第3話 少年は考える
俺は星也からの話があった後に、フェイトディザスタアの資料を読み続けた。それはミクリが迎えに来るまで続いた。
今はむりやりミクリに資料庫から連れ出され、俺が最初にいた場所──聖大公堂というらしい、に向かっている。聖大公堂は死者が最初に来る場所であり、死者が生活する場だとミクリに聞いた。
「おい、なあ、おいって」
「ん、んー」
「おい、俺の話を聞け」
「んあー、ごめん、何?」
「何? じゃねえよ。お前資料庫で何読んだんだ?」
「うーん……。自然の摂理について勉強した……」
知った事実の衝撃が大きすぎて、自分でもよくわからない返事をしていた。
「は?」
ミクリの何言ってんだこいつ的な視線がいたい。そして自分でも少し変な言い方をしたと感じているからなおさら視線がいたい。
「なんていうか、色々冷静だな。ミクリは知ってたの?」
「何を」
「フェイトディザスタア」
「ああ、それか」
1つ小さな溜息。そして
「知ってた。つうか知らないやつの方が少ないんじゃねえの」
「そういうものかあ」
「早いやつはもう対策取り始めてるぞ」
「対策って?」
ミクリは少し思案顔になってから言った。
「生者に降りかかる災害を止める。その時多くの存在が消える。それが、フェイトディザスタア」
「うん? それは知ってるけど」
「じゃあ、どうやって止めるかわかるか?」
「えーと……」
俺はフェイトディザスタアの歴史については知識を身に着けたけれど、そういった防災的部分はほとんど知らない。
つまり俺の答えは一択。
「知らない」
ミクリは相変わらず、俺の方を見ずに言った。
「力だよ」
「力?」
「ああ。死者だぞ? 幽霊だぞ? 不思議な力を持ってたとしても不思議じゃないだろ」
「そういう力か……。俺なんかここ来てから中二病とかオカルトの世界に迷い込んだような気がしてならないんだけど」
「まあ実際そうだしな」
あっさり認めるミクリ。少し否定してほしかった自分がいる。そんな俺の事をまるで気にせず、ミクリは続けた。
「その力を手にためるんだ。で、一斉に生界にぶつけるんだ」
「単純なやり方だなあ。……なんで多くの存在が消えるかはわかってないんだよね」
「そうだ。まぁ、それこそ自然の摂理とでも思ってたらいいんじゃねえ?」
真顔のまま、しかしそれでもどこか意地悪くそういってくるミクリ。
だんだん無表情の中にあるミクリの感情がわかるようになってきた気がする。
「とりあえず今日は早く寝ろ。これから色々待ってるんだ、体力の温存は大切だぞ」
「そうだね。でも、あれでしょ、フェイトディザスタアの一週間前ぐらいにきた魂って一番生存確率低いんでしょ? 寝る間も惜しいんだけど」
「だったら、だからこそ寝ろ」
「む」
「ほらついたぞ。とっととお前の部屋に連れていく」
聖大公堂。やっぱり白い。壁も床も電気も置いてあるものも、何もかもが白い。
「お前の部屋は67階。エレベーターで行った方が早いな」
言われてエレベーターを見る。ガラス張りになっていて、その周りを螺旋階段がかこっている。
「変な力使えたりするのに空飛べたりなしないんだな……」
エレベーターに入ると、ボタンはさすがにガラスではなかったけれど、透明だった。この世界は一つのものに対して一色しか使ってはいけないという決まりでもあるのだろうか。
ウィン、とエレベーターが動き出す。そして1秒もたたないうちにガタ、と止まった。
「え、早くない?」
「早いんだ。お前の部屋の番号は169。すぐそこだな」
「169,169……。あ、あった」
ドアもやっぱり白い。
「じゃあ、俺は行く。早く寝ろよ。晩飯は一階のロビーで食える。さっき通ってきたとこな。明日は午前9時に聖大公堂前集合、町を案内する」
「あ、うん」
おれが返事をするより早く、ミクリはエレベーターに乗っていなくなった。
「うーん……」
ここが自分の部屋だといわれてもなかなか入るのには勇気がいる。
うんうんうなっていると、後ろから声がした。
「よお若いの。見ない顔だな、新入りか?」
おじさん独特の太い声に体をこわばらせつつ、ゆっくりと振り返る。
そこには50代くらいの、優しそうなおじさんが立っていた。
「俺はシンジロウ。おじさんとは呼ぶな。シンジロウさんと呼べ。お前は?」
「西島春樹……」
「はるき、仲良くやろうな。俺の部屋は168。お前の隣だ。何かあったら相談乗るぞ。それじゃあ俺は飯を食いに行く。はるきも来るか?」
「俺はまだいいです……」
「そうか。じゃあまたな」
「はあ、また……」
何が面白いのか、1人わっはっはと笑ってエレベーターにのるおじ……シンジロウさん。
いきなり変な人に絡まれたものだ。
ふぅ、と溜息をついて今度こそドアを開ける。
すると、生前の俺の部屋と全く同じ部屋が俺の目の前に広がっていた。
白と黒を基調としたモダンな部屋。しかし管理がなっていなくて少し散らかっている。これは紛れもない、俺の部屋だ。
机の上に1枚の紙が置いてある。
「なんだこれ」
その紙には少し丸っこい文字でこう書いてあった。
『西島春樹様
ようこそ冥界へ
服とか携帯とかはどうせ部屋に置いてあるだろから、それを使ってね。
この部屋は春樹様の部屋の復元。でも春樹様が使い込んだもの。不思議でしょう?』
よくまあこんな雑な説明で終わらせたものだ。
なんて考えながらクローゼットを開ける。そこには俺が着ていた服や制服、部活のユニフォームなどがかけられていた。
「……」
制服のポケットに突っ込まれていたスマホを手に取り起動する。連絡先などの記録はそのままになってた。
俺はごく自然な流れでメッセージアプリを起動して、一番最近に来たと思われるメッセージを見る。
俺の記憶にないから、多分これが初見だ。
送り主は、俺と一番仲が良かったやつ。
彼からのメッセージはこうだった。
『俺はお前と生きていきたいと思ってるから』
短い一文。
しかしそれだけで、なんとなく俺の死因は想像がつく。
「これ、返信はできないよな……」
なんとなくベッドにダイブ。
すると、ぐう……、と腹から情けない音がした。
「飯、食いに行くか……」
俺はひとり呟いて部屋を出た。
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