2. ポーンの往訪⑦


「だから、俺はいのりに絵を届けるまで、ここにいる」


揺るぎない赤い瞳が突き刺さった。

今の私には、何も言えない。言ってはいけない気がした。立花春斗の決意は、そう簡単に揺らぐものでは無い。


「そう伝えて。あんたの死神に」


そのまま立花春斗は立ち去った。

私は何も言えず、ただ立花春斗の背中を見つめるだけだった。彼の学ランの右袖から黒い手が伸びているように見えた。見間違えでなかったら、きっと立花春斗の腐敗は近い。




「ポーンは頑なに拒否、か」


病院から帰宅すると、ソウさんは当たり前のように私の部屋にいた。病院であったことをひと通り話すと、椅子にも垂れて腕を組んで悩んでいるようだった。


「確かに立花春斗は、絵を届けたいと言っていましたが、少し疑問に思うこともあるんです」

「疑問に思うこと?」


いのりさんの病室にあった立花春斗の絵は、桜の木と少女の絵だった。写真のようなその絵には、麦わら帽子を被った少女が映っていた訳だが、どう考えても、桜が咲いている季節に麦わら帽子というのは不自然だ。それに、そこに描かれていた少女は、白のセーラー服を着ていた。それを見ると、その少女は中学生か、高校生になる。モデルは多分いのりさんだろう。そうなると、あの絵はいのりさんが失明してから描かれたものになる。


「本当に、絵を届けることが未練なんでしょうか。それに、立花春斗は幽霊ですが、いのりさんにはまるで見えているかのように思えました」

「目が見えねぇのにか?」

「声だけ聞こえているんでしょうか。会話はしていましたから」


糸が複雑に絡み合っているようだ。切れる前に、何とか解かなければいけない。顎に手を添えて考える。何か見落としているはずだ。決定的な何かを。

考え込む私に、ソウさんはくすり笑った。


「な、何笑ってるんですか」

「いや、別になんでもねぇよ。ただ、思ったよりも懸命だなって」

「それは……自分のためですから」


それと、友達になったいのりさんのため。

いつかは受け入れなくてはいけない現実を、偽りなく伝えなければならない。

それが生きている人に課せられた、死んでしまった人への弔いでもあるのだから。

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