置物

 知人から、数ヶ月旅行に出るからその間家を管理して欲しいと頼まれ、丁度、長期旅行から戻る直前の彼は友人達の家を渡り歩くことをやめて、その家を基点に仕事と住まい探しをすることにした。日本に戻り、次の観光地に向かう気分で教えられた家へ重い荷物を背負って行き、ダイヤル式の小さな管理ボックスの中から鍵を取り出して扉を開けた。


 気怠サガスグニ襲イカカッテキタ。別ニ望ンダワケデモナイ川鵜ニ生マレテシマイ、来ル日モ来ル日モ水中ヘト潜リ、素早イ魚ヲ相手ニ知恵ト生活力ヲ競ッテ生キナケレバナラナイ面倒臭サダ。与エラレタ環境ガドウデアロウト、自身ノ水ニ合ワナケレバ全テガ泥沼ニナル。適度ニ体ヲ動カスダケノ、アマリ頭ヲ使ワナイ狭イ範囲デノ仕事ニ就キ、複雑ナ人間関係ニ巻キ込マレルコトナク割合穏ヤカニ働ケルノニ、着目スルノハ、他人ノ粗ダケデ、普段ハ無口デソレホド同僚ト会話シナイガ、誰カノヘ愚痴トナルト途端熱弁スル。小雀達ハ軽軽シク餌ヲ啄ミ、鳩ハ呑気ニ首ヲ前後サセテ、狩リスル鳥ニハナイ粗忽デ正確サニ欠ケタ動キデ餌ヲ振リ投ゲテ、自ラノ頭ノ上ニ載セテ気ヅカズニイル。彼ラヲ羨マシク思エド、彼ラニナレバ雀ト鳩ノ同僚ニ苛立ッテ一生ヲ終エルヨウナ、呪ワレタ性質ノ気怠サハ変ワラズ湧キ上ガッテクルダロウ。


 打ちっぱなしコンクリートの一階建ての家屋は巨大な長方形で、玄関を開けて入ると、靴を脱ぐたたきがなく、狭くない空間一面に青色の精緻な柄のペルシャ絨毯が、信仰する宗教は何だと、彼に威厳を持って尋ねてきた(ソウイエバたぶりぃぃずデドウノコウノダト言ッテイタナ)。彼は血管の浮く日焼けした禿頭を一瞬だけ頭によぎらせて、部屋に礼拝者と分厚い本はないかと見渡した。升目の天井の大部分は曇りガラスに占められていて、それらが、苔の立体感で生えわたる絨毯に淡い光で生命力を注ぎ込んでいるらしく、照明を点ける前から彼に語りかけてきた理由がすぐにわかった。祈る者も、多くの手に大切にされてきた本も見あたらないばかりか、生活する者に必要な調度類がほとんど見られない。四十インチくらいのブラウン管テレビがあるだけで、コンクリートの壁面には何の装飾も見られず、テレビと絨毯だけで部屋は成り立っていた(コレハ生活感ヲ必要トシナイ、アル目的ノ為ノ施設ジャナイノカ)。


 反シテ空虚感ハみきさぁぁ車カラ注ギ込マレルこんくりぃぃとデハナク、十とんとらっくノ荷台一杯ニ積マレタ砂利ヲ、一気ニ注ギ込ム荒ッポサデ満タサレテイッタ。荷ヲ積ミ過ギナイヨウニ気ヲツケテイタこんぼいトシテ、アチラコチラト気ママニ運転シテイタトハイエ、ドウシテモ荷台ハ様様ナ体験ト土産ニヨッテ積載サレテイッタ。単調ナ生活ノ気怠サハ乱レル心ノ幻惑ヲ沈メルダロウト欲シテイテ、新奇ニ恵マレタ生活ハムシロ勤勉ニナラザロウエズ、通リ過ギテイク彼ラ、アル一定ノ服装ト振ル舞イヲ通性トスル同ジ彼ラニ嫌気ヲサスノデハナク、親シクカラマズニハイラレナイ、マルデ話ノ合ワナイ同僚ヲ嫌悪シタイ心デイツマデモ嘲テ自尊心ヲ満タスノダ。モウ走リ回ラナイこんぼいノ荷台ニ少シズツ積ンデイッテハ、荷台ヲ傾ケテ地ヲ埋メテ、ぱんぱんニ満タシテシマオウ。


