第4話 町
ジリリリリ、という目覚ましの音で目が覚める。
今日は何曜日だったっけ、学校の日だったたら早く着替えないとな……。
なんて考えながら体を起こす。
そのまま何も考えずに制服に着替えて部屋のドアを開ける。
目の前に広がっていたのは、真っ白な廊下と壁。
「あー……。そっか、俺死んだんだったな」
ここは俺がいた世界ではないことを思い出す。
このまま制服で下に降りようかとも思ったがそれは少し恥ずかしいぞと考え直してもう一度クローゼットを開く。
そういや昨日の夜飯を食べに行ったときはどの服装でいったんだっけ。
外は別に暑いわけではないし寒いわけでもない。
ミクリは冥界には不便な気温なんてないんだよ、と言っていた。
手近な春服を取り出して着替える。
ボサついた髪を手ぐしで軽く整えて、改めてドアを開ける。
「あいかわらず白いなあ……」
はやくこの白さにも慣れないとな、と呟きながらエレベーターに乗る。あっという間にロビーに到着。
ロビーにはたくさんの人がいた。
「こんなに人がいるのは祭りの時ぐらいなんじゃないのか……?」
この建物はとても広く、ロビーだっていわずもがな。
そのロビーにたくさんの人がいるということは、ここの住民はそこそこ多いと考えてよさそうだ。
俺は体力には自信のある方だが、さすがにこの生活が続くと疲れそうだ。
おはようございまーす、今日の朝のランチはオムライスでーす、順番にお並びくださーい。
幹部のお姉さんが声を張り上げているも、それは全員には届いていない。
全員には届いていないのだから、並ぶ人もそう多くはない。
つまり俺は、まだすいている朝ごはんを食べる列に並ぶことができた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
できたてでホカホカしているオムライスと受け取り、あいている席に座る。
今の時刻は8時15分。約束の時間まではまだあるから、ゆっくり食べられそうだ。
むぐむぐとオムライスと食べていると、朗らかに笑う星也が現れた。
「春樹君おはよう。むかいに座っても?」
「うん、もちろん。おはよう」
「ありがとう」
行儀よく手を合わせていただきます、と言ってオムライスを食べ始める星也。
「春樹君、今日も資料庫来る?」
「んー、どうだろう。今日はミクリに町を案内するっていわれてるからいけるかどうかわからないなあ」
「そっか」
「星也はさあ、フェイトディザスタアの対策ってとってるの?」
「対策? そんなの取ってないよ」
「そうなの?」
「うん。対策取るのって、絶対に消えたくないって思ってるような人だけって聞くよ。僕は別にそこまで消えたくないとは思わないから」
「ふうん?」
そこで一度オムライスを口に運び、ごくんと飲み下す。うん、おいしい。
「そういえば昨日さあ、部屋に入ろうとしてたらシンジロウさんとかいうおじさんに声かけられてさ」
「え、シンジロウさん?」
星也がわかりやすく目を輝かせる。
「う、うん」
「その人なら僕も知ってるよ。僕もここに来た時部屋の前で立ち止まってたら声かけられたんだ。いい人だよ」
「そうなの? なんか変な人だなあと思ったんだけど」
「ああ、ちょっと距離感近いからねえ。って、シンジロウさんに声かけられるってことは、僕ら部屋番号近いんじゃない?」
「お」
「僕は179。春樹君は?」
「169」
「結構近いね! 同じ階だし。お互いの部屋で話せそう。いろいろ落ち着いたら遊びに来てよ」
「あ、うん」
オムライスの最後の一口を飲み込む。そこで、9時を知らせる鐘が鳴った。
「やば! 約束の時間9時だ! ごめん星也、また今度ね!」
「え? あ、うん。また」
びっくりしている星也み申し訳なく思いつつ、急いで皿を洗いに出して外に出る。
外では先に来ていたミクリが待っていた。
「ごっ、ごめん」
はあはあと息を切らしながら、謝罪の言葉を口にする。
「9時3分。時間を守るのは基本中の基本だぞ。気をつけろ」
「うん」
いつもの真顔で話すミクリ。
「最初は庭園からだな。案内も何もそこに見えてるし」
「え?」
「ほら、目の前の公園だよ」
