第二百六譚 運命を切り開く勇気


□――――聖王城【アルヴェリオside】




 宙に映し出されたのは、アディヌが思い描いた魔王軍壊滅の未来ではなく、誰もが予想しなかった援軍が聖王軍と激突する光景だった。


「な、なんじゃ、何なのじゃこれは! ここに奴らが現れるなどあり得ぬ、あり得ぬはずッ!」


 動揺を隠しきれないアディヌが、声を荒げる。


「各国の王たちが共闘など、妾の筋書きにはなかったッ! これでは、これでは妾の計画は台無しじゃッ!」


 アディヌ同様に、俺自身も動揺を隠しきれていなかった。


 トゥルニカの皆に、エルフィリムの戦士たち。獣人族に、炭鉱族。そして、ロベルトたちまで。

 本来ここにいるはずのない皆が、魔界にまで駆けつけてくれたことが何より衝撃的で――嬉しいんだ。


「こんなところまで駆けつけてくるなんて……みんなバカばっかりだ……」


 胸の奥から込み上げてくるものをグッと堪え、動かない足に力を込める。


「忌々しい……忌々しいッ! やはりこの世界は一度創りかえなくてはならぬ! 妾自ら、手を下してやろう!」

「待てよ」

「……お前に構っている暇などないわ。おとなしくそこで眠っているがよい」


 おもむろに立ち上がり、アディヌの前に立ち塞がる。

 不思議だ。あれほど重くて動かなかった体が、嘘みたいに軽い。


 考える力は残っている。腕に力は入る。足はまだ動く。

 それだけの余力があれば、俺はまだ戦える。


「皆が……俺の仲間たちが必死に戦ってるんだ。この世界の為、より良い世界を目指す為、一つになって戦ってる。それなのに、勇者である俺が寝ていられるわけないだろ」

「お前は救いようのない愚か者じゃ。知っていよう、未来を変えることなど不可能だと。全てはあるべき未来へと繋がっているのじゃ、過程がどうだろうとな」

「いいや、それは違う。未来は不確定なものなんだ。だから、自分が求めていない未来が訪れた時、人はこういう運命だったんだって諦めてしまう」


 俺も昔はそうだった。

 一度目の人生で何もかも無気力だったころは、こういう運命なんだから仕方がないと全てを諦め、全てを捨てていた。

 二度目の人生も、勇者と呼ばれた自分に酔いしれて、失敗しても気に止めず、ましてや失敗だったことにすら気が付かず、最後の最後でこういう運命だったと後悔した。


 変われるチャンスがあったのにも関わらずだ。


「でもな、人は本気で変わろうとすれば変われるんだ。不確定な未来だって、自分自身が望む運命を切り開くことだって可能なんだ。あとはその勇気だけ。運命を切り開く勇気を持ち、無限の可能性を秘めた存在、それが人だってことを俺は知っている」

「戯言を……運命は定まっておるに決まっていよう。世迷言じゃ、それは」

「変わろうとした人にしかわからないことだってある。お前みたいに、自分自身が変わろうとせずに他人を変えようとしている奴には一生わからないだろうな」

「口を慎め人間。妾は女神であるぞ」

「女神だろうと何だろうと関係ないね。俺は俺だ、自分の人生は自分で切り開く。女神にだって邪魔はさせてたまるか」


 互いに一歩も動かず、睨み合いが続く。

 先に動いたのは、アディヌだった。


 アディヌが指を鳴らすと、奴の足元に小さな魔法陣が現れる。

 その魔法陣は、先程セレーネを消したものと同じだった。


「それは……! 待てッ!」

「運命を切り開く力があるというならば、ここを抜け出して妾を倒し、証明して見せるがよい」

「行かせてたまるか!」


 俺は咄嗟に、幻影の剣を生み出そうとする。

 だが、俺の魔力はとうに尽きていて、剣を生み出すことが叶わなかった。


「――お前に奴が倒せたらならの話じゃがな」


 その言葉を残し、アディヌの姿が煙のように消える。

 それと同時に、背後に現れる大きな気配。


「やっぱり、お前が立ちはだかるんだな――」


 俺は肩の力を抜き、気配の方に身体を向けた。


「聖王――いや、リヴェリア」


 リヴェリアは真剣な表情でこちらを見ている。

 奴は何も言わず、左手に持っていた剣を俺に渡すように投げてきた。


 受け取ったその剣は、先程アディヌを欺くために使った勇者の剣。

 

「……どうして俺にこれを渡したんだ? 渡さなければお前は有利に戦えたはずなのに」

「オレは、本気のオマエと戦いてえ。本気のオマエに勝ってこそ、オレはオレでいられる」

「馬鹿だな、本気の俺がどれだけ強いかなんてわかってるだろうに」

「ほざけ。もう魔力も残ってねえくせに偉そうに言ってんじゃねえよ。これは本気のぶつかり合いだ。全力でかかって来いよ。オレかオマエか、生き残るのは二つに一つの漢の戦いだ」


 どうやら、俺が魔力切れを起こしているのはばれているらしい。

 でも、それでいい。


 俺もお前とは一対一で決着をつけなきゃならないと思っていたから。


 それが俺にできる唯一の償いだから。


「構えろよ、アルヴェリオ」


 そう言って、リヴェリアが剣を構えた。

 その構え方は、俺と同じように見えて少し違う――リヴェリアの構え。


 こいつは、元勇者でも聖王でもない。

 リヴェリアとして、ここに立っている。


 なら俺も応えなくてはいけない。


「ああ、見せてやるさ。俺のすべてをかけた剣技を」


 同じように、俺も長剣を構えて立つ。

 その構えは、今までと何ら変わりはない。俺の構え方だ。


「――行くぞ、リヴェリアッ!」

「来いよ、アルヴェリオ!」


 俺たちは同時に飛び出した。

 

 アルヴェリオとして、リヴェリアとして。

 男と男の信念をかけて、過去から続いた因縁に決着をつけるために。

 

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