起震

 オディロン・ルドンのエッチングの眼をした小人が机の上に立てかけられた木枠の中で、クリケットのバットのような黒い瓶を持っている。手足に指はなく、烏賊のような曲線の先端はどれも矮小でありながら、頭部と鼻は肥大化して描かれていて、引っ掻いた描線の黒で紙に地割れを起こした井戸を掘るよう塗り潰されている。埃と湿気った黴臭い木材の臭いが雨水で侵食されて掘られた白い石灰岩の洞穴に充満していて、そこから見渡すと剥き出しのコンクリートの天井から縄目の球体が吊り下げられていて、模造のアイビーが絡まり、空調の風に揺ら揺らするそれは自らの光でバラ窓の影を放っていて、数年分の埃が牡蠣殻を滋養に満たし、薄い店内の淀みによって成長させたように蛹になりそうになっている。潮の香りは一切しない。橋桁にでも使わていたのではなかろうかと思える板が店内の数箇所に補修されたように飾られていて、白くかすれたその色は、古色を好む人や、ナンキンハゼに似た形のユーカリの葉の色を好むような、のんびり、ゆったりを生き方の基準としていながら、実際は貪欲な好奇心を秘めていて、忙しくしながら愚痴をぶつぶつ言う人間に限って大した成果を残さないのと反対に、ブレーキを踏みながらアクセルを全開にして少しずつ移動していくような強大なエネルギーを発熱していて、近寄る対象に否応なく毒を飲ませるような伝播する力もあり、それを本人は全く知らず、好感と憧れを他人に抱かせる都合の良い愚鈍な神経で目的へ進行するような人々が好むであろう。対象を、どんなつまらない物でもよい、人間以外をついつい観察する態度は社交上手で賢しい人には備えにくいものらしく、閉所に慄く分厚い冬布団に潜った時に突きあがる死の片片を拾いあげる人々は、他人に強いが自己に弱く、社会性の中でしか生きられない帯で包まれたマミーのようで、孤独を感じてありふれた外界の物物に目を向けずにはいられない一時は、日焼け止めを塗り忘れたまま真夏の炎天下に晒されるよりも辛くあたり、熱帯の無人島に放り出されでもしたら、太陽と本人が蝕を起こして異常をきたすだろう。壁から突き出たガスの元栓は斜めに、自分へ向けて空洞を覗かせている。ピストルを向けられるのと同じ穴からの威嚇は、水、火、ガス、エクトプラズムからミミズまで何でも自分から誘い出してくれる。ところがオディロン・ルドンを解さない輩はただ一点だけを栓から得るのみで、想像から生まれる恐慌ではなく、あらゆる習慣からの欠如による微微たる電流に痺れる恐れであって、採血の時に口を開かずに白い天井と空調の正方形を千夜一夜と見つめる所業などとても耐えられるわけがないのだ。


 白を基調とした部屋には作られた優しさが行き届いている。肌着一枚で過ごすのにこのうえない温度で保たれていて、二台の空気清浄機能付きの加湿機は常に水で満たされているので、休むことなくエアコンからの乾燥に潤いを与える姿は、その機具にオアシスという短絡につながった名称をつけて(都会ノ砂漠モコレ一台デ潤イ爽ヤカ)再度売り出しても良いのではないかと思われるほどだった。その空間は一種の幸せといっても過言ではないだろう。三拍子にフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットによる白昼夢を表現した長調のメロディなんか似合いそうだが、それは宗教家の持つ頑固な意志に通底する凄みのある献身と、目的の為にはなりふり構わず最善の方法を実践する厚顔無恥とも思えるほどの愛想笑いとお世辞で固められた白さでもあった。だからこそちょっとした汚れが目立つのだ。寝癖と無精髭という外面を気にしない姿が二三日すると部屋の中に目立ちはじめて、新陳代謝によって皮膚から落とされた雲脂が集まり、まるで肉体の深部から滲み出た獣の臭いというべきものが部屋のあちらこちらから漂いだす。運動しようとじっとしようとこの肉体は体臭をどうやっても放つもので、美しく整備された女性とすれ違う時に、肩にかかる艶のある髪の束から強烈な人工の香りが鼻を刺激して、まるでその女性から陶然とさせる空気を発するように錯覚するが、赤ちゃんでもないこの女性はヒールに包まれた足から髪とは似てもつかない中年男性の臭いを発するのであり、脇の下も少しの油断によって小学生ならばあだ名をつけられてもおかしくない異常な臭いを構築するのであり、下半身は蟹味噌や秋刀魚の内臓のような芳醇な味わいでとある者を強烈に惹きつけもするのだ。時計と同じ正確さで仕事をする女性看護師は(ソノ反動ダロウカ、無軌道ナオシャベリヲ決メラレタ時間ノ中デシナイワケデモナイ)芳香剤の役目をしていて、加湿機によって正常でない浄化された空間に色をつけてくれる。その人達が閉じられた環境を無垢なものにしようとしているのは仕事の役目としてのことだろうが、それを汚す気持ちがどこかにあるのだろう、わざわざキャンパスを白く塗り続けては性的興奮を抱かせるというより男性を吸い寄せる色調を淡く、時には不躾なタッチで塗りつけてくることがある。それに愛想よく優しい言葉をかけることもあるので(若クテ目立ツ女性看護師カラノ効果ハ大キイ)、ほとんどの治験者は調子を合わせてうまいことを口にするよりも(ソンナコトガデキタラソモソモコノ場所ニイナイダロウ)、怒鳴りつけられた老人男性のようにたじろぐ。