 奥に行くと灰色の壁と同化するように据え付けられた取っ手のない観音開きの扉があり、生活の為の物はここに隠れているのだろうと、彼は開けて中に入ると、整然とされた洒落た店内を維持する掃除道具や細かいディスプレイの為の品品が裏に隠されているのと同じく、知人の生活感は凝集されて息を潜ませていた。几帳面な人間は多彩な衣装を、外面と同様に神経を行き届かせて管理するが、整調されていない偏った女性の華やかさを維持する土壌は、実際はほうったらかしで、細やかな水遣りや追肥がなく、仮に無分別に与えられたとしても、持てる力を発揮して見事な花を咲かせることがあるのは、育てやすい雑草のごとき生命力に加えて、不公平な潜在能力を持たされているからだ。衣装箪笥やケースは雑多な植物と昆虫が蠢くかのごとく、高価な服飾や化粧類に雑然と散らかっている。不純な肥溜めや臭いのきつい下水道ではなく、雑木林の一角で腐乱する電化製品や生ごみの混ざり合う汚さがその隠れた一室にはあった。(コウジャナクテハ、居心地ガ悪イ)彼は生活を支える一室を見渡し、旅行者が持つ技能として、どのようにこの場所で生活していくかの見積もりと段取を意識することなく自動的に計算し始めた。


 砂漠デ生活スルニアタリ、強烈ナ陽射シヤ砂ノ混ジル風ヲ避ケラレル場所、炊事ヤ排便、水浴ビモデキル荒レタ納屋ガ用意サレテイタ。素晴ラシク調和ノ取レタ生活環境ダ。想像力ヲ塗リツケル広大ナ画布ニ、途方モナク引キ伸バサレタ一日ノ時間ヲ与エラレテシマイ、孤独ニヨッテ何カヲ生ミダス仕事デアレバ、些カ刺激ハ足リナクトモ、材料ガ大分ニアレバ成果ヲ残セルダロウ。気怠サト空虚ノ境界ハボヤケテシマイ、多義的ニ転化サレルノデハナク、倒錯ノ意味ガ反転シテシマッタヨウダ。今マデガ砂漠ダッタカ、今マデガ納屋ダッタカ。全部ヲ履キ違エテイル。地面ハ砂ナンカデハナク、青イ宇宙ノおあしすニアリ、天カラノ光ハ神ト連絡シヤスイヨウニ作ラレタ装置デ、何カヲ作ル者ハ、個人ノ為デハナク、全体ノ為ニ、崇高ナル存在ヘト姿勢ヲ矯正サレル。


 知人からの約束に、彼の私物を知人の言うリビングルームに置かないでくれとあった。ただし一点だけ置いてもらいたい物があるから、後日送るので、彼のセンスによって適切に飾ってくれともあった。彼にとって、汚物に溢れるが生活になくてはならない物の溜め込まれた部屋こそリビングルームであった。宅配便で送られてくると思っていた彼は、職業案内所から帰ってポストを開けると、手の平にも満たない熊の木彫りが入っているのに驚いた。鮭を口に咥えている定番の姿に、アルメニアのエレバンの川岸で見た巨大な熊を思い出した。体の十倍程の鉄の檻に閉じ込められていた灰色の熊は日本の動物園にいるようなおっとりしたところがなく、自然の恩恵を余すことなく享受した獰猛さで獲物を捕まえたくてうずうずするのを我慢できず機敏に檻の中を歩き回っており、半径十メートルにも近づき難い恐怖を呼び起こす力がはみ出していて、檻がなければ瞬時に引き裂かれるに違いないと、ビルの屋上から真下を見下ろす程の説得力で巨大なエンジンは荒々しく呼吸を轟かせ、鮭を呑気に咥える猶予はなく、捕まえた時に行儀悪く噛み潰し、ちぎれて、頭と尾は離れ、とても木彫りになんかできない凄惨な姿になってしまうだろう。この木彫りの熊はどこかペットのようだ。家の中に持って入ると、彼は絨毯の敷かれた部屋には決して調和しない代物だと思った。あのアルメニアの熊なら、この荘厳な空間に耐えうる冷厳で無慈悲な野生でもって、乱すのを構わず練り歩いて唸り声をあげるだろう。この木彫りの熊はどうしたって人の手にかかったものだから、あれほど純粋な自然は表れていない。彼は知人の頼みに従わず、物に溢れた部屋の角に熊を置いた。


