第34話 真実
「本当にすみませんでした!」
俺と星也は、そろって頭を下げていた。
何故かなんて、説明する必要はないだろう。
昨日作業をさぼったからだ。
別に誰かに怒られたとかそういうわけではないのだが、なんとなく、資料庫に着くなりリーダーのもとへ行って頭を下げた。
「あー、まあ、あれだ。とりあえず頭上げろ」
言われて、ゆっくりと、リーダーの顔をうかがいながら頭を上げた。
その顔は、意外にも怒っていなかった。
「まあ、今日も来なかったらひとこと言わせてもらおうとは思ったが、実際こうしてきたわけだし。人間、何か事情があるもんだ。今回は不問にしてやるから、ちゃんと働けよ」
「はい!」
リーダーはそれだけ言うと、自分の作業に戻っていった。
てっきり大声で叱られるものだと思っていたから、なんだか拍子抜けだ。
「今は資料を棚に戻してる最中かな」
「みたいだな」
俺たちは目配せをして、それぞれ仕事に戻る。
資料を手に取るたびに、その中身を読んでみたくなる。
片付けあるあるだ。
だが、今はそうもいっていられない。
昨日の遅れを取り戻すためにも、てきぱきと働かなければならないのだ。
だから、いくら中が気になるからと言ってみている時間はない。
ない、ないことは分かっている。いや、ちょっとぐらいなら……。
「さぼりなんていけないなあ?」
「ひっ!」
「あ、驚かせちゃった? ごめんねえ」
「ナツキさん……」
突然現れたナツキさんは、近くにあった資料を手に取ると、まるで俺の真似でもするかのようにペラペラとページをめくりだした。
「でも資料の内容が気になるっている気持ちは分かるよ? ま、僕は興味ないけどね」
「はあ……」
だったらなんでわかるなんて言ったんだろう。
「でさあ、春樹君」
ナツキさんは行儀悪くテーブルに腰かけた。
「何でしょう」
「まさか、昨日のことなかったことにするつもり?」
「……なかったことにするも何も、特にあなたに話すほどのことはありませんよ」
「つれないなあ」
ナツキさんが、何が面白いのかくつくつと小さく笑っている。
素直に笑っているというより、可笑しいものを笑っているといった方が正しいのだろうか。
「星也くんとは仲いいの?」
「そうですね。親友ですよ」
「親友、ね。そういう人がいるといいよね」
「ナツキさん」
「何?」
「話し方とか雰囲気で分かりにくいですけど、もしかしてあなた俺より年下ですか?」
「あ、バレちゃった?」
口からはおどけたような言葉が出てきたが、その顔はもう笑ってはいなかった。
「俺より身長低いし」
「えー、身長は関係なくない? 小さい大人だっているよ」
「あと、意外と顔が幼い」
「うっそマジで?」
「はい。というか、なんで俺の年齢知った風なんですか?」
「僕の方がここにいる年数が長いからね。君より知っていることは多いよ」
ナツキさんは持っていた資料が面白くなかったのか、それを棚にしまうとまた新しい資料をめくりだした。
俺も持っていた資料を棚に戻して作業を再開させる。
「で? で? 春樹君って生きてた時も親友いたんじゃない? 友達はいないけど親友はいるみたいな」
「……大体当たりです」
本当ならあまりこの人に情報を教えたくはなかったものの、ごまかすだけ面倒くさくなりそうだと思い、できる限りのことは正直に話すことにした。
「やっぱり。いいなあ。僕も親友ほしいなあ」
「いなかったんですか。親友」
「いなかったよー。僕は頭がいいからね。問題が起きそうな人間関係は作らないようにしてるんだ」
「でも親友はほしいと」
「うん。僕を普通の友達として接してくれる、信じられる親友がほしいんだ」
そう言ったナツキさんの声が寂しそうに聞こえたのは、気のせいなのだろう。
「多分、ナツキさんは馴れ馴れしすぎるんだと思いますよ」
「そうかな。第一印象って大事じゃん。親しみやすさを演出してみたんだけど」
「それやめた方がいいですよ。っていうか初対面の歳上にあんな風に接するのは以上だ」
「でも生きてる年数は僕の方が長いし」
「それはまあ、そうだけど」
「はい、敬語外さなーい! 本当は僕の方が年上なんだから」
「分かりましたよ。分かりましたから読むのやめて片付けて下さい」
「おーけー」
するとナツキさんは先ほどまでのだらけを一切感じさせない、素晴らしい片付けを始めた。
「でさあ、春樹君」
「会話は続行なんですね」
「片づけてるんだからいいっしょ」
「そういうものですか? で、何ですか?」
「春樹君、僕の親友にならない?」
「……嫌です」
「えー、何でよー!」
「僕はあなたが苦手だし、親友どころか多分友達もいなかったような人は良い人じゃないと思うから」
「ひどいなあ。言っとくけど、僕に友達がいなかったのは、何も性格だけが原因ってわけじゃないんだよ?」
「じゃあ何ですか」
「僕は天才だったから」
「そういうことを自分で言っちゃうのはどうかと思います」
「いいじゃん、事実なんだし。僕は天才だった。皆に一目置かれていた。僕と話しときは皆身構えた。友達にはなれなかった」
ナツキさんの手は、いつの間にか作業を中断していた。
「そして、僕は君の年齢を知っている。君のことなら何でも知ってるよ?」
話がずれている。
頭の中でまさかと思う何かがあったが、それは無視することにした。
「ごめん、親友にはなんなくてもいいや。親友になるならないの問題じゃないし。ねえねえ、天才で、君のことを何でも知ってる。そういう人物に心当たりがあるでしょ?」
もしかしたらとは思っていた。でもその可能性はついさっき無視すると決めたのだ。
ここで真実を知りたくない。
そう思うけれど、現実はそんなにうまくはいかないものだ。
「僕の名前は西島夏樹。春樹、お前の兄だよ」
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