家のパーティー

 覚えのある調子の良い話し声と階段を降りるうるさい足音が、夢うつつの俊道に聴こえ、工事現場を歩いている夢から覚めてベッドの上で意識を取り戻した。遠くで聴こえたそれぞれの音が、今は鮮明に自宅の中に聞こえる。俊道は体を起こし、汗に濡れた背中に手を伸ばして、普段の自宅にはない音に集中した(何ダロウ? 工事ノ業者デモ来テイルノカナ? ドコカ壊レタ?)。


「杉ちゃん、ちゃんと持ってよ! ちゃんとだよ、不安定で危ないって!」男の高い声がはっきりと聞こえて、俊道はぎょっとした(エッ? 克君ノ声?)。


「えっ、克君、ちょっと待って、ああ、ああ」すぐにえがらっぽい男の返事が小さく聞こえる(コノ喋リ方、杉チャンダ!)。


「だから、その持ち方で大丈夫? って言ったんだよ」笑い声が少し混じる、あきれたような声がする(ヤッパリ克君ダ、ナンデウチノ家ニイルンダ?)。


「いや、大丈夫かなって、あっ、あっ」杉の話し終わるのを待たずに、俊道はベッドから起き上がって、自分の部屋を出ようとする。すると重い物の落ちる音が響いた。


「ああああ! やっちゃった!」部屋の扉を開けると、嫌味のない大声が聞こえた。俊道は廊下を足早に歩いて、声のする階段へ向かった(何ダ今ノ音、何カ落トシタ?)。


 橙色のタオルを頭に巻き、黒いTシャツを腕まくりした大柄な後ろ姿が見えた。大きい背中に隠れて、大きな黒い固まりと、貧弱な長髪の男の端々も見える。 


「克君! なんでうちの家にいるの?」俊道が鋭く声をかける。


「俊君起きた? 見てよ、杉ちゃんがスピーカー落としちゃったよ」両手で黒いスピーカーを支えながら、克哉は首を回し、面白い物を教えるように答える。


「ごめん俊君、ほんとごめん」階段に落としたスピーカーを持ち直す為、及び腰のまま杉が謝る。 


「なんでスピーカーが?」俊道は思わずつぶやいた。


「杉ちゃん、次はちゃんと持ってよ、安くないスピーカーなんだからね」怒った様子を見せずに克哉が言う。


「うっ、わかった、次は大丈夫」見るからにつらそうな体勢ながらも、杉の顔には不気味な笑みが浮かんでいる。


「もう、軍手忘れるからだよ、杉ちゃん修理代は自腹だからね」杉の動きに合わせて、克哉がゆっくりと足を踏み出す。


「修理代?」状況が飲み込めない俊道は、疑問に思った言葉を口にする。


「階段が陥没しちゃったからさ、俊君おばさんに説明しておいて、杉ちゃんが払うから。ほら杉ちゃんもうすこしだよ」前を向いたまま、何でもなさそうに克哉が言う。


「ちゃんと、払うから」顔を赤くして重みに耐えながら、杉はどうにか言葉を絞り出す。


「はあ?」二人の言葉が耳を通り過ぎ、俊道は呆然としながら克哉の動く姿を見ていると、その足元に潰れた階段が覗けてきた。


「なにそれ!」俊道が叫んで近寄る。


「杉ちゃん、そのまま上に持ち上げて、一度立てるからね」克哉は杉に指示する。


「お、おう」太腿を震わせながら杉が返事する。


「これひどいよ、母さん悲鳴あげるって」俊道は気ままな克哉の背中に話しかける。


「大丈夫、杉ちゃんが弁償するから、杉ちゃんしっかり支えてよ、さっきと同じように、おれが下から持ち上げるから」克哉がたくましい下半身に力を入れる。


「おふっ」杉が不器用に太いスピーカーを抱える。


「弁償ってねえ、一体そのスピーカー何? なんで二人がいるの?」俊道は顔をしかめ、頭を掻きながら訊ねる。


「俊君ちょっと待って、そうそう、杉ちゃんいい感じ、そのまま支えていてよ」克哉はスピーカーの底面を、慎重にフローリングの上に置く。


