第39話 同居

「春樹、僕と……」

 そこで一度言葉を区切って間を開ける。

 特に思うことはないけれど、思わせぶりなことをするなと言いたくなる。

「僕と、同居しない?」

「は?」

 何でも話せる仲になろうといわれたら、迷いなくいい返事をしようと考えていた。

 が、え、同居?

 それに対する考えを言う前に、は? という言葉が秒で口をついて出た。

「あ、いや、そういうのじゃなくて!」

 夏さんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「それは分かりますけど……同居って、え、何が目的で……?」

「あ、あー……。えーっとね、要は、何でも話せる仲になりたいってことなんだよ。兄弟なんだし」

「うん、それも予想できてましたけど、それでなんで同居なんてことになるんですか?」

「え? だって同居しちゃった方が一緒にいる時間長くなるし、打ち解けるのも早いでしょ? あ、あと自分から命令しといてなんだけど、敬語も外していいや。よそよそしいし」

「はあ……。じゃあ、遠慮なく外させてもらうけど……。同居って言われても、俺だって予定はあるんだけど」

「知ってるー。星也くんの他にも一緒にいる人たちがいるんだよね。別にそこに交ぜろとは言わないけれど、ああ、お互いの部屋に泊まりに行くっていう感覚で!」

「ええ?」

「あ、でも一回ぐらいは交ぜてほしいなー。僕こっちに来てからも友達と呼べる人がいないからさ、人に飢えてるんだよね。やー、本ト、僕にも愛情をくれる人いないかなー」

 うーんとうなって考えてみる。

 話してみてわかったことだが、夏樹さんは別に性格が悪いとかそういうわけではなさそうだ。

 ただちょっとネガティブというか、本人も言った通り、人からの愛情に飢えているだけで。まあ、それは仕方のないことだ。あの母親に育てられ、天才ということが理由で友達もいなかったんだから。

「星也たちに会うのは別にいいけど……」

「うそ! いいの⁉ 嬉しいなあ。じゃあ、今日の夜早速部屋に行くね! 今日の資料庫からの帰りは一緒に帰ろう!」

「え、同居についてはまだ何も言ってないんだけど……」

「さあさあ、昼休みが終わっちゃうよ! 急いで帰ろう!」

「えー」

 そう言って夏樹さんはそそくさとその場を離れていった。

 なんかうやむやにされた。

 あれか。これが天才というものなのか。

 俺に何か言う暇を与えず、うやむやに、しかし夏樹さん側が有利な状況にさせ仕事に戻る。

 天才というのは恐ろしいものだ。

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