第二百七譚 リヴェリアとアルヴェリオ


 同時に飛び出した俺たちは、互いに長剣を振り下ろす。

 振り下ろした長剣はそれぞれの剣とぶつかり、大きな金属音が辺りに響いた。


 じんと手が痺れ、衝撃の重み――リヴェリアの想いの強さを改めて実感する。

 奴が必死の表情で長剣を振るっている姿を見て、申し訳なさがこみあげてくる。


 ああ、こいつはただ自分として生きたかったんだ。

 リヴェリアとして生まれ、リヴェリアとして生きたかったんだって。


 でも、それでも俺は負けるわけにはいかない。


 例え二度、リヴェリアを殺すことになろうとも、俺は先に進む。進まなくちゃいけない。

 

「リヴェリアァ!」

「アルヴェリオォ!」


 何度も何度も、互いの長剣をぶつけ合う。

 ただがむしゃらに。ただ真剣に。


 手に伝わる衝撃は次第に強くなっていく。

 

 奴の一撃を防ぐと、衝撃で剣を手放しそうになる。

 それでも、俺は剣を手放すことなく、リヴェリアへと一撃を返す。


 奴もそれで手を放しそうになるほど仰け反る。

 だが、奴は決して手を離さない。


 意地なんだ。

 こいつにだけは負けられない。ただその一心で、俺たちは剣を振るっている。


「――オレは、オマエが憎かった!」


 言葉を乗せた一撃が俺の剣にぶつけられる。


「オマエの中で、オマエの人生を眺めているだけ! 本当に生まれてくるのはオレだったはずなのに! 悠々と生き、勇者として人々から称賛されたオマエが憎くて仕方がなかった!」


 連続で繰り出される重い攻撃を受け止める。

 俺は何も言い返せず、ただ黙って受け続けるしかなかった。


「どうしてオレなんだ! なんでオレが赤の他人に身体を、命を渡さなきゃならねえ! オレはオレとして生きたかったのに!」


 リヴェリアの恨みは簡単に晴れるものじゃない。

 逆の立場だったら、俺だってきっと……。


「……オマエはどうして戦ってんだ」


 攻撃を止めて距離をとったリヴェリアから放たれた言葉は意外なものだった。


「オマエの中にいたオレは知ってる。オマエはもう三度目なんだろ? 一度目も二度目も、オマエはろくな生き方をしちゃいなかった。二度目はマシだったかもしれねえが、それでも二度も死んでダメだったら普通は諦めんだろ」

「……確かに、俺はろくな生き方をしてこなかった。でも、だからこそ俺は精一杯生きようと思ったんだ」

「……」

「三度目は何か意味がある。今まで何もしてこなかった分、今度は精一杯生きてみようってな。けど、俺一人だったら途中で挫折してたと思う。皆がいたからここまで来れた。皆がいるから戦っていられるんだ」


 俺を支えてくれる人々や仲間たちのために。この世界の明るい未来の為に。

 転生者――イレギュラーである俺が残せるのはそれぐらいだから。


「決めたんだ。三度目は後悔しないように生きるって。俺が戦う理由はそれだけだよ。だって、俺が今戦うことを止めたら絶対に後悔するからな」

「たったそれだけの為にここまで戦ってきたってのか」

「……お前もきっと、いつかわかるさ」


 そうかよ、と小さく笑みを浮かべるリヴェリア。

 

「ならなおさら、オマエを超えてかなきゃいけねえよな」


 リヴェリアは長剣を鞘に納めると、腰を深く落として目を閉じた。

 その構え方は、俺が勝負所で決まって放った一撃。


 つまりは、最後の一撃。


「……もし、俺とお前が別の時代で出会ったなら、きっと上手くやれてたんだろうな」


 そう呟き、俺は目を閉じた。

 腰を深く落とし、肩の力を抜く。


 音全てに耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ます。


 どこからか吹き抜ける風の音。互いの呼吸音。

 聞こえてきた音全てを遮断し、目を開ける。


 集中。全ての神経をただ一点に込める。

 狙うのは唯一つ。目の前に佇むたった一人の男のみ。


――石ころがコツ、と音を立てた。


 瞬間。俺たちの動きは同調したかのように同時に飛び出し、素早く長剣を相手の心臓へと持っていく。

 しかし、互いの長剣は心臓へ向かうことなくぶつかり合い、とても大きな金属音を響かせた。


 びりびりと伝わる衝撃に耐えられず、思わず仰け反ってしまう。

 だがそれは向こうも同じ。


 俺は仰け反った反動を利用し、リヴェリアから距離をとる。

 それがリヴェリアにとって大きな誤算だったのか、一瞬だけ動きが止まった。


 その隙を逃すことはなく。


 長剣を構え、一気に距離を詰める。

 そして、俺は構えた長剣を思いきりリヴェリアへと投げつけた。


 明らかに動揺していたリヴェリアだが、投げられた長剣を大降りで弾く。

 弾いた後に目に映るのは、素手の俺――ではなく。


「これがッ! 俺のすべてだッ!」


 腰にぶら下げた魔法の収納袋から長杖を取り出し、リヴェリアへと突き立てる。


 杖はリヴェリアの身体を貫き、奴の身体は力なく俺の身体にもたれかかる。


「なんだよ、それ。ふざけた戦いしやがって」

「ふざけてなんかいないさ。今まで培ってきた全力……これが俺の全てなんだ」

「けっ、ちくしょう……二度もオレは殺されんのかよ。いいぜ、先に地獄で待っててやる。地獄の底から、オマエが死ぬその時を――」


 からんと、リヴェリアの手から離れた剣が地面へと落ちる。

 

 動かなくなったリヴェリアをゆっくりと地面に寝かせ、手で瞼を下ろした。


「……地獄行きの切符、二枚買って待っててくれよ。俺もすぐにそっち行くからさ」


 返答は無く、俺の言葉は静かに溶けていった。


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