2. ポーンの往訪⑤
次の日、私はまた宮園中央病院へ行った。駅前の小さなケーキ屋で買った桜のタルトを手に持って、病院の受付を通り、教えて貰った病室へ向かう。
扉に手をかけた時だった。
部屋の中から話し声が聞こえた。個室の病室の様だから、他にも誰か見舞いに来たのだろうか。
入るのを躊躇ったが、私はノックをして扉をスライドさせた。
そこに居たのは、昨日と変わらないいのりさんと、赤い瞳をした、立花春斗だった。
驚いているのは私だけではない。立花春斗も驚きを隠せないようだった。目を見開いて、私をじっと見つめている。
そんな私達をよそに、いのりさんは嬉しそうに微笑んだ。
「幸さん、こんにちは。来てくださってありがとうございます」
そうか、彼女には立花春斗が見えていない。そもそも、立花春斗は幽霊だ。そう思っていた私に、彼女は言った。
「ご紹介しますね。ここに座っているのは、私の幼馴染のハルちゃんです」
ハルちゃんと呼ばれた立花春斗は、学ランを来ている。少し幼い顔の彼は、幼馴染にしては少し若かった。それもそのはずだ。どこからどう見ても彼は幽霊だ。
それなのに何故、彼女は立花春斗がここにいることを知っているのだろう。
「は、初めまして。立花春斗です」
そう言った彼の顔は、笑っていなかった。間違えなく、私が見えているものだと気付いているようだ。
「それじゃあ、いのり。また来るから」
「うん、じゃあね」
短く挨拶を済ませてから、立花春斗は立ち上がった。壁を通り抜けることが出来るはずなのに、扉をわざわざ開けて部屋から出ていった。
追いかけた方がいいのかもしれないが、今ここで病室を出る訳には行かない。
私は立花春斗が座っていたパイプ椅子に腰掛けた。
「ごめん、お邪魔だった?」
「いえ、全然」
そう言って彼女は顔をぶんぶん横に振った。私は見舞品で持ってきたタルトを渡した。桜が咲いたように、彼女は万遍の笑みを浮かべた。
二人でタルトを食べながら、私は立花春斗のことを聞いてみることにした。
立花春斗と彼女には何かしらの関係があることは確かなはずだ。
「ハルちゃんは、私の幼馴染で、こうして毎日会いに来てくれるんです」
「その机に置いてある写真は? 」
ベッドの横にある小さなテーブルに、写真立てに入れられたハガキがあった。
満開の桜の木の下で、麦わら帽子を被った黒髪の少女が、振り返って笑っていた。
「これは、ハルちゃんが描いてくれた絵です」
「えっ、写真かと思った。すごい絵が上手いんだね」
「そう言ってもらえると私も嬉しいです。ハルちゃんは本当に絵が上手いんです。小学校の時から。私、ハルちゃんの絵がとても好きなんです」
そう言っていのりさんははにかんだ。
「ハルちゃんは、とても優しいんです。私がこうなっちゃっても、どんな時でも必ず会いに来てくれるんです。ただの幼馴染ですけど、私にとっては大切な人の一人です」
どうやら、いのりさんはハルちゃんこと立花春斗が生きていると思っているようだ。それにしても、普通なら聞こえるはずのない声が、なぜいのりさんには聞こえるのだろう。彼女にも霊感があるのかもしれない。謎は深まるばかりだ。
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