第二百十一譚 未来を切り拓く最期の一撃
アディヌへと続く道をただひたすらに走り続けている。
皆が切り拓いてくれたこの道を――決して無駄にはしない。させはしない。
「ここでようやく、真ん中ぐらいかな?」
辺りの敵に魔矢を射続けるシャッティが、息を切らしながら問う。
「ええ、恐らく。正確な位置まではわかりませんが確実に近づいています!」
アディヌの姿も、近づいているためか先程よりも大きく見えるが、悠長にしている時間はない。
いつキルリアのかけた封印が解かれるかもわからないし、この活路だっていつまで保つか……。
「敵が多く雪崩れ込んできている。急がないと瓦解するぞ」
メリアも俺と同じことを危惧しているようだ。
だからこそ、早くアディヌのもとまで駆け抜けたいんだけど……。
「くそっ、遠いな……!」
距離的な問題ではない。
奴までの道筋が、奴に辿り着くまでの道のりが遠いんだ。
奥に行けば奥に行くほど、敵の強さも変わってくる。
強固な守りで、道を切り拓くことも容易じゃない。
「敵は倒せば終わりというわけではないのが厳しいね。生者ではないから、倒しても倒しても蘇るというのは対策のしようがない」
前から飛び込んでくる骸骨たちを倒しながら、ロベルトは顔を強張らせた。
「それでも、進むしかないんだ。俺たちは!」
奴らに対して効果があるかわからないけど、アディヌが幻創魔法を使えない今。やれることはやる。
皆に助けられてばかりじゃあ、勇者の名が廃るだろ。
「”
複数の剣が宙を舞い、戦場を駆けていく。
「アル様、魔法はあまり……」
「大丈夫だ。皆が、命を燃やしてる。この瞬間を戦ってる。だから俺もできることはやるよ」
それでもまだ、アディヌとの距離は遠い。
もうすこし、もうすこし何かがあれば――。
『私が眠っている間に随分と面白いことになっているではないか』
頭の中に直接響くようなその声に、ハッと振り返る。
はるか後方。俺たちが進んできた道の上空に浮かぶ何か。
思念魔法を使える奴は一人しか知らない。それに、この声を聴いてわからないはずがない。
『我ら魔王軍、女神討伐に加担させてもらおう。道を切り拓くのは五国だけではない――我ら魔王軍がいることを忘れるな』
魔王の声は戦場にいる全てのものに届いていた。
その証拠に、周りの兵士たちは魔王軍の加担に士気を向上させているようだった。
「魔王軍が遂に動く……! これなら、最前線も押し上げられるぞ、アルヴェリオ君!」
地鳴りと共に、後方から土煙が上がる。
ものすごい速さと勢いで魔王軍が突撃しているようだ。
空からはガーゴイル部隊が攻め上がり、聖王軍を翻弄している。
そんな様子を眺めていると、ふと魔王と視線が重なったような気がした。
俺は魔王に向かって剣を掲げると、それに返すように杖を掲げて見せた。
『今度こそ、世界を救って見せてくださいね。リヴェリア君』
思念魔法で送られてきた言葉を最後に、魔王の姿は見えなくなった。
「ああ、任せろ。キーラ」
俺は再度、最前線の方へ足を向ける。
きっと、今が絶好の機会だ。
アディヌを討つための最高の舞台。
各国の兵士たちの士気は最高潮、アディヌは力を抑えられ何もできない。
これを逃せば、次はない。
「一気にアディヌまで駆け抜けるぞ!」
俺がそう言って走り出すと、周りにいる皆も呼応して走り出す。
「見えました! あそこが最前線です!」
セレーネが声を上げた先では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
兵と兵が入り乱れ、隊列など意味をなさないような無法地帯。
「ここは、わたしに任せて!」
最前線を目にした瞬間、シャッティが先頭に立つと、一人で突っ込んでいく。
「何してんだシャッティ! 一人で前に出るな!」
「一人ではない。私たちに任せておけ」
シャッティが飛び出したかと思うと、メリアも後を追うように飛び出していった。
「わたしたちにできるのは、このくらいだけ! ここでアルっちの進む道を創るのが私たちの役目だよ!」
「主は立ち止まるな! 拓かれた道を進めばいい!」
