2. ポーンの往訪④


「私、神崎いのりと言います。十七歳です」

「私は宮野幸。神崎さんの三つ上になります」

「二十歳ってことは、大学生なんですね! わぁ、いいなぁ。大学楽しいですか?」


小学生が大人に憧れて背伸びをしてみたいと思わせるような言い方だった。


「どうだろう……。毎日単位を取るために授業に出て、終わったら家に帰って。大学生だから、楽しいってことはあまりないですね」


実際、雑誌やアニメに出てくるような、あんな華やかな大学生とは遥かにかけ離れている。私は、影でひっそりと生えている苔みたいなものだ。誰にも見つからないように、煙たがれないように、息を殺している。


「そうなんですね。でも、羨ましいです。私、そういう経験、少ないので」

「失礼ですけど、神崎さんは」


私の言葉を察して、彼女は言葉を被せた。


「見えないんです。中学生にあがるときから」


白杖を見た時、何となくそんな気はしていた。


「小学校までは、普通に生活していました。今は、病院のフリースクールに通ってます。それで最近、手術が決まってこの病院に入院しているんです」

「手術ですか」

「今は、医療技術も発達していて、人工網膜の移植をするんです」


病気にくわしい訳では無いので、彼女がどんな病気なのかは分からないが、手術をするのはきっと物凄い不安があるのだろう。

彼女は服の裾を握り締めて言った。


「それで、私、友達も少なくて。こうしてお話する機会がなかったので、宮野さんとお話出来て嬉しいんです……。ごめんなさい、迷惑ですよね」

「いえ、私もこんな風に人と話すのは久しぶりですから」


死神や幽霊とは話すけれど。さすがにそれは言えなかった。


「あの、お願いが、あるんですが」

「なんでしょうか?」

「迷惑じゃなければ、その……お友達になってくれませんか」


予想外の言葉だった。友達。暖かくて、くすぐったいその言葉に、私は断る理由を見つけることが出来なかった。何年かぶりの友達に、少しだけ胸が弾んだ。歳は少し離れているけれど、気にしなくてもよさそうだ。

手術は一週間後らしい。彼女の病室の番号を聞いて、また来ることを約束した私は、その日立花春斗に関する情報を何一つ手に入れることはなく、病院をあとにした。

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