第10話 少女

 シンジロウさんの傷は、1時間もしないうちにきれいに治った。

 曰く、力による傷ではないもの、つまりは転んだりぶつかったりしてできた傷は、基本的にすぐ消えるそうだ。


 殺し合いが始まってから、48時間が流れた。

 俺たちは殺し合いが始まった当初に比べると落ち着いてきていたが、時折外から聞こえてくる悲鳴に肩を震わせていた。

 生者の世界にも殺し合いはあったが、こんないつでも起きているようなほどではなかった。これじゃあ戦争と変わりないじゃないか。

 結局のところ、みんな自分が生き残るために必死なんだ。

 でも、そうやって人を殺すような人より、普通に生きている人の方が生き残る価値があると思うのは、俺だけだろうか?


「こりゃあ戦争と大差ねえなあ」

 シンジロウさんが、俺が考えていたことと同じことを口にした。

「やっぱり、そう思いますよね」

「あぁ。このままだとフェイトディザスタアの前に皆いなくなっちまうぞ」

「ちょ、そんな縁起でもないこと言わないでくださいよ」

「悪ぃ悪ぃ」

 シンジロウさんは苦笑いをすると黙った。

 また沈黙が流れる。

 すると、星也がポケットから小さなゲーム機のようなものを取り出した。

「何それ?」

「これ? これは、この世界の情報が詰まってるものだよ。これで生存者の確認ができる」

「そんなものがあったんだ」

「うん。歴史家と安全家が持ってるんだ。春樹君はここにきてまだ少ししかたっていないから、まだもらっていないだろうけど」

「そうなんだ……。ってか、安全家? って何?」

「安全家っていうのは、名前の通り、この世界の安全を守る係だよ。この騒ぎに対しても、少し前から動き出しているみたい。ちょっと生存者数を確認してみるね」

 星也はそういうと、その小さな機械を素早くタップ&スワイプを繰り返し、やがて1つのページを開いて俺たちに見せてきた。

「殺し合いが起きてるのはこのあたりだけみたいだね。行動が早い人たちは、もうとっくに遠くへ逃げて生き延びたみたい。意外と生存者が多い。よかった」

「おれたちも早く聖大公堂に入った方がいいんじゃ……」

「それはまだ危険だよ。もう少し騒ぎが収まるまでここにいた方がいいと思う」

「そうだな。食いもんなら店の物があるからいつでも作れるぞ」

「そっか」

「うん」

 また沈黙が流れる。

 ここにいる間は、1つの話題が終わるとすぐに沈黙が流れる。

 さすがにこの状況で積極的に楽しい会話をする気は誰にも起きないようだ。

 そうして静かな時間が流れてしばらくたった時。

 店の扉がドンドンと叩かれた。

「開けて! 開けて! 誰か助けて!」

 その声は、若い女の子の声のようだった。

「助けて! 殺される!」

 扉をたたく強さがどんどん強くなっていく。

「俺が言ってくる。お前らは待ってろ」

「うん……。気を付けてね」

「あぁ。俺ぁ殺されねえから安心しろ」

「うん」

 シンジロウさんが扉を開けるのを、俺たちは物陰から見守る。

 扉が開くと、1人の女子が扉を開いてきた勢いもそのままに、転がるようにして店に入ってきた。

 それを追って殺人犯と思しき人も入ってこようとするも、シンジロウさんが素早く扉をしめてくれたため、そいつが入ってくることはなかった。

 店に入ってきた女子はというと、体中擦り傷だらけなのにくわえて、右腕が赤黒く炎症を起こしていた。

「君! 大丈夫?」

 俺たちはすぐさまその子に近寄った。

 その子は一瞬びくりとからをこわばらせたものの、すぐに状況を把握したらしく、乱れた呼吸を整えてから小さくお辞儀をしてきた。

「……はい、なんとか。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

「いや。とりあえず椅子に座って。大変だったでしょ?」

 星也がそう言って椅子をひく。

「あ、ありがとうございます」

「タメでいいよ。多分同じような歳でしょ?」

「そんな。私はまだ14歳ですから」

「いいって。同年代ってことで」

「はあ。じゃあよろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 その子は、炎症を起こした右腕を抑えながら返事をした。

 いつのまにか俺たちのすぐそばまで来ていたシンジロウさんが、驚いたように言った。

「お前、その右腕、力を受けたのか」

「あ……。……はい、先ほど少しかすっちゃって……」

「ちょっと待ってろ」

 シンジロウさんはそういうと、店の奥へと入っていった。

 その間に俺と星也は、きっとこれから一緒に行動するようになるからと、軽く自己紹介をした。

 その自己紹介を聞き終えた少女は、小さく笑った。

「なんだ、本当に同年代だ。多少私が年下だけど……。うん、タメでいいね。君たち年齢より上に見えるよ」

「それは大人っぽいって褒めてることでOK?」

「うーん。半分はね」

 ほどなくしてシンジロウさんが救急箱を手にして戻ってきた。

「ちょっとしみるかもしれねえが我慢してくれ」

 シンジロウさんはそういうと、緑色の液体をしみこませたガーゼを少女の右腕に押し付けた。

「った……」

「消毒だ。我慢してくれ」

 炎症を起こしている部分全体にそれを塗ると、今度は包帯を取り出してぐるぐると腕に巻き付けた。

「っし、これで大丈夫だろ。しばらくは痛むかもしれねえが、じきに治る」

「あ、ありがとうございます」

「おうよ。で、お前ら2人はもう自己紹介済ませたみたいだな? あとは俺だけか。おれはシンジロウ。おじさんとは呼ぶな、シンジロウさんと呼べ」

 シンジロウさんはいつぞやに聞いた自己紹介をした。

「わ、私は加恋って言います。よろしく」

「おう。よろしくな、加恋」

「私に話しかけるときは呼び捨てで構わないから」

 加恋はそういうと、俺たちに向き直った。

「皆さん、私は外から逃げてきました。外には殺人犯がうじゃうじゃいる。そして、私が見た限りその数はどんどん増えてきているの」

「嘘」

「嘘なんか言わないよ。だから、今のうちに聖大公堂に入った方がいいと思うんだけど、どうかな?」

 加恋は、ちらりと上目遣いで俺たちの様子をうかがってきた。

「ルートはどうするんだ? 殺人犯がたくさんいるんだろ?」

「それは大丈夫。ここに来る途中で殺人犯がいない道を見つけたから。いくなら明日の夜明け。そこが限界だと思うの。その時を過ぎたら、フェイトディザスタアまでここで過ごすしかないと思うわ」

 加恋の言葉に、俺たちは言葉を失った。

 特に星也は、だいぶ混乱しているようだった。

 やがてシンジロウさんが何かを決心したような顔で話し出した。

「わかった。明日の夜明け出発だ。だが夜明けまでには時間がある。そこで、だ。お前ら、腹減ってるだろ。どうせあの時から食べてないんだろ?」

 言われた瞬間、ぐううと小さな音が鳴った。

「それは、まあ」

「出発の前に、飯にしようぜ」

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