「――ッ!」
二人の決意を感じ、喉まで出かかった言葉を飲みこむ。
「信じてるからな、二人とも!」
その言葉だけで十分だとでも言いたそうな表情を浮かべ、二人は人ごみの中に消えていった。
「ならば、俺はここで敵を食い止めるのが役目なのだろうね」
「ロベルト、お前何言って……ッ!」
ロベルトの言葉に立ち止まり、そこで初めて気が付いた。
背後から迫ってくる無数の聖王軍。
俺たちはいつの間にか囲まれてしまっていた。
「というわけだ。俺はここで聖王軍を食い止めよう。だから君は早く、アディヌのもとへ」
ロベルトは迅速に兵士たちを集め、隊列を組ませた。
前方にではなく、後方に。
本当は、俺だって皆と共に戦いたい。
だけど、それは俺の為に道を切り開いてくれた人たちに失礼だ。
皆が皆、この一瞬に全てを賭けてる。
今のこのチャンスが、いつまでも続かないと皆わかってるんだ。
だから、だから俺は。
「俺は進むよ。アディヌのもとへ行って、必ずあいつを倒してくる。だからそれまで、死ぬなよ」
「勿論だ。俺は志半ばで死ぬつもりはないよ。だから、未来を勝ち取ってくれ。アルヴェリオ君」
俺は振り返る事無く、足を進めた。
戦場に散らせていた複数の剣を集め、前方へと放つ。
聖王軍の兵士たちを次々と斬りながら、残った兵を俺自らが倒していく。
「そこを退けッ! 俺はッ、立ち止まるわけにはいかないんだ!」
敵の攻撃も一層激しさを増す。
だが、それはアディヌが近いという何よりの証拠でもあった。
あと少し、あと少しで奴に届く。
「アル様ッ、伏せてください!」
セレーネの言葉に、咄嗟に身体を屈ませる。
先程まで俺の上半身があった場所を、巨大な剣が通り過ぎた。
「はアッ!」
直後、銀閃が目の前を通り過ぎ、巨大な剣を振るった敵を貫く。
「悪い! 助かった!」
「いいえ、貴方の背は私が護ります。だから、アル様は前へ――!」
俺はセレーネの言葉に頷くと、もう一度走り出す。
かっこ悪くてもいい。
みっともなくてもいい。
この世界を救うまでは、立ち止まらない。
「もう少しで、抜けます!」
セレーネと共に軍勢を掻い潜り、そして。
「抜けッ……た――」
軍勢を抜けた先に見えたのは、漆黒の鱗。
考える暇もなく、とてつもない衝撃が襲い掛かる。
「がッ……」
ミシミシと悲鳴を上げる俺の身体は、気づけば宙に舞っていた。
そして、すぐに背中に衝撃を受ける。
受け身すら、取れなかった。
先程の衝撃か、地面に打ち付けられた衝撃か。体中に激痛が走る。
腕を付き、身体を起こそうとしたその時。隣に何かが落ちる音が聴こえた。
音の聴こえた方に顔を向けると、そこには血反吐を吐きながら悶えるセレーネの姿。
「セレーネ……ッ! 大丈夫か……!?」
「ぅぐ……し、心配ありません。この、程度。回復魔法、で……」
痛みを堪えながら、セレーネの側に近寄る。
セレーネは自らの身体に回復魔法を施すと、おもむろに立ち上がって俺を見た。
「……ご心配おかけしました。アル様こそ、お怪我はありませんか? 咄嗟に回復魔法をかけましたが、それで間に合っているかどうか」
「お前、俺が傷を負うと同時に回復魔法を……?」
セレーネはまた、自分よりも俺のことを。
俺に回復魔法をかけたばかりに自分へのダメージを……。
「前も言っただろ、俺は――」
「ええ、ですから私自身にも施しました。同時回復です。私だって、強くなっているのですよ」
そう言って、自信満々に話すセレーネを見て、思わず笑ってしまった。
彼女はもう、こんなにも立派に成長しているんだ。
ああ、まったく。これじゃ俺が心配性みたいじゃないか。
「人形風情が、妾の前にしゃしゃり出おって。力が使えずとも、妾は女神。お前たちのような木偶人形をこの手で始末するなど容易き事じゃ」
先程の一撃は、やっぱりアディヌのものだったか。
初手で随分なものお見舞いしてくれやがって。
「その人形相手に追い詰められてるのはお前だぜ。ようやく、ようやくだ。随分と待たせたけど、始めよう。お前と俺の――いいや、俺たち世界との最終決戦を」
