1. 初めまして、死神さん③

 私は青年に小さくお辞儀をして、その場を立ち去ろうとした。ふわりとスカートの裾が回り、背を向けた時だった。


「その能力……いや、霊感って言った方がいいか。 それ、俺が引き取ってやるよ」


 前に進めた歩みが止まった。

 そのまま後ろを振り返ると、青年は口角を上げた。


「ただし、条件はある」

「条件?」

「俺の仕事の中に、まだこの世に未練を残して連れてけない魂を導くってのがある。おまえには、その仕事を手伝って欲しい。その手伝い次第で、決めさせてもらう」


  何度か会ったことはある。成仏できないまま、この世に残されて、誰にも気づかれることなく消えることすら叶わない幽霊。会う度に、目が合う度に、私は声も上げずにその場を立ち去るだけだったけれども。生きていた時と変わらない姿をしているから、一見生きている人間にも見える。でも、やはりそれは命のないものなのだ。どうあがいても、もがいても、もう元には戻れない、幽霊に違いは無かった。


「私に……何ができるというの」


 私は右手を強く握りしめた。幽霊たちが望んでいることなんて分からない。いつだってソレは「つれていって」しか言っていなかった。どこに連れて行ってほしいのか、誰に会いたいのか、いつ行きたいのか。 分からないから、逃げるしかなかった。そんな私に、何が出来るというのだろう。

 青年は何も語らなかった。


「何もしないから、何もできねぇんだよ」


 ただそう言って、青年は透けて消えていった。彼の赤く鋭い瞳が、悲しそうに揺らいでいたような気がした。青年が消えたところには、私から延びる長く黒い影しかなかった。まるで初めから、そこに何も居なかったかのように。

 私は握りしめていた右手を緩め、夕日に染まる道を一人でゆっくりと踏みしめた。


 何もできないのは、何もしようとしないから。

 

 間違ってはいない。

 私はいつだって、逃げてばかりだ。

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