第33話 過去

 俺は基本的に冴えない少年だった。

 別に見た目が著しく劣っていて冴えない、とかいうわけじゃない。

 頭もよくないし運動もあんまり。

 でもまあ、これって別に、ちょっと残念なだけの平凡なやつだよね。

 実際俺と似たような奴は他にもいたし。

 俺は俺の実力に対して特に不満はなかった。

 あくまで俺は、ね。

 でも、親はそうじゃなかったんだ。特に母さんが。

 実は俺って、上に兄がいるんだ。

 でもそいつは俺が生まれてくる前に事故で亡くなったらしい。

 中1だったそうだ。

 うん、まあ、そうだよね。

 同級生の親に比べたら、俺の両親はかなり年齢が上なんだ。

 それで、その兄ってやつが驚くほどに優秀なやつだった。

 俺は中1程度の年齢で何が分かるんだと思うけど、とにかく優秀なやつだったらしい。

 テストでは100点しかとったことがないし、運動だってずっと一番。新しいスポーツを始めたら、1週間で軽く大会にでて活躍できるくらい得意だった。

 どこの物語の主人公だよって感じだよな。

 その主人公みたいな才能が問題だったんだ。

 両親は、自分の子供を、自分が褒められるためのものとしてみるようになっていた。

 そんな自慢の息子が亡くなった。

 お宅の息子さんはすごいのね、と言われていたものが、息子さん残念だったわねと言われるようになった。

 優しさで周りが言った言葉が、母さんには攻撃にしか聞こえなかった。

 そこで俺を産んだんだ。

 ひどい話だよな。

 そしたらまあ、期待を裏切るような子供が産まれたわけだよ。

 その他大勢になるような子供が。

 母さんは、自分たち、つまり親は頭がいい方だったから、運動はだめでも勉強はできる子が産まれるに違いないと思ったそうだ。

 幼い俺はすでに死んだ兄の話を聞かされた。

 その時は何もわかっていなかったから、言われた通り必死に勉強をして運動の練習もした。

 でも、だめだったんだ。

 俺が本気でやっても、真面目に頑張っても、母さんが求める子供にはならなかった。

 母さんは俺によく言ったんだ。

 春樹はやればできる子だもん、まだ本気出してないだけなんだよね。もっと頑張ろう、って。

 俺は本気でやってるのに。精一杯頑張ってるのに。俺にはこれ以上のことはできないのに、母さんは俺に届くわけもない上を指してきたんだ。

「それでやればできるって言った時にあんなに反応したんだね。ごめん、迂闊だったよ」

 それはもういいんだ。

 できないものはできない。俺はいつまでたっても何もできなかった。

 最初は母さんも根気強く色々教えてきたけれど、だんだん疲れてきたんだろうね。

 何であんたはできないのとか、お兄ちゃんにはできたのにとか散々言われたよ。

 まあ俺はそのお兄ちゃんとやらじゃないからできなくても仕方ないと思ったんだけど。

 だってもうそいつ天才じゃん。

 天才なんてそうそう生まれるもんじゃないよ。

 お兄ちゃんの時はお母さんはもっと褒められたのにって言われたこともあった。

 知らねえよって話だよな。

 でも、俺は特に反抗しなかったんだ。

 代わりにどんどん暗くなっていって。今の俺とはだいぶ違うんだよ?

 第一、一人称僕だったし。なんかこっちに来てから変えてみようかなーって、ミクリが来る前に思ったの。なんとなく、もし誰かに会ったら俺って言おうって。

 俺、マジで暗かったんだ。漫画でよくあるやつ、どんよりが超似あってたと思う。

 能力は平均的、性格は暗い。それが俺。

 でも、そんな俺にも友達がいたんだ。

 その友達っていうのはクラスの人気者で。

 何でそんな奴と仲良くなったかっていうと、簡単な話、幼稚園から仲が良かったからなんだ。

 ずっと仲が良かったから、そいつが人気者になってからも仲が良かった。

 それが唯一の友達。

 一応小学校までもっといたんだ。

 でも、家の話とかするとみんなヒいて、離れてったのを覚えてる。

 さらに俺は暗くなったからね。中学では確実に浮いてたよ。

 別にいじめとかはなかったんだけど。

 たまにクスクス笑われるみたいなのはあった。

 加えて父親が不倫しやがった。相手との関係は、まあ、その、結構進んでたよ。

 どんどん暴走していく母さんを止めることができず、嫌になった父さんは不倫をした。

 嘘を吐くのは下手だったから、母さんにバレたよ。

 母さんは怒って、結局離婚したんだ。

 俺は母さんに引き取られた。

 家には父さんはもういない。

 不倫するような奴だったんだってショックは受けたけど、俺は父さんが家にいた方がよかったな。

 母さんはどんどんエスカレートしていったよ。

 気が付いたら、俺はここにいた。

 死因の記憶は消えてるし、もとからこのへんの記憶は曖昧なんだ。

「これが、俺が生きてた頃の話だよ」

 俺は、自分の記憶を一気に星也に話した。

 星也の隣に座りながら、崖に足をぶらぶらさせて。

「俺は今の方が楽しいんだ。……俺が死んだ理由は分かってもらえたかな」

「納得はしてない。でも、理解はしたよ」

 星也は普段より近くなった空を眺めて言った。

「中々に壮絶だったんだね」

「まあね」

「春樹君が暗かったっていうのは驚きだよ」

「そうか? ああ、ま、そう思うのも無理はないか」

 短い沈黙。

「……僕の考えが間違っているとは思わない。でも、春樹君には春樹君なりの理由があったんだね。当たり前のことだけど、なんかごめん」

「いや。別に星也が謝ることじゃないでしょ。ちゃんと話してなかった俺が悪いんだから」

 再び沈黙が訪れる。

 どこかで烏が鳴いた気がした。

「星也、帰ろうよ。明日は作業に行かないと」

「うん」

「1度資料庫にも行ったんだけど、その時になんか変な人にあったんだ」

「変な人?」

「ナツキさんっていう人。勘がいいというか、ある意味頭がよさそうな人で。色々怪しまれた上に今日の午後さぼっちゃったから、明日絶対行かないと面倒なことになるかもなんだよね」

「そういうこと。確かにそうだね。もうすでに面倒なことになってる感が否めないけど」

 星也は困ったように笑って立ち上がる。

「それじゃあ、僕の話はまたいつかね」

「ああ」

 そう言って、俺たちは急な坂道を下り始めた。

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