「決戦? ほざけ、戦いと呼べるものにもならぬわ! この姿になった妾に敗北はない! かつて三神大戦の時もこの姿になっておれば女狐どもに負けなどしなかった! だが、今度は違う。もはや童を止められるものはおらぬ!」
「いいや、いるさ。ここにな!」
俺は腕を伸ばし、魔力をため込む。
そして、集まった魔力を形に変えた。
「”
人の何倍もある巨大な剣を創り出し、アディヌに向けて打ち込む。
剣は真っ直ぐにアディヌの腹部を――貫通した。
だが、アディヌは呻き声すらあげず、その傷はみるみるうちに修復されていった。
「愚か者が。お前の攻撃など、妾には通じぬ! 妾の体は傷一つ残らぬ最強の体! どのような傷をつけようとも、無駄じゃ!」
お返しと言わんばかりに、アディヌが両手を掲げ、その巨腕を振り下ろす。
俺は即座に巨大な盾を創り上げ、上空に掲げる。
しかし、力の差は歴然だった。
奴の放つ一撃は、幻創の盾にヒビを入れる。
「ほれ、どうした! その程度の力で妾を倒せるとでも? 滑稽よの!」
「ちっ、くしょう……!」
盾に魔力を割いているだけじゃ勝てない。
剣にも、魔力を回せ。
ちらりと、俺は後方にいるセレーネに視線を送る。
セレーネは小さく頷くと、アディヌの両腕目がけて走り出した。
「跳べッ、セレーネ!」
俺の合図で、セレーネは大きく跳躍する。
そして、俺の幻創の剣を踏み台にアディヌの片腕に飛び乗った。
「いくら傷が残らないと言えど、斬り落とせば隙は生まれるでしょう!」
幻創の剣とともに、セレーネの槍がアディヌの指を切り取る。
その刹那、奴の力ががくりと抜けた。
セレーネは手から飛び降りると、俺に向けて。
「――今です!」
俺は両腕から離れると同時に、盾を解除。すぐさま、もう一度巨大な剣を創り上げる。
振り下ろされた両腕により大地が悲鳴を上げた。
大きな振動により体がぐらりと揺れるが、それでもこの剣を放つのに支障はない。
「そこだ――ッ!」
巨大な剣が空を裂き、女神の喉元へ放たれる。
だが、その一撃もアディヌの手で弾かれて終わってしまった。正確には、手を犠牲に弾かれた。
「無駄だと言っておろう! いくら斬り落とそうが、無意味なものは無意味じゃ。そう、夢、希望、愛。形ないものに意味などありはせぬ。実現できぬものに価値などありはしないのじゃ。そのようなものに縋るから、人は弱く醜い。お前たちはただ黙って、妾に……神に縋っておればよい」
アディヌの尻尾が、地鳴りと共に動き出す。
俺たちの上空に上げられた尻尾は、ゆっくりと。確実に地面に這う虫を潰すごとく下ろされた。
俺は巨大な剣を創り出し、尻尾を穿とうとする。
しかし――。
「こんな、時に……!」
魔力切れの初期症状。ひどい頭痛が俺を襲った。
集中が途切れれば、実幻は解かれてしまう。
俺の眼前に死が迫った。
「――その必要はない」
誰かに背を引っ張られると同時に、視界に映る男の影。
尻もちをついた俺の目の前に立ち塞がったのは、見知らぬ男の姿だった。
直後、アディヌの尻尾が振り下ろされる。
それを受け止めたのが、目の前に立つ男。
「あ、あんた一体……」
「こんなところで、一体何を怠けている?」
「は……?」
男の体は悲鳴を上げ、血管からは血が噴き出している。
肘の骨は飛び出し、身体の限界などとうに超えているようだった。
「勇者ならば、勇者らしく守るべき者の為に戦えと言ったはず! 守るべき者のため、支えてくれる者のため――皆が幸せに暮らせる未来のために戦うと言っていたであろうが!」
その後ろ姿が、一瞬だけ。ある男と重なった。
似ても似つかない姿なのに、どうして俺は彼の姿を重ねたんだ。
「ムルモア……?」
「――人の力の本質は、想い。想いの強さが、人に力を与える! それが決して無駄な事であるものか! それを……証明してみせるのだ! 行けッ、アルヴェリオ!」
考えるよりも前に、身体が動き出していた。
尻尾の下を潜り抜け、アディヌのもとに近づく。
「貴様なら、もう知っているはずだ。奴の、弱点を。貴様なら、きっと――」
背後でズシンと、大きな衝撃が起きる。
それでも俺は、ただ前に進んでいた。
アディヌの禍々しい姿、どこかで見たことがある。