「よし、杉ちゃん一休みだ」克哉はシャツの襟元で顔の汗を拭う。


「ふう」杉は大きく息を吐いて、妙な笑みを浮かべる。


「ほんとひどい、見事に陥没してるよ」えぐれた階段の傷跡を覗き込んで、俊道は溜め息をつく。


「俊君、今日は朝までパーティーだからね」階段に座り込み、克哉がうれしそうに言う。


「パーティー? どこで?」俊道は怪訝な顔して見上げる。


「どこって、俊君の家にきまってるじゃん。じゃなきゃスピーカーなんか運ばないよ」克哉が人受けする笑いを浮かべる。


「うちの家で? 勝手にそんなでかいスピーカー運んで、いったい何のパーティーを始める気?」俊道は両手を広げて問う。


「いつもやってるパーティーだよ」克哉も真似して両手を広げて答える。 


「それって、毎週野外で開いている、気の狂ったようなパーティーのこと?」気の狂ったの部分に力を込め、俊道が両手を広げたままの格好で訊ねる。


「そうだよ、気が違った楽しいパーティー、さあ杉ちゃん、この人殺しを運んじゃおうか」そう言って克哉がスピーカーを三度平手で叩く。


「あっ、ああ」杉が単に返事する。


「うちの家で出来るわけないじゃん! 母さんに怒られるよ!」俊道は左右に手を振って拒否を示す。


「俊君、出来ないことをやるのがフロンティア精神だよ? 開拓者は進んで前へ歩かなきゃだめだって、それに俊君のおばさんに許可もらったしね。杉ちゃん、また横に倒して持つよ」妙に気取った風に話して、克哉はスピーカーを持ち上げる。


「えええ? 母さんが? なんで?」顔の中心に皺を寄せ、鼻の穴を広げて俊道が声をあげる。


「なんでって、『今日の夕方からパーティーを開きたいんですが、俊君の家を使っても大丈夫ですか?』って訊ねたら、おばさん嫌な顔一つしないで、『いいわよ、盛大にやりなさい』って快く了解してくれたよ。すごい乗る気でさあ、ドイツカラーのパーティーにすると伝えたら、『パーティーの色に合った、ドイツの料理を用意しましょう』って言って、物販に協力してくれるってさ、本当に陽気な人だよな、俊君のおばさんは」


 スピーカーを運びながら、声に抑揚をつけて克哉が話しをする。


「ひどいよ克君、うちの母さんを騙したね? パーティーという言葉のイントネーションを下げて話したでしょ? 母さん普通のパーティーと勘違いしているよ、ねえ、母さんはどこ? 理由を説明しないと大変な事になる」克哉の背中について歩き、俊道が一人慌てる。


「騙したなんてとんでもない、イントネーションだって普通に話したさ。おばさんは買出しに行ってるよ。二百人前ぐらいの量があれば充分だって伝えると、大喜びして買出しに出かけて行ったよ、なんでも、近所のお友達と料理の準備をするみたいだよ、俊君のおばさんは、本当にフロンティア精神溢れる人だね」


 克哉は廊下を通り抜けて、ベランダに面する広い居間に出る。


「そんなの知らないよ。母さん人に振舞うのが好きだから、二百という数字に酔ったんだよ。どうしよう、実際のパーティーが気の狂った踊りだと知ったら、母さんきっと卒倒するよ、その前に階段の陥没を見て卒倒するかも、なにこれ!」


 ドイツカラーに様変わりした居間の内装と、設置の準備をされた多くの機材を見て、俊道は強烈な叫び声をあげる。 


「運ぶ順番が悪いよ、スピーカーを先に設置しないと、ブースの準備が出来ないじゃんか。とっくに機材とコードの準備は出来てるんだ、早く設置してよ」縁のない眼鏡をかけた幸孝は、整然と並べられた機材類を確かめつつ、スピーカーを運ぶ二人に声を飛ばす。


