道連れ

 一緒にスケボーをする仲間達と会わなくなってから半年ぐらい経った頃に電話があり、「うまい金の稼ぎ方があるんだ」と怪しむべき以外のなにものでもない誘いを受け、同棲している彼女とは生活費がないことでうまくいかず、ほとんど出席していない大学へ行っていると嘘をついている両親への負い目もあり、金さえあれば学費を自己負担できて、地方から出てきている彼女の苦しい生活の足しとなって関係をうまく繕うことができるだろうと思い、「一度だけでいいから話を聞いたほうがいいって、最初は怪しいと思うだろうけれど……」と雨が降れば傘が店頭に並ぶような当然の順序で誘い文句を受けたので、(マサカ友達ヲ騙シハシナイダロウ)貸したレコードを返してもらえなかったり、修学旅行の土産に買ったハブ酒について陰で文句を言われて(一緒ノ部屋デ自分ノ眠ッテイルソバデ話スカラ嫌デモ耳ニ入ル)笑いの種にされたこともあるのに、騙される根拠を探しださずに信じるという思慮のなさも手伝って、和食レストランで会うことになった。


 一人先に店に入り、注文を頼まずに待っていると、ビジネスシーンでは目にかかることのないだろうフランネルのブラウンスーツを着た友人と(学生服以外ニすぅぅつヲ着テイル姿ナド見タコトナイノニ)、中学校の同級生であった厚顔なほら吹きが(真面目ニ遠慮ナク嘘ヲツク姿ハ堂堂トシタ滑稽サガアッタ)、短く刈った髪にやけに皺のあるスーツでやって来て、四人テーブルの正面に座った二人は少しの緊張を親しさで盛り付けたにやついた顔で、身構える自分を和らげようと、遊んでいた時よりもわずかに大げさなからかい口調で最近の友人事情を話し始めると、先におまえの話は聞くから後で俺達の話をしこたま聞けと、心置きなく自分の話をできる雰囲気をお歳暮のように与えてくるので、最近の生活から悩みを引きずりだされると、唐突に幕が上がって照明は消えて、二人は神楽の舞でいつの間に面をつけるような巧みな技ではなく、誰にでもそれとわかるあからさまなギアチェンジで自分の発した“金に困っている”という間接的な発言に対して回りながら飛びかかり、リング上で二人がかりに技をかけられ(あだるとびでおノソレノヨウニ)、一人はチョークスリーパーを、もう一人はアキレス腱固めをかける狡猾な二匹の蛇として舌をちょろちょろ動かし、手始めに分厚い書類の束をテーブルに置くと、学生の自分に社会人として、商売人として、飲食店や引っ越しなどの肉体労働のアルバイトでは扱うことのない知能を働かせる実務としての仕事道具をひけらかし、片方がこの商売がいかに革新的であるかを著名人の書いた本を参考に滔滔と説明を始め、社会には四種の収入形態があり、この商売はいかにして搾取される側、いわば時間労働によってしか収入を得られない部類からどのように権利によって収入を得る側へ移るかを、それが自分を助ける唯一の方便と言わんばかりの厚かましさで迫ってきて、その熱量をもう片方が差し水をするように言葉を挟んでくるので、沸騰して溢れ出しそうな鍋は一時的に静まり、わかりやすいが現実感を持てない話を訝っている自分に深呼吸を与える効果を生み、空気は肺一杯に満たされて酸素は血液に広く行き渡り、友人の持ってきたこの話は、やはり怪しいものから、もしかしたらへと変わり、その進行はオーストリアのオルガニストの交響曲第七番第三楽章のように、奏楽が巨大になっては休止を挟むのを繰り返すことで、曲自体は変わらなくても砂場に繰り返しくぐらせる磁石のように何かが加味されて味わいが豊かになり、大金を得る途方もない話が次第に現実になるであろうと自分の頭の中に描かれだし、何かをつかむ為には目的を詳細に想像したほうがいいと言われて、それを真に受け、彼女を助ける為、学費を返す為だと二人の視線の注がれる紙に書き出していると、「お客様……、そろそろご注文はいかがでしょうか……」と従業員に不信感を隠したようなうわべの接客で言われ、この人をさんざん追い返していた二人はすでに自分を手玉にとったと思ったのか、メニューをとって最初を開くと、今が旬の鮎の塩焼き御膳が三人の目につき、「当店の鮎は養殖ではなく、身を悪くしないよう一匹一匹を友釣りで……」と言われるので、自分はなぜかその鮎が食べたくなり、「この、鮎の道連れをください」と瞬間的に口から出たのだ。

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