第二百五譚 反撃の狼煙


 天から降り注いだ矢の雨。

 その雨は聖王軍を翻弄し、魔王軍を困惑させた。


「い、いったい何が起こって……」

「聞きなさい、魔の子らよ!」


 アザレアが呟いた言葉をかき消す、大きく綺麗な声が戦場に響く。


 突如響いたその声に、その場にいた誰もが一斉に崖を見上げた。

 そんな中、アザレアとグラジオラスは二人揃って小さく笑みを浮かべる。


「まったく、アタシたちの周りにはどうしてこうバカしかいないのかしら」

「それは僕たちも同じだからだよ。逆の立場なら、僕たちだってこうしていたさ」


 二人が見つめる先。そこに立っていたのは、妖精族の頂点に座する者。

 エルフィリムの女王がそこにいた。


「あ、あれって妖精族の女王様、だよね! どうしてここに……!」

「見ろ、妖精族だけじゃない……。あれは――」


 騒めきの中、シャッティの言葉を遮り、プルメリアが崖上を指さす。

 指さした先には、四つの影。


「これはまた随分と窮地に立たされてるみたいだなっ!」

「魔物に八皇竜とは、オレの中の獣の血が騒ぐ!」

「ふぅ、やれやれじゃな……。こうも戦闘狂が揃ってしまっては見境なしに攻撃しかねん……」

「まあそう仰らずに、トゥルニカ王。我々とて、例外ではないでしょう?」


 妖精族の女王に並び立つ、堂々たる姿を見せる四人。


「うそでしょ……! こんなことって……」

「あれは、各国の王たちかい……?」


 トゥルニカ王テリオス。獣王バルドロフ。皇帝オトゥー。キテラ王ロベルト。

 妖精女王を含めた各国の王族五人が、魔界に集結した。


「さあ、立ちなさい! 共にこの世に生きる者同士――女神の支配から逃れんとする勇敢な者たちよ、力を見せるのです!」


 びりびりと、魔王軍の魔族たちの心に何か変化が訪れる。

 戦意を失っていた者、膝をつき座っていた者、けがで寝ていた者。

 彼らの中で、何かが変わり始めていた。


 一人、また一人と立ち上がり、聖王軍へと身体を向けていく。


 そして、募りに募ったそれは、妖精女王の言葉で一気に爆発される。


「我ら五国、全勢力を以て貴方がたと共に抗いましょう!」


 その言葉と共に、魔王軍に戦意が戻り、地面を揺らすほどの雄叫びが上がる。

 そしてまた、地鳴りと共に魔王軍とは別の大勢の声が聞こえてきた。

 

 それは、西から。それは、東から。

 各国の旗を掲げながら、その軍勢は姿を現した。


「トゥルニカ軍、勇者様の恩義に報いるため助太刀する!」


 崖を回り込み、西から現れたのは王都トゥルニカの軍勢およそ三万。


「新生キテラ王国軍、古き時代を捨てより良い未来をもたらすため! 我ら魔王軍に加勢する!」


 東から現れたのは、キテラ王国軍の軍勢およそ四万。


 二つの軍勢に挟まれるような形になった聖王軍前線は狼狽えながら、一時撤退か後衛の軍勢に援軍を要請するかもめていた。


「オイラたちも行くぞっ!」

「遅れるなよ小っこいの!」


 そんな聖王軍に追い打ちをかけるように、皇帝オトゥーと獣王バルドロフが動き出す。

 崖を滑り降りる彼らの後ろから、続々と炭鉱族や獣人族が姿を現す。


 その数、およそ十万。


「では我々も続くとしましょう。王自ら戦場に立たなければ、兵士たちも思い切り戦えないでしょうから」

「其方、余の古い友人に似て良い目をしておる……。これは退屈せずに済みそうじゃな!」


 馬にまたがり、トゥルニカ王とキテラ王も崖を降りていく。


 魔王軍は目の前で次々と起こる奇跡のような光景に目を奪われつつも、負けじと雄叫びを発して聖王軍へと武器を構えた。


 それはアザレアたちも例外ではなく。

 この瞬間が最大の好機。最後の好機であると察していた。


「今よ! 戦線を押し上げるの! アンタらアタシについてきなさい!」

「スカルウェイン、魔王軍の指揮を頼んだよ! さて、僕はじゃじゃ馬の手綱をしっかり握っておかないとね!」 

「メリさん、わたしたちも行こう! ふっふっふ、トラッパ―の本領発揮はここからだよー!」

「無論だ。援護は任せたぞ、シャール!」


 アザレアの号令により、魔王軍が一斉に聖王軍とぶつかる。

 激しい金属音が戦場に響き、魔界の戦場に戦火が燃え広がった。


 そんな各国の様子を見届けた妖精女王は、側近の男に声を掛ける。


「――さて、ウェスティリア卿。近接部隊の指揮は貴方に一任します。弓兵の指揮は私が執りましょう」

「お任せください!」

「……今こそ、約束を果たすべき時が訪れたようです。貴方に二度も救っていただいた妖精族の恩義に報います――再誕の勇者、アルヴェリオ様」


 戦場は激化の一途をたどる。

 反撃の狼煙は、既に上げられた。




□――――魔界:魔王の爪痕




 聖王軍と魔王・五国連合軍が激突したのと同時期。

 戦場である魔王の爪痕から少し離れた高台に、音もなくセレーネの姿が現れる。


「……ここは、魔界?」


 辺りを見渡しながら、ゆっくりと足を運ぶ。

 近くから聞こえてくる声や音を頼りに、高台から戦場を見下ろしてみる。

 

 彼女の瞳に映ったのは、聖王軍と魔王軍が拮抗しているさま――ではなく。


「こ、これは一体どうして……! 何故獣人族が――炭鉱族に妖精族まで……!?」


 ここにいるはずのない、各国の勇士たちの姿だった。

 本来ならば、協力し合うことなどありえない者同士が、同じ戦場で背中を預けて戦っている。その事実が、彼女は信じられなかった。


 勇者が聖王となったその日から、疑心暗鬼に満ちてしまったこの世界。

 そんな世界で、全ての種族が力を合わせて、同じ敵と戦う。それがどれほどの奇跡か。


「アル様っ、貴方の行いは、無駄ではなかったのです……っ! これが、勇者の奇跡……!」


 瞳に涙を浮かべながら、口元を抑える。

 勇者の復活は、とうに果たされていたのだと彼女は理解したのだ。


「私も、行かなくては。私にできることを――今できることを精一杯に!」


 セレーネは踵を翻し、足早に高台を降りていく。

 その瞳には、決意が満ちていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る