 ふと留置針に小針を突き刺すところをわざと目を逸らしてしまったのは、腕に直接針を刺す瞬間を視認することで細かい痛みの種類を感知してしまいそうで、ほんのわずかでも痛みを緩和したいという小胆な本性に逆らえないからこそ、避けなくてもいいところで避けるなどというつまらない逆撫での行為をしたのだろう。治験者の常套語には受刑者が使うであろう単純な考えに結びついたステレオタイプが多く、早く娑婆に出たい、お務めに飽きた、やっとくさい飯だ、などと実際の受刑者に及びもしない実質を欠いた言葉が初心者の若い治験者の間でかわされる。たしかに治験に参加する者にとって必要なのは能動的な自己への規律と、受動的な忍耐の二つだけだ。参加する為の基準を満たすべく、暴飲暴食を避けて、当然煙草は吸わず、激しい運動や日焼けも避けなければならない。痩せている者は検査日に合わせて体重を増やし、肥えた者はその逆を行う。減量と調整によって大きな一戦へ向かうボクサーの生活をどうしても結びつけてしまうが、治験者のほぼ全員の目的は金であり、ロマンは一片もない。ただし研ぎ澄まされた寂を熟練の治験者から感じとることができる。参加したばかり、回数の少ない者は、三泊四日、五泊六日を二回といった治験日程を少しのおしゃべりや昼寝、漫画を読み続けることに費やすが、慣れてきた者は与えられた時間を有効に使用すべく、自分に課した仕事の資料などを持参して、他の治験者との接触に一切の関心を持たず(彼ラニトッテソレハ大イナル恥ナノダロウ)、黙黙と自分の作業に取り掛かるのだ。年に数度の長期休暇を上手に利用して多くの国を訪れる者のように、アルバイトする者や定職に就かない実家暮らしの者と違って、世間体のよい職を持った彼らは少ない荷物で効率良く観光するように、時間を無駄にすることなく、悪くない仕事の成果を少なくない小遣いと一緒に得るのだ。三食昼寝付きの除菌生活は小説や漫画を書く作家達にはもってこいの合宿であり、資格をとろうとする者にも最適の場となる。ある者はシンセサイザーを担いできて、声楽の練習に励んでいた。一日二日はある投薬日(延々ト連ナル派手ナぱれぇぇど)の慌ただしい一日を過ぎてしまえば、残りの日は積雲に乗ってゆっくりと目的地へ向かう呑気な調子が続く。こんもりと盛りあがった雲を枕に中層圏の空の流れを見上げるもよし、雲をつかみとって好きに捏ねるもよし、雲を穿って下界を見下ろすもよい。しかし年長者はそんな中でも背筋を伸ばして雲に正座し、他の景色はお構いなしに自己へと没入する。彼らは当然常套句を用いることは決してない。軽口を叩くような輩と違ってこの生活を強いられたものや放り込まれた者のような見地に立つのではなく、自分から進んで入り込んだ抜け出すことのならない目的に向かう為の避けられない当然の人生行進だと、知らない者に言わせればモルモットと呼ばれる中で、そう呼ぶ人間よりも高みに立ち、必死に人生にしがみついて汁の出ないサトウキビをいつまでも噛り続け、味のなくなったガムを石灰化するまで疑いながら咀嚼して、間違っても道路へ吐き出すことはせず、ティッシュに吐き出して折りたたみ、ごみ箱へ祈りながら捨て去るのだ。


