星降るピンバッジ

 星が降ってきたという言葉を幾度も聞いたことがあり、その度に流れ星が頭によぎるか、柔らかいというより頼りない珊瑚色の海星の回転して青空に弧を印す子供の投げた手裏剣くらいで、どちらも言い回しには適せず、陳套な表現は何も事新しい印象を浮かばせない。星が降ってきたと口口に言われているのは、実際誰一人として星の降ってくるのではなく、単なる言葉の真似事でしかなく、伝言ゲームのような流伝する際の発展を宿した変化を持ち合わせず、頑固に仕上がった老人のように屈強で塑性を持たない存在の常套句として人々に取り憑き、やたらに発せられてきただけなのだ。


 彼はこれに近い考えを一切持たず、星が降ってきたと聞けば、装飾を剥ぎ取られた簡素な衣類の王子様がカレーを持っていて、目を点にしているくらいにしか想像しなかったのに、太田川近くの公園で開催されていたフリーマーケットでソ連のピンバッチを見つけて、初めて星が降ってきたという表現を持つことになった。人差し指の先くらいのピンバッジは金色の蔦で縁取られ、上部の赤い地にキリル文字でエスエスエスアァルと金字を浮かばせ、中央に島のように浮かぶ赤い星を取り囲む海は真珠がかった乳白色に満たされていて、星の内部にこれまた金で鎌と鎚が不細工に印されている。ところどころ剥げていても今の日本で暮らしていてはまず見かけない異様な質感を持ち、手に取ってみると一円玉とほぼ同じ重さしかなく、同量の鉛よりも重量はあるような見た目に似つかわしくない軽さに、騙されるというより、恐怖の籠もった疑念が生じて偽物ではないかと思わずにいられないが、手に伝わる金属の冷ややかさからこのピンバッジの辿ってきた数奇な生き様に触れるような迫力を感じて、カナブンとほぼ同じ大きさと重さに脈々と生き続いてきた生物の営みと同等の歴史があるのではないかと思わずにいられない。


 かちゅぅしゃノ合唱ガ突然響キ渡リ、激越ナぱっしょんニヨル全体主義ノ歌謡曲ニ乗ッテ、腰高ノべるとニ固定サレタ軍服ノぴろとか帽子ノ女性兵士達ガ、腰ニ手ヲ当テテ廻リ出シ、おりぃぶ色ノ膝丈ノすかぁとハ滑ラカナ服地ヲ品性良ク裾ヲ広ゲテ独楽トナリ、作ラレタ魅惑ノ笑顔ハ、こぉかさすヲ含メタ地球規模ノ国土ヲ凝縮シタりずむニ合ワセテ漸進的ニ速度ヲ早メテ廻転シテイクト、列車ハ日本ノ車両ト違イ鉄トイウ言葉ニ近イ意味ノ塊ヲシテイテ、進行ニヨル振動ハ強度ト同時ニ軽量ヲ得タ素材ノヨウナ控エ目ナ調子ガナク、頑強サヲ獲得スル代償トシテ伴ウ硬サデ衝撃ヲ吸収スルコトナク揺レルバカリカ、しょすたこぉゔぃちノ交響曲第四番第一楽章ニ表レルそ連ノ冬ノ暴風ノヨウナ極メテ激シイ旋風ノ勢イデ最高速ヲ維持スルノデ、新幹線ニ速度ハ敵ワナクトモ、同ジ時間進行ノ中ニ居ルヨウニ錯覚シテシマイ、兎ト亀ノ話デハナイガ、コチラノ方ガ早ク目的地ニ到着スルノデワナイカト思ワセルブッキラ棒ナ性格ガアル。激シイ車両ノ揺リ動カシニ反シテ車窓カラノ景色ハ、小サイ動キヲ持ツコトハナイノデハト、広漠トシタ大地ガ開ケテイテ、冬眠中ノ熊ノ傍ヲ蟻ガ横切ルヨウニ、狂暴サヲ潜メタ自然ハ雪解ケ花開キ、潤イニ緑ノ香ル夏ノ青草ニ大地ハ覆ワレ、白樺ノ森ニ入レバ新緑ト緑陰ニ白イちょおぉくノ林立ガ、ヤハリしょすたこぉゔぃちノ威勢デ興味ノ沸カナイ雑誌ヲメクルヨウニ過ギテイキ、連続シテイク時間ハ一昼夜ヲ駆ケ抜ケテ、天体運動ハ生物ノ運行ヲ肥大サセテ細カイ動キヲ見エナクサセテシマッタノデ、人間ラシサヲ感ジ取ルコトハデキナイガ、光ノ沈ンダ暗イ車内車外ノ動キニ合ワセテ飛ビ込ンデクル瞬間ノ明カリハ、月ノ零シタ雫カ、外灯カ、ソレトモ別ノ何カ、点ガ線ヘ移ル時ノ流レデ無数ニ消エテイク走馬灯ニ似タ印象ヲ残シテ、線路ハ雄大ナ弧ヲ描キツツ、車窓ニ収マリキラナイ茫漠トシタしべりあノ夏ノ夜ニ満天ノ星ヲ散リバメ、ソレラ全テヲ列車ノ進行ガ端正ナ女性兵士ノ流レ星ニ至ラセテイル。


 図書館の新聞雑誌閲覧室にて、老人ばかり紙面を広げる中、イヤホンにさしたショスタコーヴィチの第三楽章が破裂して、一人いる彼と世界の隔たりを痛感した瞬間に、小さなピンバッジと若草の茂る狭くない公園を見た。

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