて、一人車に酔いどれて不快な嗚咽と嘔吐によって親和力の強い臭いを車内に充満させる。サルワール・カミーズを着る十六人の男達はまるで病院の患者か囚人か、白、水色、深緑、黒、色色異なれど、この国にいる限り身につけなければならない決まった制服として制約を各自に課しているようだが、この服だからこそ異人の自分も一人の男として、この暑苦しさと汗と垢の蒸れた臭いに満ちた車内に大きな違和感をもたらさずにいない。


 荒れた地に春が来ている。ヒンドゥークシュの峠は雪国のようにちっぽけな家の大部分を埋めていたが、山を降りると、その雪のもたらす恩恵でオアシスのように旺盛な緑が裾に広がり、降りきってしまうと地平線に囲まれた砂漠が続く。あまりの大地の変化に驚いて振り返ると、ヒンドゥークシュの塊が聳えるマザリシャリフからカブールへと続く道と違い、ヘラートまでは、のたりとした空気に飽和する新芽の躍動ばかり、プラムの花が日干し煉瓦の家家に固まる川辺に色を浮かせている。


 火星に来ても、これほど現実感のない風景はないだろう。バンコクから陸路を続き、ヒマラヤ山脈を越え、インド半島をぐるりとしても、電信柱の一本も見えないこの道の風景は自分の常識からあまりにも遠く離れていて、旅は死を体感できる一つの方法だと強く実感する。迷子になるでは済まされない。自分の持っている日常の概念をたやすく凌駕してくる。体験は符号する点を見つけられず、過去の自分はすでに死に絶えており、家族の記憶は宇宙の果てから俯瞰するような客体としてあり、もう二度と会えない墓場からの悲しみを抱いて、この世が何よりも愛しくなる。道の途中で幾度も見かけた打ち捨てられた戦車の残骸、不自然に土の盛りあがった丘はぼこぼこしていて、国を、家族を、人生を守る為に果てた戦士たちの存在をテレビや新聞ではなく、本物として感じられた。それはこの世に生きるうえで大切な感覚だろう。想像力は育まれていく、長い道のりに、途中休憩の開放感に、タイヤの動かなくなった車を全員で押し、角度のある丘は全員が車の後を歩く。広大な大地でのちっぽけな生物の連帯感はつながることへの喜びだ。


 太陽の傾いた頃に車は小さな村で動きを終える。目的地へどうしても急いでしまう旅行者にとって、夕刻でその日の移動を終えるのは一日がもったいなく感じてしまう。もっと先へ進めるのに。しかしチベットでの移動の時もそうだ。チベタンコンボイの助手席に座り時速三十キロを平均速度として、驚異の風景をパノラマのフロントガラスで存分に味わい尽くせずにいた時も、日の沈む頃に一日の行程を終える。雲南省から四日かけてラサへ着いた時も、長い距離を走破するからこそ、急がず、夜は仲間達の食事を楽しんで一日を引き伸ばすことはしなかった。魂から震える景色のある場所は似た時間の流れがあるのか。


 村はやはり砂埃に包まれていた。家屋は少なく、日本人の自分が来たという噂が瞬時に広まり、好奇心のあるアフガニスタン人の若者達が群がってくる。当然言葉は何も通じない。マザリシャリフ、ヘラート、ヤーパン、メイドインジャパンなどの言葉を使い、あとは身振り手振りでの伝達と眼球運動だ。言っていることがわからないと伝えるのに、毎度同じ動作では自分自身が飽きてしまい、その感情がどうしても相手へ伝わってしまう。ただ、伝わったからといって彼らが繊細な心の働きによって遠慮することはあり得ない。自分自身がそのことを少しばかり気にしてしまい、それが繰り返されることで神経は疲労していくのだ。そうなるとわからない言葉はいよいよわからなくなり、表情はかたまり、一切に嫌気が差してきて、自身を滅ぼすことになる。あくまで道化になりきって馬鹿に徹底することが彼らを満足させることになり、素朴な思い出を得ることになる。


 荷物を広い部屋に置く。十トントラック三台分のこの空間はこれ以上なく調和した使い慣れた絨毯が広がり、ブラウン管の大きなテレビと映像再生機の他は原初から変わらない生活を送り続けているのではないかと疑う彼らの生活環境も、携帯電話の存在で現代のものだと気づかされる。どうやって購入したのだろうか。そんな疑問を抱くが何の意味もないだろう。現代の機器に慣れることはとてもできないと思ってしまう彼らだが、自分は人間であることを忘れている。彼らはどんな環境も驚くべき力を発揮して適応する生物なのだ。


