第二百四譚 終わりない闇の中に出づる光
勇者と女神の決戦が繰り広げられている同刻。魔界の戦場では大きな変化が起きていた。
魔王軍と八皇竜が激突し、優勢であったはずの魔王軍が逆に追い込まれていたのだ。
魔王は自ら敵地に赴き風竜と氷竜を撃破したものの、自身も深手を負ってしまう。そのため、魔王軍の士気は下がり、士気を取り戻した聖王軍によって徐々に追い詰められてしまっていた。
側近であるスカルウェイン及び勇者一行が何とか戦況を立て直そうとするも、彼らの疲労も計り知れなかった。
「ごほっ、コイツら……どんだけ湧いて出てくんのよ……」
口元を拭いながら、肩で息をする妖精族の王女――アザレア。
「まったくだね。僕らの休む暇もないじゃないか」
その隣で腹部を抑えながら後ずさる妖精族の王子――グラジオラス。
彼らの背後には、傷を負った魔王軍の魔物たちが百と少し。
傷を負った魔物たちを庇うように並ぶ二人の眼前から迫りくるのは、最悪の巨体。
光竜だった。
「あーあ、なんでアタシらはいっつもこんな役ばっかなのよ」
「そういう汚れ仕事の方が向いてるってことだよ。お城に籠りっきりよりかはよっぽどね」
「……ここで、死ぬのかしら?」
「……そうならないことを祈りたいね」
万全の状態ならまだしも、疲れ切った身体では八皇竜に勝てないことなど百も承知だった。
ましてや、後ろの魔物たちを庇いながらなど殺されに行くようなものとも。
「彼が決着をつけてくれればあるいは……なんて、不確定なものに頼るのもどうかと思うけど」
「つけるわよ、アイツなら!」
「……こんな状況でよく信じていられるね」
「じゃあアンタは信じてないっていうの!?」
アザレアの言葉に、グラジオラスは鼻で笑い、「まさか」と答える。
「彼はいつだって僕らの希望さ。彼が居なければ今の僕たちはいない――そうだろう、ナファセロ」
ナファセロ。そう呼ばれた女はにやりと笑い、手に持っていた短杖を投げ捨てた。
「――ま、そういうこった。アタシらはこの通り諦めが悪くてな? 簡単に殺せると思うなよ」
「特に隣の子には気を付けた方がいいと思うよ、今なら竜の尻尾だって引きちぎりかねないからね」
光竜に向かい、構えをとる二人。
彼らの目からは未だ闘志は消えず、先を見据えていた。
□――――聖王城【アルヴェリオside】
「アル様、ご無事ですか?」
魔力切れを起こして意識が朦朧としている俺のもとへ、小走りで駆け寄ってくるセレーネ。
俺は何とか平静を装いながら、手を振って平気だという合図を送る。
「ああ、俺なら大丈……あれ」
「アル様!」
突然ふらっと足がもつれてしまった。
倒れそうになったところをセレーネに受け止めてもらい、申し訳ない気持ちになる。
「……ごめん、助かったよ」
「まったく、貴方はいつも無茶ばかりして……。先程の攻撃も成功する確率の方が低い賭けだったでしょう?」
「そうでもしないと俺かセレーネのどっちかが先にやられてたさ。とはいえ、今回は流石に無茶し過ぎたかもな……。かなりへとへとだよ。だけど――」
俺は横目でピクリとも動かない女神を見る。
セレーネに腹部を貫かれてから、自分の腹部を見つめたまま一向に動こうとしない。
その表情は、何が起こったのか信じられないような様子だ。
「変なことをされる前に、決着をつけよう」
おぼつかない足で、呆然としたままのアディヌのもとへ。
剣を構え、その剣先をうなじに突き立てる。
「これで……」
その時、俺は目の渇きにより瞬きをした。
それは時間で言えばコンマの世界。一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。
アディヌの傷が消えていた。
「え……?」
瞬間、俺の視界はぐるりと反転し、地面へと叩きつけられる。
重い衝撃と共に、重圧が襲い掛かる。
