2. ポーンの往訪⑥
一時間ほど話をして、私はいのりさんに別れを告げた。病室の彼女は少しだけ寂しそうに笑って、小さく手を振っていた。
病室から出ると、声をかけられた。そこに居たのは、不機嫌そうに顔を顰めている立花春斗だった。
人気のない廊下の片隅に場所を変え、立花春斗は固く閉ざした口をようやく開いた。
「あんた、なんだ?」
「あ、自己紹介まだでしたね」
「違う。俺が聞きたいのはあんたの名前じゃない。あんたは……《死神》か」
幽霊は死神を知っているのだろうか。私は首を横に振った。
「ただのちょっと変わったものが見える人間です。訳あって貴方を探していました」
「なんで俺を?」
「貴方が何故この世界に残っているのかを知りたいからです。腐敗する前に、あっちの世界に行けるように」
そう言うと、立花春斗は「やっぱり死神の遣いじゃないか」と呟いて、私を睨みつけながら言った。
「悪いけど、俺はまだいけない」
「何故ですか?」
「あんたには関係ないだろ」
立花春斗は噛み付くように言い放った。
どうやら、素直に話してはくれないようだ。けれども、ここで引いてしまっては進むべきことも進まない。
ふと、いのりさんの部屋に飾ってあった絵を思い出した。
「立花さんは、絵がとてもお上手なんですね」
不機嫌そうな顔をしていた立花春斗の表情が、少しだけ和らいだような気がした。
「まぁ、大したことじゃないけど」
「いのりさんの部屋にあったあの絵は、あそこの公園の桜の木ですよね」
窓の外で風に揺らいでいる桜の木を指さした。5階の窓から眺める桜は、また昨日と違って見えた。5月に入ったというのに、桃色の花びらがまだついている。満開とまでは言わないが、時期遅れではあった。
「あの桜は、いのりのお気に入りなんだ」
そう言うと、立花春斗は窓の方を見つめた。ゆらゆらと桜が揺れる。
「いのりさん、貴方の絵についてとても嬉しそうに教えてくれました。きっととても大切なものなんですね」
「……俺がいのりに贈った絵は、あれだけだから」
「それは、どうして?」
立花春斗は窓の外を見つめたままだった。どこか遠くを見ているような目だった。
「新しい絵を贈る前に、俺は、死んだ」
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