「幸孝君、何これ!」俊道の目には、おぞましい音を作り上げる悪魔の細切れに見える。


「俊君起きた? 君も仕事があるんだからね、歯を磨いて顔を洗ったら、機材の設置を手伝ってもらうよ」むっとした顔を幸孝は見せる。


「俊君寝起きだからさ、昼飯食べてからでいいんじゃない? 杉ちゃん、ここも同じように上を持ち上げて、一度ベランダの上に置くよ」克哉は笑いながらスピーカーを下ろす。


「ねえ、幸孝君、ほんとにうちの家でパーティーを開くの?」俊道の顔が若干青ざめている。


「愚問だね、これ見てわからない? 今回は君の家を拠点に、空間をジャックすることに決まったから。簡単に言えば、広く頑丈なベランダをブースにして音を吐き出し、手すりからスクリーンを垂らして視覚効果溢れる映像を流す。向かいのマンションに許可をもらったから、プロジェクターの設置は問題ない。適度に広い芝生の庭は、裸足で踊りたがる人に使ってもらい、多くの人は目の前の道路で踊ってもらう。音を流し始めたら一方通行の入り口を鉄柵で塞ぐから、これも問題ない。ゆったりと気分に浸りたい人には、一階と二階の居間をラウンジとして、ちょっとしたカフェ気分を味わってもらう。料理は俊君のおばさんが作るドイツの家庭料理で、これは今までにない俊君の家ならではの空間だね、これには僕も凄い期待している。アルコールは杉君が夜な夜な街を徘徊して、バーの裏口から盗んだホーフブロイの樽がある、グラスも大丈夫、やっぱり杉君がどこかしらから集めてきたから。装飾はいつもの通り、超前衛的デザイナーを自負する正二君が担当する。なんでも今回のテーマはドイツと牢獄、それから意識からの解放をかけ合せたらしく、腸詰と鎖を融合させた連結を意味するロゴデザインを使い、ドイツカラーにサイケデリックな歪みを組み合わせた、新しい三色を主にデコレーションするらしい。実際僕も意味がわからないけど、いつも通りパーティーが始まれば馴染むと思う。ただ、腸詰が前面に出すぎている気がするけど。そして、家の中にある各部屋はお客さんのレストルームとして、お金を払ったお客さんだけに貸し出す。もちろん俊君のおじいさんとおばあさん、弟さんと妹さんにも許可をもらったから大丈夫、むしろみなさん喜んでいたよ。おじいさん方は今近所を回って、普段カラオケばかりしているご老人方を誘っているし、妹さんも部屋にこもってたくさんの友人にメールを送っている、弟さんも、同じ塾に通う友達を誘うと言って出かけたよ。俊君の家族は協力的だね、でも、君が一番協力してくれると僕は信じている。杉君が大量の薬物を用意しているから、君がパーティーの士気をコントロールするプッシャーとして、君の部屋を訪れる人をあげあげにさせて欲しい。これが最も重要な役割だよ、俊君、杉君じゃ一時間もしないうちにこの世の人じゃなくなるから、冷静に薬物を使用できる君が適任だ。わかった?」


 真面目な顔した幸孝は、俊道の肩に手を置く。


「やたら広い家に、人通りの少ない道路、それに人が踊れるマンションが周りにある。俊君の家はパーティーを開く為に在るようなものだね、最高だよ」ブースを設置し終えた克哉が、誰もを感化させる笑顔を浮かべて力強く親指を立てる。


「最悪だよ! 何なのこれは! 意味がわからないよ!」両手で頭を抱えて俊道が叫ぶ。


「寝起きだからだよ、歯を磨いて顔を洗ったら、すぐに目が覚めるって。よし、音を出す準備をしよう」幸孝と克哉が機材の設置にとりかかる。


「へへ、俊君、たくさん薬物用意したから」杉が気味の悪い笑顔を浮かべて、俊道に近づき小声で話す。


「しなくていいよ!」痙攣したように頭を揺らして、俊道が生々しく睨む。


「ゼルブストフェアシュテントリッヒ、幸孝君、プロジェクターもゼルブストフェアシュテントリッヒだよ!」ベランダのちょうど正面にある階段の踊り場で、芋虫と見間違えそうな、色の悪い小さなウインナー柄のシャツを着た正二が、顔を強張らせて軽薄な声を出す。


