1. 初めまして、死神さん⑦
右頬の亀裂から細い黒い手が伸びてきて、ゆらゆら揺れた。
「お兄さんはさ、なんて言うのかな。君の言葉を聞いて」
少年は、困惑した表情を浮かべながら私を見た。赤い瞳が揺れる。
「……イヤだっていうよ。だって、ぼくがころしたんだもん。だからきっと、ゆるしてくれない」
「それでもいいの? 君は」
少年は大きく頷いた。頬の亀裂が音を立てながら裂けていく。
噛み合わない歯車のような違和感の正体が分かった。この少年が望んでいることは、謝ることではない。謝るという行為のものだ。
私はしゃがんで、少年と顔を合わせた。黒い手が、私の方に伸びてくる。ゆっくりと私は口を開いた。
「お兄さんに、謝るしか方法が無かったんだね。自分のやってしまったことを、後悔を、消すことは出来なくても、許すために。お兄さんにではなく、自分自身を許してあげるために」
きっと、お兄さんは許してくれるはずだ。もしかしたら、弟が居なくなる方が耐えきれなかったのかもしれない。だから分かっていて右手を差し出した。弟と一緒にいたいから。
でも、この少年は自分自身のことを許せない。兄を憎んでいたこと、兄の愛を受け入れようとしなかったこと。こうなってしまったことは、自分のせいじゃない。兄がいけないのだ。そう思い続けなければ、自分は生きていけなかったから。そんなことを思う醜い自分を、少年は死んだ後に許さざるを得なかったのだろう。自分の魂が、消えないように。だから少年は謝りたかった。謝ることが、自分を許せる最後の希望だったのだから。
少年の頬から伸びる黒くて細い手が私の目の前でピタリと止まった。少年の赤い瞳から、涙が一筋流れ落ちる。
「君が正しかったのか、間違っていたのかは分からないけれど。自分のこと、許してあげて」
次の瞬間、目の前にあった黒い手は霧のように溶けていき、割れた右頬を隠すように小さな青い花が咲いた。コンクリートの割れ目から、花が咲くように。
「僕のしたかったこと、思い出せたよ」
「よかったじゃねーか」
その声に、私は立ち上がった。
横を見ると黒いスーツを見に纏った、あの青年がいた。この前よりも、少しだけネクタイがきつく締められている。
青年は私を一瞥して、少年に言った。
「これでいけそうか? おまえは」
少年は俯いて、小さく頷いた。その様子を見て、青年は首にかけている小瓶のネックレスを引っ張り出して、瓶の蓋を開けた。ひっくり返して、中に入っていた小さな種を取り出すと、そのままその種を少年の手のひらに乗せた。
「それは、おまえが運んでやれ。最後くらいは、兄の望みも受け取ってくれ」
少年は手のひらの種を大切そうに握った。
それから、少年は私の方を向いて笑った。その笑顔は少しだけ寂しそうに見えたけれど、清々しくも見えた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
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