 単調ナ生活ノ気怠サ、繰リ返サレル、一定ノりずむニヨル同様ノ物憂サ、痴呆ニナッテイクヨウナ刺激ノ少ナサ、同一ノ対象ト嫌デモ毎日付キ合イ、掘リ下ゲテイクシツコサ、日照リガ続ケバ雨ガ欲シクナリ、雨ガ続ケバ晴レ間ヲ欲ッシテ、乾燥シタ晴天ニ飽キタラ心ガ鬱屈スル曇天ニ、湿ッタ空ノ下デ頭痛ニ煎ジ薬ヲモライ、排気がすヲ綿菓子ニ纏メタ積乱雲カラノ雨足ニヨル、高層デ感ジルとのさまばったノ飛蝗現象ノヨウナ大雨粒ノ疾風ニヨル鼓動ノ高鳴リ、変化ニ富ンダ事象ヲ夢見テ出レバ、確カニ刺激ヤ珍奇ナ出来事ハ次次ト迎エニクルガ、ソレラガ朝ノ目覚マシ番組ト同ジ関係ニ変ワッテシマイ、使イ慣レタ箸ノヨウニ気ヅカヌウチニ色褪セテイタ。変ワリ映エノシナイ表情デ一日ヲ過ゴス人ノ胸底ニモ満チ欠ケハナイコトハナイガ、ソウトシナガラ、ヤハリ乏シイママニナッテシマウノハ同情ニ値スル。しぃぃそぉぉヲ一人デ遊バナイトイケナイノカ。一方ニ座ッタママ、両手ヲ細ク冷タイ鉄ノはんどるニカケテ掴マリ、両足ヲ蛙ニ、ソノママ動カズ、自分ヲ高クシテクレル相手ヲ待チナガラ、誰モ来テクレナイコトヲ、同ジ態度デ待チ続ケル者同士朽チ果テルマデ座リ、醜イ表情ヲ常態化サセテ愚痴リ続ケルノカ。座ッテハ立チ上ガリ、自分ノ足デしぃぃそぉぉヲ動カスベク中央ヘ向カッテ歩キ出シ、向コウ側デ一休ミ。飽キタラ、ジットシテイラレズ、マタ元ノ場所ヘ。気ノ合ウ友人や伴侶ノイル者ハ幸セダ。しぃぃそぉぉカラ踏ミ外サナイヨウニ、転ガリ落チナイヨウニ、足ヲ地面ト挟マナイヨウニ。


 専門の技能を持たない彼は、自分の趣味に関連する仕事を探そうと思ったが、それより、望む労働時間と休日の枠内で、興味を持った仕事に就こうと思った。遊学の時はまだ終わらず、日本での仕事も旅行中に旅費を得る為に一時的に働くのと同じく、少しばかり期間の長い充電に過ぎなかった。花屋で働くことが決まり、知人の家の雑然とした部屋でじゃがいもを茹でながら、住まいを探す必要はないと思った。知人はまだまだ戻らず、わざわざ部屋を借りて家具家電を揃えてしまえば、腰が重たくなって軽軽と飛び立てないだろう。ふと木彫りの熊に目を向けると、鮭を咥えたままだらしのない目つきで彼を見て、小馬鹿にしたように笑っていた。彼は驚き、まじまじと熊を見つめると、やはり嫌らしい目をしている。この熊が来た時はこんな顔をしていたかと思い返してみると、見事に記憶は欠如している。(ソウイエバ、熊ノ顔ナド見テイナカッタ)興味の無いものはどれも同じで、細部などまるで目につかず、関東の海沿いの森と四国の山近くの森がどちらも変わらないとしか見れない人のように、木彫りの熊は典型的なありきたりの物でしかないと彼は思い込んでいた。(ソレニシテモ嫌ナ顔ヲシテイル)こんな不愉快な顔した熊など気づかなければと思うのと同時に、こんなものを飾れと頼む知人の感性がつまらなく思えた。


