第二百八譚 勇者だから


□――――魔王の爪痕




「もっと、もっとよ! 反撃の隙を与えずにここで決めるつもりで戦うの!」


 全軍が激突し、それぞれの戦場では希望の灯が現れていた。


「アザレア、八皇竜は獣人族と炭鉱族が引き付けてくれてるよ! この隙に少しでも戦線を上げていこう!」

「そう、やるじゃない! ならなおさら負けてられないわよね」

「シャールちゃんやプルメリアさんも、妖精族と共に敵将格をどんどん撃破していってるみたいだね」


 アザレアが無詠唱で魔法を放つ側で、守るように近づいてくる敵を切り倒していくグラジオラス。

 二人に触発され、周りの魔族の士気も驚くほど高くなっていく。


「魔界ハオレタチノモンダ! 他種族ニ助ケラレッパナシハ情ケネエ! 気合見セロォ!!」


 先程まで、生気がなかった者もいた。瀕死で動けない者もいた。

 それが今では、大きな輝きを放っている。


 決して目には映らない輝き。だが、確かにそこに存在する一つの光。


「ひ、怯むな! 所詮寄せ集めの急造部隊だ! 将だ、将を狙え! 将を打ち取れば壊滅するぞ!」


 敵将の一人が大声で呼びかける。

 それを聞いた聖王軍は、なりふり構わずにアザレアたちのもとへと突撃を開始した。


「まったく、馬鹿な連中ね。そう簡単に将が討ち取れると思ったら大間違いよ」

「その通りだね、うちのアザレアはどんな化け物よりも強いのさ! さあ、やってやるんだアザレア!」


 グラジオラスの脇腹に当たる重い衝撃。彼はよろめき下を向きながら片手を上げた。


「わかってる、わかってるよ……僕もやるから……」

「あの妖精二匹の首を獲れ!」


 雄叫びを上げながら、何百という軍勢が迫りくる。

 しかし、それでも彼らの瞳から希望の灯が消えることはない。


「エルフィリムが王女、アザレア・フェル・フィオレンティア!」

「エルフィリムが王子、グラジオラス・フェル・フィオレンティア!」

「この首、そう簡単に獲れるほど安くはないわよ!」

「それでもなお向かってくるというのなら、全力で相手になるよ!」


 名乗りを上げた二人に対し、敵将の一人が嘲笑いながら剣を掲げて兵を鼓舞する。


「わざわざ名乗りを上げて位置を知らせるとは馬鹿な将もいたものだ! 皆聞いたな、報酬はすぐそこ――」


 そこに、希望の灯を宿すものがまた一人。


 敵将の胸元を貫く一本の槍。

 敵将は地に伏し、辺りにどよめきが広まる。


 代わりに立っていたのは一人の女。

 白いローブをたなびかせ、銀の髪飾りを付けた空色の髪の女性。


 その姿を見たアザレアは、口元を緩ませながら。


「セレーネ!」

「お待たせしてしまいました! ここからは微力ながら助太刀します!」


 セレーネはそう言い、自慢の槍を器用に扱いながらアザレアたちのもとへ向かってくる。

 正面から。そして背後から迫られた聖王軍の兵士たちは何もできずに地に伏していく。


「セレーネちゃん、無事だったんだね!」

「セレンなら心配ないって信じてたわ、ほんとに無事でよかった」

「私はアディヌによって魔界に飛ばされてしまったのでなんとか……。しかし、アル様は未だ聖王の城で戦っています」

「リヴァが!?」

「本音を言ってしまえば、今すぐにでも助けに向かいたいのですが……今はここで、私たちの成すべきことを成しましょう。アル様は必ず、アディヌを倒して帰ってきます――絶対に」


 セレーネの決意に満ちた眼差しが二人に向けられる。

 二人は真剣な表情で頷くと、前を見据える。


「そうだね、彼は必ずやり遂げて帰ってくる。それまでに僕たちができるのは、耐え忍ぶことだ」

「あのバカが大バカを倒すまで、ここを耐え抜けばアタシたちの勝ち。わかりやすくていいわ。まあ、バカが戻る前に倒しきっちゃうかもしれないけど」

「ふふ、そうですね。私たち――いえ、全ての種族が力を合わせれば困難など容易に乗り越えられるはずです」


 三人は思わず笑みをこぼす。

 