「がッ……!」
「アル様!? そ、そんな……! 確かに体を貫いたはず……っ!」
「――所詮人形だから、と大目に見ておればいい気になりおって。女神が体を貫かれたくらいで絶命するとでも思うたか。この程度の傷如き、幻創魔法でどうとでもなるわ!」
高笑いが響き渡る。
幻創魔法で、自らの傷を消し去ったと。そんなバカみたいな話が……。
幻創魔法は、いわば世界を騙して創り上げる魔法だ。所詮一時的に物を創り出したり、消したりする程度。
それなのに、傷ついた体を傷ついていない体に創り上げて維持するなんて、一体どれほどの魔力が必要になるんだよ。
こんな、こんなのチート――無敵じゃないか。
「妾は滅びぬ、決してな! この魔力尽きぬ限り、いくらでも蘇るわ! さて、本来であれば今すぐにでもお前たちを消してしまうところだが……妙案を思いついた」
そう言ったアディヌは、口角を上げながら何かを呟く。
直後、セレーネの足元に魔法陣が出現し、彼女の身体を飲み込んでいく。
「セレーネ!」
「こ、これは一体……! ア、アル様っ、どうか、どうかご無事――」
彼女を飲み込んだ魔法陣は縮小していき、ついには消えた。
「アディヌ、お前! セレーネに一体何をした!」
「そう吠えるな、魔界に戻してやっただけじゃ」
「魔界に……?」
「そう、今から始まる蹂躙の贄としてな!」
蹂躙の贄。一体こいつは何を言っているんだろうか。
「お前を殺してから世界を妾の手中に収めようとしたが……やめじゃ。お前の愛する者一人残らず妾が殺してゆこう。そして、絶望に歪むお前を最後に殺し、世界を手中に収める」
「やめろ……! くそっ、動けよ! 俺の身体、動いてくれよ!」
「贈り物じゃ」
アディヌが指を鳴らすと、空中に映像のようなものが映し出された。
これは、魔界か。
「よぉく見ておれ。お前の仲間たちが蹂躙されていく姿を。もうまもなく、戦も終わるころじゃろう」
映像に映し出されたのは、崖下に追い込まれたアザレアたちの姿だった。
アザレアにジオ、シャッティにメリアまでもが皆体中傷だらけで、戦意だってほとんど残っていないようだった。
彼らを追い込んでいるのは、聖王軍と――八皇竜。
数えることもおっくうになりそうなほどの大軍に囲まれ、成す術もないようだった。
「アザレア、ジオ……! シャッティにメリアまで……!」
「悔しいか? 悔しいじゃろう? またもお前は目の前で大切な仲間たちが殺されていくのを傍観する事しかできぬ!」
俺は思わず映像に手を伸ばすも、足をもつらせて倒れる。
身体が思うように上手く動かない。魔力の使い過ぎで頭もぼーっとする。
「何してるんだよ、逃げろよ……! なんで戦おうとするんだよ……!」
「皆、哀れにもお前に希望を抱いておるのじゃ。女神を倒し帰ってくると信じてやまない馬鹿な人形たち……! 妾を倒すことなど不可能なのに滑稽じゃの!」
高笑いが響き渡る。
こうしている間にも、聖王軍との距離は近づいている。じりじりと、魔王軍をいたぶるかのように。
あいつらがあんな状況なのに俺は一体なにをやってるんだ。
俺が、あいつらを助けないと。
「さあ、悶え苦しめ! 絶望に歪むお前の顔を見せるのじゃ!」
誰でもいい。誰か、誰かあいつらを助けてくれ。
俺の大切な仲間たちを――俺の代わりに……!
――その時だった。
突如、崖の上から降り注ぐ矢の雨。
それは聖王軍を容赦なく襲い、戸惑いは瞬く間に広がっていった。
各陣営の誰もが戸惑いを隠しきれないまま、崖の上に複数の人影が姿を現す。
荘厳な衣装を身に纏い、煌めく長い金髪をたなびかせたそれはまるで精霊のようで。
「どうして、ここに……!」
それは妖精族を統べる者。
エルフィリムの女王その人だった。
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