 何時ダッテ物事ハ簡単ニシカ見エナカッタ。アノ踊リ、アノ演奏、アノ語リ口、ドレモスグニ出来ルヨウニナルダロウト始メテミレバ、距離ヲ考慮セズニ目的地ノ悦楽ダケヲ望ンデ、石橋ダロウト木ノ橋ダロウト、渡シガアレバ叩クコトモ、端ッコヲ通ロウトモ思イ至ラズ、木ノ葉ノ橋モ渡レルニ違イナイト、橋ノ字面ダケデ全テハ渡ッテ行ケルト思イ込ム性格ダカラ、花屋ハ表面ノ芳シサダケデナク、ドンナ美モソコヘ向カウ夥シイ忍苦ノ時間ト、栄光ヘ届ケラレル果テシナイ輸血ガアルコトヲ思イ知ル。何度経験シテモ忘レテシマウ。一晩目ヲ瞑レバ昨日ノ喧嘩ヲ忘レテ仲良クデキルカラ、途中デ横道ヘ逸レルコトハ当然トシテ、ソノ理由ナンゾハ一夜ニ蒸発シテシマイ、通ッテキタ人生同様ニ蛻ノ殻トナル。探セバ決シテソウデハナイガ、探サナケレバ、引キ出シハ何モ入ッテイナイ。花ニモ、欲シ忘レテイタ気怠サガ、支離滅裂ニ八方ヘ触手ノソレゾレガ八重ニ広ガッテイク。


 荒涼とした土地はいつでも心を満たしてくれた。砂、草、雪、どれも知人の言うリビングルームには存在している。宇宙の一欠片を広大な空間に見つけていた。ブラウン管テレビに見えたものは、交信する為の神聖な祭壇か墓なのだ。天井からの光には何も言うことはない。隣の部屋はなんてうるさいのだろう。それが心地良かった。それは心地良くなかった。それも心地良かった。そして心地良くなくなってきた。流れと淀み、運動と静止、公園のベンチで一人新聞を読む少年、赤と緑、薄汚れた白のバレーボールでぶつけあう老人達、おそらく置換しすぎて基準がめくれやすくなったのだろう。公園で野球をしても怒られなかった。今は手をバットにのみ許された。昔はゲートボールが許されなかったが、今度は女性共共酒を飲みながら許されている。そんなことがあっただろうか。ボールが足にあたり、少年は仕草に悩まされる。昔日のモラルか、現在の品行か、煩雑な部屋でクスクスを混ぜながら彼は熊を見た。物凄い形相で怒り、鮭はイクラを腹から漏らしている。


 オソラク馴染ミヤスイモノヲ求メテイタノカモシレナイ。移動シ続ケル生活様式ニ慣レヨウガ、結局、出会ウモノニ対シテ新鮮ナ対応ヲシナクナリ、新シイモノヲ受ケ入レル能力ガ向上シテモ、生マレ育ッテキタモノトハヤハリ違ウ。神経ヲ絡マセテキタ歳月ガマルデ違ウ。タッタ三日滞在シタダケデ小サナ村ヲ知ッタト決メ込ミ、次カラ次ヘト村ヲ飲ミ込ンデイル気ニナッテイタガ、何モ飲ミ込メテナンカイナカッタ。変ワッタ様子ノナイ桑ノ木ヲ見テ何ヲ得ラレタダロウカ。冬ハ枝打チサレテ、寂シゲヨリモ悲惨ナ野ザラシガ、春ニ芽吹キ、夏ニ向ケテ緑ヲ伸バシ、むすかりノ重力ニ絞ラレタ実ガ毒毒シク色ヅキ、口ニ入レテミタイ衝動ニ駆ラレテ、友達ガ食ベルノヲ見テ噛メバ、僅カナ甘サナド感知デキナイ稚児ノ味覚ニ決定的ナ酸味ノ基準トシテ、今後、様様ナ食物ヲ味ワウ折ノ物差シニナル。迷路ノヨウニ茂ル一区画ノ桑畑ニ樹海ニ等シイ神秘ヲ見ツケラレタダロウカ。今ハナイ。多分、随分ト年月ヲ経テカラノコトダロウ。空虚ヲ満タスベク空ッポノ紙風船ヲ求メテ口ニスレバ、一時ハ腹ガ満タサレルモ、スグニ遣ル瀬無イ乾キニウナサレテシマイ、アレモコレモト世界地図ヲ見下シ、他ノ旅行者ヲ狭イ擦リがらすヲ通シテ見ツメルコトナク、鼻デ笑ッテ見タコトノナイ国ヤ都市ヲ、自身ノ体験カラ引ッ張リ出シテ無理ニ嵌メ込ム。生活ニ倦厭シテ切望シタモノトイエバ、ツマラナイト思ッテ憎ンデイタモノ。変化ノ乏シイ生活ノ営ミ、愚痴ノ蔓延シタ職場ノ雑談、人ノ面子ヲ潰シテデモ茶化スコトニ専心スル友人トノ談笑、歪ナ商業広告、食品添加物デメカシタ気取ッタ姿ノ恥知ラズナ加工食品、てれび番組ヲ小宇宙トスル彼ラ、護岸サレテ歯並ビノ良クナッタ海岸、空ニ浮カブ雲サエ退屈ダト思ッテイタ気怠イ立チ位置ダッタ。