「ああ、それは良かった」幸孝が適当な返事をする。


「ほんとゼルブストフェアシュテントリッヒだよ、一度こっちに来て確かめて見てよ、ほんとゼルブストフェアシュテントリッヒだから」正二がさらに顔を硬直させながら、間延びさせて話す。


「何あれ! あんな人がいたら、申し訳なくて、近所の方々に顔を合わせられないよ!」ベランダに近づいた俊道が両頬に手を当てて話す。


「正二君はちょっとここがおかしいからね、まあ我慢してよ」配線を繋ぎながら、幸孝はこめかみをこつこつと叩く。


「あんな人知らないよ! 正二君ってもっと滑らかな人だったでしょ? あんな顔面の人見たこともないよ!」正二をはっきりと指差して俊道が馬鹿にした声を出す。


「そうだっけ、正二君ってあんなもんじゃない? おれもよく覚えてないけど」克哉が素早く配線を繋ぎ合わせながら、知ったように話す。


「克君、ちょっと、これ、吸ってきていいかな?」杉はにたにたしながら、ビニール袋を吸い込む仕草を見せる。


「だめだよ、配線を繋ぎ合わせてからだって、立ってないで杉ちゃんも手伝ってよ」克哉が杉に手招きする。


「いや、杉ちゃんは手伝わなくていい。そのかわり、お湯の入った洗面器と歯ブラシを持って来て」幸孝が温かみのない言い方をする。


「幸さん、レコード持って来ました」三つ積み重ねたレコードケースを抱えて、顔を赤くした雅史がやって来た。


「おお、ご苦労」幸孝が当たり前のように声を出す。


「俊さん、やっと起きたんですか? ずいぶん遅いお目覚めですね、やっぱり家を貸す人となると、準備に参加しないで寝ててもいいんですね」雅史は黒いTシャツをぴったり肌に張り付かせ、異様な臭いを放ちながら俊道に近づいて話す(チッ、コノ人ハ何寝ボケタ顔シテンダ? 大事ナ準備ダト言ウノニヨ、頭ガ腐ッテンジャネエノ? 家ヲ貸ス以外ニホトンド取リ得ノナイクセニ、幸サンヤ克サント対等ニ話シヤガッテ、調子ニ乗ルナヨ)。


「えっと、雅史君だっけ、そんな言い方ないと思うよ。ぼくは全然知らなかったんだからね、目が覚めたらこの有様だよ、羨ましくもなんともないよ」俊道はかすかに眉間に皺を寄せて、すねたように話す(何コノ人、スゴイ汗臭イ)。


「ああそうなんですか、へえ、そうですか、いいですね家でパーティー開けて、そういえば、俊さんは今日何を流すんですか? 俺は真っ黒いのを流して、踊り子達を虜にしますよ」やけに胸を張って雅史が偉そうに話す(フン、家ヲ貸シタカラッテ、選曲ガ悪クチャ話ニナンネエヨ)。


「ぼくは何もしないよ」俊道は少し声を小さく話す(ナンカ、スゴイ嫌ナ感ジ)。


「俊君はポップスしか聴かないからね、レベルの高いポップスのリスナーだよ」克哉が弁護するように口を挟む。


「あっ、そうですか、ポップですか、そうなんですね、すいませんね、わからない話しちゃって」あからさまに蔑んだ顔をして、雅史が嫌味な笑い声をあげる(ハア? コイツポップ育チノ、オ坊チャンカヨ、ケッ)。


「よし繋がった。雅史、レコード一枚取れ、試しに音を出すから」幸孝が毅然とした声で雅史に命令する。


 前のマンションから「ゼルブストフェアシュテントリッヒ」と連呼する声が聞こえる中、幸孝が黙々と機材の電源を入れて行く。克哉は変わらず陽気な笑みを浮かべ、杉は落ち着きなくわき腹を掻き、雅史は尊敬の眼差しを幸孝に向ける。俊道がひどく心配そうな顔をして見守る中、回りだしたレコードの上に幸孝は慎重に針を乗せる。


「ブン、ブン、ブン、ブン」


 巨大なスピーカーから轟音が吐き出されると同時に、窓ガラスが割れ、電線は大きく浪打ち、電信柱も細かく震え、多くの雀が真っすぐ地に落ちた。

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