第5話 コーヒー一杯分の会話
資料庫の扉を勢いよく開ける。
図書館みたいな、独特の本の香りがする。
「なんだ、びっくりした。春樹君か」
「びっくりしないでよ」
「だって扉の開き方がすごく勢いよかったから。というか、今日はミクリと一緒に街を歩くんじゃなかったの?」
「ああ、それね。もう終わった」
「早くない?」
「ミクリには他に仕事があるんだと」
そういうものかあ、と星也が呟く。
星也の方へ歩きながら、資料庫を見渡す。
薄暗い建物の中には星也しか人がいない。
「今日も客は来てないんだ?」
「そうだね。まあここの歴史とかは率先してみるものじゃないし。それに情報は町のいたるところに貼ってあるからねえ」
「そうなの?」
「見なかった? 建物の壁とかに貼ってあるよ。あと聖大公堂の前に掲示板がある」
「マジ? 気が付かなかった」
建っている建物はいろいろ目に入ったけれど、そこに貼ってあるものなんて気にしなかった。
「まあ座りなよ。今コーヒー淹れるから」
「あ、うん」
そう言って立ち上がった星也が先ほどまで座っていたテーブルの、2つ目の椅子の腰かける。
星也がコーヒーを取り出したのだろう。ふわっといい香りが漂ってくる。
俺はこういう雰囲気が好きだ。いかにも平和って感じがするから。
コーヒーにお湯を注ぐ星也が、顔はカップに向けたまま話しかけてくる。
「そういえば春樹君。明日、春樹君の初仕事だよ」
「初仕事って?」
「フェイトディザスタア。あれのお知らせ。朝一で聖大公堂に皆を集めてお知らせします。話すのは僕がやるけど、春樹君にも一緒に行ってもらうから」
「あぁ……。他の歴史家の人は?」
「さあ? ほとんど仕事に来ないし、連絡もつかないね」
ため息まじりに星也が言う。
「春樹君、角砂糖何個入れる?」
「えと、じゃあ3つで」
「甘いの好きなんだね」
「まあ、それなりに」
トポ、と角砂糖がコーヒーに入る音がする。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
星也からコーヒーを受け取って1口飲む。苦いコーヒーと、角砂糖3つ分の甘さが口に広がった。
「どう?」
「うん、おいしいよ」
「よかった」
星也はやわらかく微笑む。
「あ、それで、春樹君の仕事の話なんだけど」
「うん」
「警備員? みたいな感じでお願いしたいんだよね」
「え、どゆこと?」
「いやあ、ちょっと騒ぎになりそうなんだよねえ。今までのフェイトディザスタアのお知らせも結構大変だったらしいんだけど」
「うん。ん? うん」
「ほら、生存確率5パーセントのイベントでしょ。それが今回は2パーセントだからね」
「へえー。って、え?」
「カミサマの気まぐれってやつ? たまったもんじゃないよね」
平然と星也は話しているけど、俺はちょっと話についていけない。
「生存確率2パーセントって、マジで?」
「マジだよ」
「それ、俺死ぬよね?」
俺が何気なく発した言葉に、星也は反応した。
「あのさあ春樹君。死ぬとか、そんな簡単に使っていい言葉じゃないと思うんだよね」
「え?」
星也にしてはめずらしいとげとげしい声に、俺は困惑した。
それから、昨日星也が俺に死ぬんじゃないかと言っていたから、よけい困惑した。
「中学校とかでやらなかった? 命は尊いものだって。そん時は綺麗ごとって思ったけど、一回死ぬとほんとその通りだって思うよ」
「星也?」
でも、どうやらそれを突っ込むことはできそうにない。
「春樹君は死んだときの記憶ないからぴんと来ないかもしれないけど、僕は覚えてるから。あんまそういうこと、言わないでほしい」
「えと……。うん、そうだね。ごめん星也」
その通りだと思いなおし、素直に謝罪の言葉を口にして星也を見ると、さっきまでの冷たさはどこえやら、あわあわと慌てていた。
「ああ! いやいやいや。僕の方こそごめん! びっくりしたよね!」
「え? いや……」
少し気まずい空気が流れる。
その気まずさを紛らわせるように、コーヒーの入ったカップに口をつけると、同じタイミングで星也のコーヒーを飲み……、
「それで、春樹君運動得意そうだからみんなを止めるの手伝ってほしいなって」
「おっけ。わかった」
いつもの会話に戻っていった。
「明日は本当に体力勝負になるだろうから、今日は早く寝た方がいいと思う」
「そんなに大変なの?」
「結構ね」
そして、2人がコーヒーを飲み終わったころ、星也がこう切り出してきた。
「あ、そうだ春樹君。今日お昼一緒に食べに行かない? いいお店知ってるんだ」
「お! 行きたい! あ、でも俺金とか持ってないけど……」
星也は一瞬キョトンとするもすぐに小さく噴き出した。
「え、なに? 俺なんか変なこと言った?」
「いや? ごめんごめん、春樹君は知らないんだよね。この世界にお金はないよ」
「え、でも今お店って」
「僕の言い方が悪かったね。お店って言っても、趣味でやってるようなものだから。食料とかは物々交換で手に入れたり、自家栽培したりとかね」
「そうなんだ……」
「うん。それで、そのお店、本当においしいんだ! ただ、春樹君はちょっと嫌がるかも」
「なんで?」
「そこで料理作ってるの、シンジロウさんなんだ」
「oh……」
「突然のネイティブ」
あははと星也が笑う。
「でも本当においしいんだよ。行こうよ。それに、シンジロウさんはいろんなこと知ってるから、話すだけでもためになるよ?」
「うん……」
「ねぇねぇ、行こうよー!」
ずいっと顔を近づけて話す星也。
「ちょ、近いって! ……だあもう! 分かった! 行く! 行くから離れて!」
「やったー!」
途端にひょいっと顔を遠ざける。
「でも、ショックだよ、僕。そんなに近づかれるの嫌?」
「嫌ではないけど」
「悪いと思ってる?」
「え? まあ」
「じゃ、明日お昼もシンジロウさんのお店ね!」
「な! おま、そこまで計算してやったな⁉」
「えー? 何のことかわからないなあ。それじゃあ、僕準備して来るね!」
「ちょっ……!」
ぱたぱたと立ち去っていく星也。
俺はその背を見ながら……、意外と侮れないやつだなと感じていた。
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