 旅行中に米と味噌を望む人の気が知れなかった彼は、インドのブッダガヤで日本人同士が集まって味噌汁パーティーを開き、喜んでいる光景に何の理解も示さなかった。なぜなら、その味噌汁は化学調味料によるだし汁と、添加物の多い白味噌による加減の悪い、とてもまずい味噌汁だった。懐郷させる食物だけで形式的に騒ぐ者者に、確かに彼は日本を思い出された。袋から顆粒のかつおだしの素を小鍋に入れて彼は熊を見た。うっとりした顔で、鮭ではなくカランコエの花束を咥えていた。もう以前のように花屋は見れなくなっていた。誰かの家にいたエンゼル・フィッシュに芸能人を見つけて飼ってみれば、いつか値段と飼育方法と、すでに低くなった価値で判別するだけのものになるようだ。生活感のある部屋で寝泊まりして、絨毯の部屋は外出する時に通るだけにしていたが、最近はこの生活感が臭くて仕方がない。隣の部屋を維持する為に必要なのだろうが、どうしてこんなものが存在するのだろうか、だからといって整理するわけにはいかない。知人の許しなくそうすることを遠慮しているのではなく、隣の部屋に物を分けてしまい、暖気と冷気を交流させて温度を統一することになる。多めの赤味噌を入れて作った汁を啜って彼はおいしいと思ったのと同時に、今日から絨毯の部屋で生活しようと思い立ち、木彫りの熊を手に持って隣に入った。センスを頼りに好きに飾ってと言っていたのも、彼はすぐに理解できた。今はなぜだかわかる。熊はどこに置いても全体と調和する。厳かな表情の熊を置いて、彼は色色な土地で見たそれぞれの祈り方を思い出し、正座して合掌した。


 痒クテ面白クモ退屈ナ時間ニ満チタ気怠サヘ。熊はその日から変わらない。鮭を咥えた姿は本然の姿だ。実際に見たことがないのに。あるめにあノ熊デハナイ別ノ熊ニモ会エヨウカ。旅行生活への反抗だったか。インドの駅で野宿するようで、絨毯の上などに眠りたくなかったのか。濃密ニ入レラレタこぉぉひぃぃヲ一気ニ飲ミ干ス生活ヘ。勿体ナイコトヲスグニ忘レルダロウ。気怠い生活だった。やはりすぐに飽きてしまった。あれもこれも、どこに行っても三日坊主で去ってしまう。鮭ニデモナロウカ。遡上スルノデハナク逆上スル頼リノナイ生活ヘト。習慣ニ食ベラレマイト尾ヲ振ッテ流レニ逆ラウモ、オ釈迦様ノ手ノ上、月ノ熊ニ咥エラレ続ケル。土産話は残らず広げた。もうただの人で、矮小な芸能人を世間の人人がとやかく非難するように、裏では日本社会に溶け込めないならず者でしかないと、あの生活感のある部屋のクレンザーとスポンジがひそひそ話していたことだろう。物ノ少ナイ生活ヘ。身ガ軽イ分、心ハ重タクナルコトヲ期待シヨウ。剥キ出シノ神経デ、化学調味料ニ火傷スル程ニ。結局熊と絨毯の部屋が取り持ってくれた。生活感のある部屋、花屋、熊。換物し続けて、いつか落ち着くのか。本当ハ眠レバ忘レルワケジャナイ。全部憶エテイテ、ワカッテイテ、ソレデしぃぃそぉぉヲ一人動カスノダ。つまらない生活からは逃れられないのだと。噛み殺されないようにもがき続けるままでいい。気ガ変ワレバ、熊ハ一思イニ鮭ヲ食イ散ラカスノダカラ。

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