2. ポーンの往訪③

その週の休日に、私は電車を乗り継いで花園中央病院へ行った。昔通っていた高校からそう遠くない場所に病院はあった。駅からバスで行けるようだったが、昔の事故以来車に乗らなくなった私は、仕方ないので歩いて向かいことにした。

五月になったばかりだというのに、少し歩いただけで汗が額を伝った。春用のニットはもう暑い。もっと涼しめな服装をしてくれば良かったと後悔している。

小さな空色のポシェットから白のハンカチを取り出して、汗を拭った。病院に着く頃にはきっとヘトヘトになっていそうだ。日頃から運動していないのがこうして仇となるとは。

なんとか病院にたどり着いたは私は、入口の前で足を止めた。

立花春斗を探しに来たはいいけれど、一体彼はどこにいるのだろうか。幽霊なのだから、入院しているわけではないけれども、もし病院の中にいるとするならば、そう簡単には見つからない気がする。勝手に病院内を彷徨くことは許されないはずだ。かといって、病院に知り合いもいなければ、見舞いに行く宛もない。

とりあえず入口の前で立っているのも目立つので、病院の近くにある広場へ移動した。

よく見ると、一般の人もいれば、患者らしき人もちらほらいるようだ。静かに本を読んでいる人もいれば、車椅子を押されて広場をゆっくり散歩している人もいる。長閑な場所だった。

私は大きな桜の木の下にあるベンチに腰掛けた。

立花春斗の情報の中に、気になる項目があった。彼の特技は外見にそぐわず、絵を描くことらしい。いかにもスポーツが出来そうな感じで、そんなイメージは全くない。

となると、やはり彼の未練は特技に関することなのだろうか。

しばらく悩んでいると、唐突に声をかけられた。

顔を上げると高校生くらいの可愛らしい女の子がいた。


「隣、座ってもいいですか?」

「どうぞ」


そう言って私は少しだけ端に避けた。彼女は手に持っていた杖をベンチに立て掛けて静かに座った。白杖というものだろう。彼女の仕草で何となく理解した。


「今日はいい天気ですね。たまには外もいいかなぁと思って来てみましたけど、暖かくてよかったです」

「そうですね、もう暑いくらい」

「確かにカーディガンは暑そうですね」


少女はふわりと微笑んだ。その笑顔も落ち着いていてとても可愛らしかった。


「あの……迷惑じゃなかったら、少しお話してもよいですか?」

「私でよければ」

「ありがとうございますっ」


憧れの人に振り向いてもらったかのように喜んでいる。そんなにも誰かと話をしたかったのだろうか。打つ手がないのだから、少しばかりはこうしてのんびりするのも悪くは無いかもしれない。

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