第二百十譚 切り拓く未来への道


「あとは俺に――”再誕の勇者”に任せてくれ」


 強大な化け物から振り下ろされた一撃を食い止め、後方にいる仲間たちへ声を送る。


「――待たせたな、皆!」

「アル様……!」


 騒めく中でも、はっきりと聞こえる仲間たちの声。俺の名を呼ぶ、大切な皆の声が聞こえる。


 どうやら、間に合ったみたいだ。


「ったく、遅いのよ! アンタが来るのが襲いせいで、アタシたちもうボロボロよ!」

「はいはい。照れ隠しはそれぐらいにして、今は再会を喜ぼうじゃないかい」

「うっさい死ね!」

「脛はやめて!」


 普段通りの、元気な様子で喧嘩を始めるアザレアとジオ。

 だが、体中傷だらけで、顔色もどこか優れないようだった。


「アザレーもグラジーもそのくらいにしておきなよー! 今はそんなことしてる場合じゃないんだよ?」

「そういうお前も顔が赤い。嬉しいのはわかるがそのくらいにしておけ」

「うそ、赤い!? もー、そう言うメリさんだって頬緩んでるよ!」

「元々だ」

「絶対にうそだ!」


 シャッティも、プルメリアも。

 元気な様子を見せてはいるが、傷だらけだ。


 ああ、こいつらはこんなにも。こんなになるまでに、戦ってくれたのか。


「皆、ありがとう」


 改まった態度を見せた俺に、皆は揃って笑みを浮かべた。


「何言ってんのよ、まだ終わってないでしょ?」

「ああ、勿論」


 向けられた笑みに応えるよう、俺も笑みで返す。

 そして、強大な化け物に向き直った。


「お前、お前ッ! お前はいつも妾の邪魔ばかり! 何度も何度も妾の前に立ち塞がりおって!」

「なんだよ、随分と大きくなったじゃないか。俺は以前の小柄な方が愛嬌あって好きだったんだけど」

「忌々しい、忌々しい! お前だけは、絶対に妾の手であの世に送ってやろう!」


 強大な化け物――アディヌは、実幻で創られた盾をかき消すと同時に、膨大な魔力を自身の内に集め始めた。


 それはきっと幻創魔法。

 膨大な魔力を用いて、俺たちごと消し去るつもりなのだろう。


 だが、そんなことはさせない。

 俺はあんたを信じるよ。なあ――。


「キルリアァ――ッ!」


 その叫びは戦場に響き、魔力をため込んでいる奴の身体を硬直させた。

 奴に帯びていた魔力は瞬く間に消え去り、唖然とするアディヌの姿。


「この感覚――何故、何故、何故じゃ! この世界は妾の世界! それなのに何故、あの女狐が介入できるッ! できる筈もない、だというに何故じゃ! 何故、魔力が集まらぬッ!」


 それはまるで駄々をこねる子供のようだった。

 行き場のない怒りを虚空にぶつけ、喚く。


「――この程度、時が経てばいずれ解けるはずッ!」


 煙のようにその巨大な体躯ごと消え、アディヌは聖王軍の後方へ姿を現した。


「さあ、妾の信徒たちよ! 今こそその命を妾の為になげうつ時じゃッ! 力を解放するまでの間、時を稼ぎ、妾の駒となり――妾の世界の為に死んでゆけッ!」


 アディヌの言葉を聞いた聖王軍の兵士たちが、大きな雄叫びを上げる。

 すると、化けの皮が剥がれ、彼らの正体を現す。


 躯。人間に見えていた兵士たちは全て骸骨へと変貌する。

 

「骸骨。死してなお、生かされ戦い続けさせられているということか」

「ああ。それに加えて、幻創魔法で人間の姿に見せていたってことなんだろうな」


 何という、何という事を。

 奴は、人の命を何だと思ってる。


「……私は、シスターとして人々を癒してきました。ですが、神に心身を捧ぐということは一切しませんでした。それが間違っていなかったと、今なら強く思えます」


 そう言って槍を握りなおしたセレーネは、今まで見たことのないような表情を浮かばせた。


「人を、命を弄ぶようなものは神などではありません。そのようなものを神だというのなら、世界に神は要らない!」

「神さまが世界に干渉しちゃいけないなんて決まりもないけど……人が神に干渉しちゃいけないなんて決まりもないわよね? だから、アタシたちはアンタを倒すわ。この世界はアンタのものじゃない――この世界に生きる全ての人たちの為の世界よ!」


 セレーネに並び立ち、アザレアも啖呵を切る。

 そうして二人は、揃って俺に目を向けた。


「さて、あとは君の言葉次第だね。これからどうするんだい、アルヴェリオ」

「決まってる。ここを突破してアディヌを叩くだけだ」

「ということは、この大軍勢を抜けていかないといけないんだね……。わたしの罠でも流石に突破口を開くのは……」

「――案ずることはない!」


 俺たちの会話を遮り、一頭の馬が飛び出してくる。

 そして一頭、また一頭と俺たちを横切り飛び出していった。


 その軍勢が掲げた軍旗には、『光』と『平和を願う旗』のロゴ。

 王都トゥルニカの象徴だった。


「テッちゃん……!」

「突破口は我らトゥルニカが切り開く! 勇者は堂々と、勝利への一本道を歩いてくるがよい! 行くぞトゥルニカの誇り高き兵たちよ、我らの意地を見せるのじゃ!」


 そして間もなく、大軍勢と激突する。アディヌへの道を切り開くために彼らは、その命を燃やしている。

 それは、トゥルニカの兵だけではなく。


「勇者様」


 どこからともなく現れた妖精の女王は、柔らかな笑みを浮かべながら深々と頭を下げた。


「えっ、何を――」

「貴方様に救われた妖精族の恩、決して忘れることはありません。それはこれからも、何百、何千の時が過ぎようとも、永遠に語り継いでいきますわ。……そして、その恩に報いるのも、今この瞬間です」