目の前には広い公園。前に神に会いに行くときに見かけたヒストリア像が建っている。奥の方には大きな噴水。小さい子供たちがキャッキャと楽しそうに遊んでいる。
「ここは人気スポットだ。お前も後で散歩にでも行くといい。じゃ次行くぞ」
「早くない?」
「俺がしているのはあくまで町の案内だ。観光じゃない」
「まあ、そうなんだけど」
「わかったら歩く。でも急ぐ必要はない」
「ええー」
「ここはそんなに建物が建っていないから急がなくたって全部まわる。ああでも、俺はほかにも仕事があるから急ぐ」
「それ俺もそがないとだめだよねえ!」
「気にするな」
「気にするよ!」
若干ミクリとの温度差を感じるも、そこは気にしないことにしよう。
「あぁそうだ。今日はいつもより多くに人がやってきてな。俺の担当死者も増えたから大事な場所しか案内できない」
「ん、わかった」
歩くこと数分。見えてきたのは黒い建物。
「あの黒いやつは?」
「あそこは聖大公堂・別棟だ。犯罪歴があるやつが集められている」
「死んでるなら別に同じ建物でもいいんじゃ……」
「死んだとき以外の記憶はあるんだからもしものことがあった時のために分けているんだ」
「へえー」
犯罪歴がある人がいるところが黒い建物とかあからさますぎるだろう。
「あそこにあるでっかい建物な。あそこで神がで寝泊まりしている」
「え、神ってみんな同じ場所で暮らしてるの?」
「大体はな」
偉大なる神々が同じ場所にいるなんて、建物内に漂うオーラとかハンパなさそう。そのオーラを感じてみたいなと思い、ミクリにこんなことを聞いてる。
「そこって入れるの?」
「基本は入れない。だが、貴族、あぁ、神の手伝いをする役職のことな。貴族と、あと歴史家がフェイトディザスタアに日が近くなったら入ることができる」
「じゃあ俺も入れるんだ」
「そんなにいいとこじゃねえけどな」
「ミクリは入ったことあるんだ?」
確かミクリは幹部だったはずだ。入れる役職ではない。
「ある。大事なようがあってな。神それぞれのオーラがあってそれらが喧嘩してる感じだな」
「おお」
「あんまいいところじゃねえぞ?」
「入ってみたいなー」
「……はあ。次だ次」
俺が建物に見とれているのに気づいているのかいないのか、ミクリが早々に立ち去ろうとする。
「ねぇ、もう少し見てこうよ」
「あ? 後で見にきたらいいだろ。次で最後だ。聖大公堂に戻るぞ」
「わかったよ」
すたすたと歩いていくミクリに並んで聖大公堂へ向かう。
ミクリは観光に来たわけじゃないといってはいたけど、俺にとっては観光だ。
見たこともない建物がたくさん建っているんだから。
ここは広いようで意外と狭い。いや広いんだけど、建物がだだっぴろいから町の道路とかは狭く感じる。ほら、もう聖大公堂についた。
「エレベーターにのって屋上に行く」
「わかった。……ねえ、ここって車とか走ってないの?」
「車? んなもん走ってねえよ。皆歩くんだ」
「ふうん」
これまったあっという間についた屋上は当然のことながらとても高くて、下を見るのが怖く感じる。
「下は見るな。マジで高い。お前に見せたいのはこっち」
ミクリが指さす方を見ると、望遠鏡のようなものがずらっと並んでいた。
「なにそれ。望遠鏡?」
「これを覗くと、生者の様子を見ることができる。それも、自分と関係とあった人のな」
「ほんと?」
ぜひ皆……というか家族が見たいと望遠鏡を覗き込もうとする俺。
しかしミクリにとめられて断念する。
「まだ見ない方がいい。お前の死因を突き付けられるぞ」
「でもそんなの……」
「いいからやめとけ。じゃあ俺はほかにも仕事があるから。他の建物はいずれ覚えるだろ。あとは資料庫に行くなり部屋に行くなり散歩するなり好きにしろ」
「……わかった」
俺は資料庫に行こうと思い、ミクリに続いてエレベーターに乗り込む。
ロビーでミクリと別れて1人資料庫に向かう。
星也はいるだろうか。
一緒にコーヒーでも飲みながら話がしたい。
そう思いながら、俺は平和な街を駆けていった。
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