「さて、立ち話はここまでにしようか。続きはこの戦いが終わってからゆっくりとだね」

「ええ、平和になった世界で集まって……皆さんとお話が出来たらなんて幸せなのでしょう」

「そんな世界にするためにも、今は全力で生き残らないといけないわ。誰一人欠けることなく、ね!」


――その時だった。

 背筋が凍えるような、とてつもなく邪悪な気配。いや、殺意とも呼べるだろう。

 戦場にいる全ての者が手を止め、視線を送る。

 上空に現れたそれは、その場にいる全てを見下しながら言葉を発した。


「出来損ないの木偶どもよ。今こそ妾の手自ら、お前たちに裁きを与えてやろう。さあ、心するがよい。これから始まるは神と人との争いなどではない。神による一方的な蹂躙だ」


 絶望が、舞い降りた。




□――――聖王城




 リヴェリアとの一騎打ちを終えた俺は、仰向けで身動きが取れずにいた。


 身体はとうに限界を超えていた。

 魔力が底をつき、頭痛と吐き気がひどく襲い掛かってくる。

 そのうえ、身体は重く動かない。


 リヴェリアと戦っているときまではこんな風にはならなかったのに、戦いを終えたらすぐに疲労が襲い掛かってきた。


「ああ、くそ……。こんなところで寝てる場合じゃないのに、早く皆の所へ……」


 身動き一つとれやしない。

 こうしている間にも皆は戦っているというのに、重い瞼が落ちてきそうになる。


「ちくしょう……俺は……」


 そこで、俺の意識は途絶えた。




□■□■□




 ハッと意識が覚醒し、飛び起きる。

 目を開けた先に広がっていたのは、真っ白な世界。何もない、ただ白が続く不思議な世界。


 そう、ここは――


「お目覚めのようね」

「――キルリア」


 視界の端から突然現れたのは、俺がよく知る女神。キルリアの姿だった。


「気分はどう?」

「最悪だよ。聞かなくてもわかるだろ?」

「そうね、仲間たちは皆戦ってるのに体はもうボロボロで動けないんだものね」


 図星だった。

 そんなこと、言われなくてもわかってる。皆が必死で戦っているのも、体中ボロボロで動けないことも。そして――そんな俺をキルリアが呼び出したのも。


「――どうして俺をここに呼び出したんだ」

「そんな理由一つしかないわ。女神として、あなたにできる最後の加護を与えただけよ。自分の身体なんだから、変化があればすぐに気づくでしょうに」


 そう言われ、俺は自分の身体を動かしてみる。


 確かに、力がみなぎっているような気がする。

 絶好調の時と同じ感覚だ。


「あなたにさらなる力を与えたりすることはできないけれど、あなたの調子を元々のものに戻すことくらいならできる。これが本当に、最後よ」

「……ありがとう。今まで世話になったな」

「何よ急に、しおらしいわね。あなたをこんな目に合わせている元々の元凶はわたし。わたしがあなたをリヴァリアとして転生させなければ、こんな目にあうことはなかったでしょう」

「だけど、転生していなかったら俺はこんなに充実した人生は送れなかった」


 目を瞑れば、さっきの出来事のように思い出せる。

 今までの人生、全ての時間が有意義だったとは言えないけど。それでも、有意義な時間はたくさんあった。


 辛いこと、悲しいことももちろんあった。それこそ数えきれないほどに。

 楽しいこと、嬉しいことはそれと同じくらいあった。数えきれないほど、多く。


「それに、あいつらとさえ出会えなかったしな」

「……ねえ。あなたは今、後悔してる?」


 穏やかな表情で、キルリアが俺に問う。

 そんな女神を鼻で笑いながら、俺は声高らかに言い放つ。


「後悔なんてしてないさ」

「そう。そっか。ええ、ええ。それでこそ勇者。わたしが見込んだ……人の子です」

「あとはアディヌを倒して世界を救ってハッピーエンドってわけだ。……今度こそ、三度目の正直だな」


 三度目の人生を満足いく形で終わらせられるかは、今この瞬間にかかっている。

 

「……わたしも微力ながら手を貸しましょう。長い年月をかけて蓄えてきた力で、アディヌを弱体化させます。どこまで干渉できるか、干渉しても長く保つかどうかですが……。その隙にどうか、永きに渡った因果を終わらせてください」

「ああ、任せとけ」


 俺は真剣な表情で小さく頷く。

 

 ここまでの長い道のりが、走馬灯のように蘇る。

 村や町。出会ってきた人々。大切な仲間たち。その全てが、俺にとってかけがえのないもの。

 転生しなければ出会う事のなかった、大切な宝物だ。


 アディヌを倒せば、俺はこの世から消える。

 だけど、皆がきっと幸せに暮らせる世界に変わるはずだ。


 俺は、皆の為ならこの命惜しくもない。

 

「さあ、お行きなさい。行って、貴方が世界を救うのです!」

「ああ、勿論だ。だって俺は――勇者だからな!」


 そこで、俺の意識は遠のいた。


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