 集まった人人と作りきった笑みを浮かべて一緒に笑っていくうちに、付きまとう人数は少しずつ減っていく。残ったのは若い男達で、口の達者な男と、あきれるほど美しい青い虹彩の青年と、無言で自分の動きを観察し続ける男だ。荷物を置いた家屋の裏へ行き、通じない言葉でやりとりする。遠くに埃色の要塞のような建物が見えていて、どうやら青い目の青年は兵士としてあそこで働いているらしい。死がまず脳裏に浮かんだ。日本と海外で繰り返し刷り込まされた情報に、兵器の残骸とカブールの壊れたままの剥き出しの建物や、丘に眠る土饅頭らの和音が、的確な死を青い瞳の若者に切れ味の鋭い蒼穹のレッテルを貼り付ける。こんな綺麗な目の、愛らしい笑顔の彼が、こんな死にやすい仕事に従事しているなんて。固まった断片の事実が、本当だと思わせる幻想を生み出す。たしかに死にやすい職業だろう。こんな土地で、彼らは、他人に思いを馳せる能力をたくましい力で授けてくれる。未来を予期される。同情する気持ちは磨かれて感謝の念が湧いてくる。


 陽は落ちて皆が広い部屋に集まる。わりと最近の型のテレビには、このうえない悪さのカメラワークと演出でアフガニスタンか他の国か判別できない映画やドラマが映し出されていて、ところどころに鋏を入れられたフィルムのように場面が飛びに飛び、目が引っくり返る演技のまずさで暴力シーンが頻繁に繰り返される。


 とある村で、サッカーの試合があるからと、同乗していたアフガニスタン人に誘われ、観に行くと、観客は苛烈な視線を自分に注いできた。他の国ではまず見られない恐ろしいまでに鋭い目つきで、これはアフガニスタン人の何人にも見られる、紛争によって生みだされた通性の眼差しであって、地球外生物に寄生された物語の漫画に登場する猟奇的な殺人犯と似た目つきであった。こんな目をした者者のサッカーを見たが、技術はあまりなく、近くに来たボールを遠くに蹴ることの多い素人による、サッカーの試合をテレビで観て模倣することのない、小学校の低学年の体育の授業のような拙さだが、体格はどの男も立派なので、格闘技とも呼ばれる球技であることをこれほどうまく表現できる国はないだろうと思われた。


 この国で何度腕相撲をしただろう。大人同士の殴り合いの喧嘩を何度見たことだろう。半年間アジアを旅行していて一度だって他の国では見たことがない。力がこの国では大きな基準なのだと、そこまでする必要がないのではと首を傾げながらテレビの映像を見て決めつけてしまう。しかしとても優しい人人であることを知っている。腕相撲を笑いながらする。バクシシをおまえは払わなくていいと、車内の十五人全員が合図して、取り出したアフガニー札を決して受け取ろうとしない。自国のことだ、おまえはゲストだと。誇り高い人人だ。だからソ連軍を退け、紛争は終着点を見つけられていない。


 日本で観る映画やドラマとはまるで異なった映像表現を見続けながら頭の中の会話を続けていると、食事が始まった。広い部屋の壁を背に、何十人もの人人が輪を作り、運ばれてきたピタパンと干しぶどうの入ったマトンのビリヤニをいただく。彼らは旅行者か。それともこの家屋の親族だろうか。子供も多く、小さい女の子は栗色の美しい艶の髪の毛を出している。大きな声で笑い合うわけではない。それぞれの範囲で会話をしながら、時折その規模が全体に伝わって発言は入り乱れる。男達は全員サルワール・カミーズだ。なんて美味しい食事だろう。一日の行程はすべて夕飯に集約されており、これは生きる為にもっとも欠くことのできない営みであり、おろそかにはできない憩いの時なのだ。


 どうだヤーパン、おいしいだろう。誰からも知らない言葉で笑いかけられる。自分も勝手な解釈をして眉を動かし親指を立てる。周りは赤児のように鉛筆が転がって笑い声をあげる。これが食卓だ。いつだって夢を思い出に彩られた異国の食卓だ。

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