 頭を上げた女王の表情からは笑顔が消えていた。

 真剣な眼差しが、俺の目と交差する。


 女王が片手を上げると、妖精族が一気に飛び出していく。

 トゥルニカの兵たちに続くように。


「未来への道筋は、我々の手で切り開きましょう。勇者様は勇者様の成すべきことを」

「……ありがとう」


 会釈をすると、女王は俺を横切って前線へと赴いていく。


「聞きなさい、妖精族の民たちよ。妖精も半妖精も高位妖精も関係ありません。そのような違いなど些細な事なのですから。今こそ、我らは一つとなって強大な敵に立ち向かう時が来ました――」

「母様……」

「どこまでいこうとも、我々は妖精族エルフ! 妖精族の誇りを見せるのです!」


 その一声で、妖精たちの士気が目に見えて上がった。

 喝采と共に力強い雄叫びが地面を揺さぶる。


「グラジオラス」

「うん、僕も同じ考えだ」


 妖精女王の言葉に感化されたのは兵たちだけではなく。


「リヴァ、アンタはいつもアタシたちに道を示してくれた。だから今度はアタシたちの番」

「君が進む道は僕たちが切り開く。君はただ、いつも通り前だけ見て進むんだ」

「お前ら……」


 二人は小さく笑って見せると、踵を翻し兵士たちの間を駆け抜けていった。

 そして、妖精は羽を手にしたかのように舞い上がる。


「気張んなさいよ! 挨拶は大きくいかないといけないんだから!」

「そっちこそ! 気張り過ぎて地形を破壊しないようにね!」

「”炎女神の一撃ヘスティアー・ブロウ”!」

「”風神の怒りアイオロス・スインガー”!」


 二人の魔法は重なり合い、巨大な炎塊が風を纏いながら落下する。

 兵士たちの行く手を阻むものを蹴散らし、それは彼らの背中を押す一撃となった。


「見ろ、道が!」

「この調子で切り開くんだ! 勇者様の道を!」

「できるだけ広く、開くんだ――必ず、邪神アディヌへと届く道を――!」


 大軍勢の中にできた僅かな活路。

 それは徐々に、だがしっかりと開かれている。


「走れっ、アルヴェリオ!」


 ジオの言葉を聞き終えるよりも前に、俺の足は動き出していた。

 切り開かれ続けている道を通り、アディヌのもとへ。


「――図に乗るなよ木偶人形どもッ!!」


 しかし、その光景を見たアディヌが何もしてこないわけがない。

 今はキルリアのおかげで力を封じ込められてはいるが、相手は神だ。


 対策を講じながらでも俺たちに攻撃を加えることはできる。


「潰れてしまえッ!」


 アディヌは両腕を地面に突き刺し、それを抉り取ると巨大な岩石としてそれを投げつける。


「不味い……! あそこまで届くか……!?」


 俺は魔力を込め、最前線に降下していく岩石を止めようとした。


 だがその瞬間、岩石に向かって飛び込む一つの影。

 それは岩の塊を一撃で粉砕すると、大きな声で呼びかけた。


「ガハハハ! 残った岩は頼んだぞちっこいの!」


 地面へと降り注ぐ岩石。

 それは複数の小人――炭鉱族によって粉々に切り刻まれた。


「炭鉱族の剣技は岩をも斬るッ! オイラたちが小さいだけの存在だと思ったら大間違いだぞッ!」

 

 そんな彼らに続くように、獣人族と炭鉱族も雪崩れ込む。

 前線はもはや無法地帯と化している。


 だが、それでも。

 彼らは道を切り開くことだけはやめない。


 あれだけ狭く、浅かった道が。

 今ではこんなにも広く、深い道となっている。


「これが、君が創り出した希望という可能性の結晶だ」


 その言葉に、後ろを振り返る。

 そこにいたのは、キテラ王国の王子――いや、国王。


「ロベルト……! お前まで!」

「君が聖王を倒すと聞いて、俺はいてもたってもいられなかった。だから、他の四国に連絡を取ったんだよ」

「各国を魔界に呼んだのは、お前だったのか?」

「ああ。他国に協力を要請したら、快く引き受けてくれたよ。君と共に戦うとね」


 ロベルトは俺の隣に立ち、煌びやかに輝く鎧に手を当てた。


「他国が道を切り開く剣となるならば、俺たちキテラ王国は――希望を護る盾となる。だから、君は恐れず俺たちについてきてほしい」

「ふ……、あの時からまだそれほど経っていないが、良い顔をしている。どうやら、私が生きているうちにお前の誓いは果たされそうだな」

「勿論だとも。この戦いも、その一歩だ。だが、ただの一歩じゃない。未来へと繋がる、希望の一歩だ」

「希望……か」


 希望。その言葉が、俺の胸に深く刻まれる。

 ここにいる皆が、俺を希望と信じ戦っている。


 再誕の勇者を希望として、未来を掴もうと命を燃やしている。

 

 生半可な気持ちじゃない。

 文字通り、命を懸けた最後の戦いに。

 

「アル様、進みましょう」


 セレーネがいつもの優しい表情を浮かべながら、俺に語り掛けた。


「夢や希望、絆の強さを見せましょう。形のない、目には映らないけれど大切なものの強さを」

「ああ、勿論だ」


 皆の気持ちは受け取った。

 あとは俺がその気持ちに答えるのみ。


 不思議だ。心も体も軽い感じがする。

 重圧なんて感じていない。


「――行くぞ!」


 皆の想いと、お前の力。

 どちらが強いか、決着の時だ。


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