 一畳にも満たない小部屋で小さな机に向かい椅子に腰かけている。すぐ目の前にぶら下がっている電球が乳白色の漆喰に赤みを投げつけて、インスタントな夕刻の気分に浸らせてくれる。すこしでも狭い部屋にいれば巌窟王という言葉が頭に浮かぶ。子供の時に読んだ本の印象がそのまま生き残り、青年の時に知ったモンテ・クリスト伯という言葉とまるで印象は一致しない。自分自身を囚人のように思い做すのと同じで、本当にはなりたくないからこそ、優越による仮装衣装を身につけるような浅はかな気分でそんな言葉を思いつくのだから、今は初心者なのかと思うが、一体何の初心者なのだ。初めての店ではない、二三度来ているのだから、……何でも結びつけようとするのは自惚れであり、物を観察する自分が優れた人物だと自覚したいからだろうか。小舟に乗って瀬戸内の海に漂う自分が世界の船乗りのなかで最も叙情的な感受性を有していると錯覚するほどに馬鹿げたことであり、そんな戯けたことを考えるのは、テーブルの前に体を乗り出すと前頭葉にぶつかる電球の衝撃で脳中に熱っぽさを起こさせるからか、熱に浮かされているのか。とっくにニスの剥げた木地は簡単に経過を感じさせてくれる。ギリシャ文字で表記された置き時計と唐草模様のウィスキーグラスを前にすれば、単純な感想と感慨を覚えてしまうだろう。ふと横を見れば三人の人間が遠くカウンター席に見える。一人は無人島を嫌う者か、もう一人は無人島を嫌う者か、もう一人は治験に耐えうる者だろうか。そして自分は……。


 ベッドが小刻みに揺れだすと、関東大震災はいずれやってくると思い込まされている者の疑いの気持ちが働いて、これは大地震の前触れかと危ぶむと、福引の当たりをひいたことのない人が、この歳になってようやく当たりをひき、長い間待ったんだよと別に待っていたわけでもないのに軽口が出てしまうが、実際にそれをひくまでに三十年以上も時間が経過しているという事実の大きさをしみじみ感じてようやく自分にもこういう出番が現れたのだと別段の望みでもない夢の具現化として突然大きく揺れ出し、ステンレスのワゴンで医療器具が激しくぶつかりあい、耳が痛いのに、これ以上我慢できないのにイヤホンからさらなる音量が膨れだし、鼓膜に障害が残ると確信しつつも許しを得ることのできない人生の理不尽さが嫌な顔してやってきてしまって、決して避けられない、慈悲を持たない冷徹な人生の拷問として、部屋にある六つのベッドは現代美術館の珍奇なインスタレーション作品のように揺れに揺れ、止血バンドは喜んで暴れ出して現実のシュルレアリスムを体現している中を、看護師のけたたましい叫び声が病棟を潤すように、一番の一大事と悟らせる怒号で被験者への敬意すべき思いやりを形に表す。池袋の窓の遠くから煙があがり、隔離された病棟の中で、外の人達はどのようにこの突然の大きな揺れを体験して感想を抱いているのだろうか、本当は誰もこの揺れを体験しておらず、病室の加湿機が新たな機能を突然備えてしまい、弛みきった若い治験者の暇を吹き飛ばすアトラクションを、求道者の常連中には何をしても無視されるだろうからとっておきの体験として箍の外れた揺れを与えたと、心電図をとるためにじっと天井を見つめている頭脳の働きが起こした夢想ではないかと疑いながら、皮膚に吸い付いていた冷たい触手がぺこぺこはずれていくのが、連続して花火を打ち上げられて、静けさの余韻がものすごい速さで空を覆い尽くすのと同じ実感で目を冷静に向かわせるから、微睡みに違いないとスリッパをフローリングに引きずってうろうろしていると、それぞれが一人だけの社交ダンスを踊るようにたたずみはじめていた。食事場所も兼ねた大広間の大型テレビの前で、赤く塗られた日本列島を画面端に観ながら、各地の過去の再生と数字を、入院服である皺の多いパジャマに揃ったほぼすべては座り、立ち、会話をすることなく、それぞれがつぶやき、顔をしかめ、現在と過去の入れ替わる映像の中に、信じがたい津波の映像は、その映像がまさに何度も波として全脳髄に繰り返し打ち砕けて、つながりを持とうとしない彼らに無言による連帯感を、やるせなさを、浮遊した現実を、首切りと同等の悪夢を共有させて全員を治験初心者にしてしまった。


 こうなってしまえば無人島はもはや関係ない。並ぶ三人のカウンター席も巴になる。今日は防災の日としたニュースがラジオから流れていた。オディロン・ルドンのエッチングは確かな現実へやってきたのだ。

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