いいや、そんな薄い記憶じゃない。
似ているんだ。俺の知る魔物の姿に。
魔王を除く、魔族の頂点に立つ存在――八皇竜。
何故気づかなかったんだろう。あの漆黒の鱗も、翼も、尻尾も全て。
竜そのものじゃないか。
八皇竜は、傷ついても必ず再生し絶命することはない。魔石さえ壊されなければ。
それならば、アディヌにも魔石がある? ならどこに。
考えろ、今までの出来事から全部考えられるもの全てから見つけ出せ。
その時、俺の脳裏に浮かんだのは、一つの情景。
俺が巨大な剣をアディヌの喉元に放った時。奴は手を犠牲にして弾いた。
腹部を狙われたときは弾かなかったのに、何故喉元は手を犠牲にしてまで弾いたんだ。
――喉元にあるからだ。奴の魔石が。
「想いの力などと……下らぬ。じつに下らぬ。そのようなものを信じても、結局は無様に死んだだけではないか。これでわかったじゃろう、希望や夢がどれだけ無意味なものかを」
違う。
希望は、生きる力をくれる。
夢は、生きる糧となる。
「人形は人形らしく、妾の筋書き通りに動いておればよい。それこそがお前たちの幸せなのだから」
違う。
幸せは他人に決めてもらうものじゃない。
「さあ、もう諦めよ! 妾の世界で、妾の為に生き、そして死ね!」
「俺は、諦めない!!」
腰に携えた長剣を抜き出し、アディヌへと切っ先を向ける。
「希望を、夢を見て何が悪い! 人は自由だ、そうする権利を持っている! 夢を見てこそ人間、希望を持ってこそ生きるって事じゃないのか!? 夢の実現が不可能? 希望なんて無意味? そんなことはない!」
「綺麗事だとわからぬか! そのようなもの不可能じゃ!」
アディヌは左腕を上げ、力のままに振り下ろしてくる。
「”
垂直に飛び、奴の腕へと飛び乗った俺は、そのまま腕を駆けあがる。
「綺麗事? 不可能? 上等だよ!」
腕を駆けあがる俺に向け、もう片方の腕が伸びてくる。だが、もう遅い。
もう一度”飛躍”を使い、俺はアディヌの顔よりもさらに高い位置へと飛び上がった。
皆の視線を感じる。
アディヌの、セレーネたちの、各国の兵士たちの。
皆が俺を見ている。
未来を切り拓く瞬間を、待ち望んでいる。
「綺麗事も、不可能だって可能にする! それが人間――それが勇者ってものだろ! この世界に生きる誰もが、勇者なんだ! 勇者になる資格を持っているんだ!!」
「その体ごと、燃やし尽くしてくれる!!」
アディヌの口が大きく開かれ、少しの熱気を感じる。
そして同時に、その存在を確認した。
魔石は、そこにある。
頂点まで飛び上がった俺の体はゆっくりと、下降を始めた。
チャンスは、一度きり。
こんなことが前にもあったような気がする。
「――セレーネェェッ!!」
力の限り、彼女の名を叫んだ。
直後、身体を包む温かな光。
「燃え尽きよ!!」
炎に突っ込む気で行かなきゃ、あの魔石にはたどり着けない。
だけど、失敗すれば、奴の炎で跡形もなく燃え尽きてしまうだろう。
それでも、この回復魔法があれば俺は――。
その瞬間。ほんの一瞬ではあるが、背中をすっと優しく押される感覚。
一瞬、ほんの一瞬だけ。
俺の背中を押す、リヴェリアとムルモアの姿を見た。
それは幻覚だったかもしれない。
それはただの風だったかもしれない。
それでもいい。
それでも俺は、前に進める。
「ぅうおおオオオッ!」
幻創魔法を使えるほどの魔力も残っていない。
今だって身体が燃えるように熱い。皮膚が焼かれては回復され、焼かれての繰り返し。
それでも、この剣がある限り、この腕が……足がある限り。
俺は前に進む。
後悔のない人生を送るために。
守りたい人たちを、支えてくれる人たちを護るために。
今を、精一杯生きるために。
「行けェェ――ッ!」
人々の声が重なり、大きな声援が俺の耳に届く。
そして。
「行ってッ! アル様――!」
長きに渡った因縁を断ち切るように。
世界の未来を切り拓くように。
俺の剣が、アディヌの魔石を斬り裂いた。
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