第二百三譚 女神、決戦
汗で手が滲む。剣を握る手に力を込める程にその感覚が強くなる。
緊張で身体が固くなっているのだってわかる。大抵の事では緊張しないと思ってたけど、流石にこれは緊張するな。
まったく、どうしようもない。
だから、力貸してくれよ――皆。
『”
俺とアディヌ――二人の声が重なる。
世界はほんの一瞬だけ暗転し、もとの空間へと姿を戻す。
「ほう……」
「”
俺はすかさず次の一手に講じる。
一手駄目なら二手、二手駄目なら三手だ。出し惜しみなんてするものか。
相手が空中に浮いていようが、何も関係はない。
「妾相手に幻創魔法で勝負とはな」
いくら幻影で姿を隠しているからとはいえ、シルヴィアに見破れるものをアディヌが見破れないはずがない。
十中八九、奴からは俺の姿が見えている。だからこそ、俺を探すような素振りも見せずに悠々と宙に浮いているんだろう。
そんなことは百も承知だ。
「”
二つの剣を創り出し、アディヌ向けて撃ち放つ。
その間も、立ち止まる事無く回り込むように走り続ける。
案の定、放った剣は煙のようにかき消された。幻創魔法が通用しないのはわかっていたが、こうも簡単にかき消されると自信を無くす。
だけど、そんなこと言っている場合じゃない。
「今度はこちらの番か?」
そう言うと、アディヌの背から影のように黒い触手が二つ現れ、槍のように速く鋭く俺に迫ってくる。
触手は俺を通り過ぎて地面を穿つ。その一撃で地面は抉れ、土煙が立った。
あの威力、当たったら一溜りもないな。
それよりもやっぱりといったところか、アディヌは俺の場所を完全に理解して攻撃してきている。
幻影も見破られているってことで間違いない。
「ほれほれ、どうした? 避けているだけでは妾は倒せんぞ?」
くすくすと笑いながら触手を伸ばして地面を抉っていく。
何とか避けられているが、こんなことずっと繰り返してたらきりがない。
「”
今度は三本の剣を創り出し、撃ち放つ。
三方向からの同時攻撃のつもりだったが、それも全てかき消される。
……かき消す?
そうか、そうだった。
シルヴィアとの鍛錬を思い出せ。シルヴィアは、アディヌはどうやって俺の攻撃をかき消してる。
幻をかき消すには幻。元々なかったものを創り出すのなら、あったものをなかったことにするのだってできるんだ。
それこそ自分の創造次第で、なんだって。
考えることを――やめるな。
「では、これならどうじゃ――」
「私だって、戦えます!」
こちらに注意を向けていたアディヌの隙を突くように、背後から攻撃を仕掛けるセレーネ。
「ちッ、鬱陶しい!」
攻撃は掠る事無く触手に阻まれるが、アディヌの意識が俺とセレーネの二人に向けられるようになった。
セレーネは臆することなくアディヌに向かっていき、触手を相手に善戦している。
「この槍は、私一人では会得することができませんでした。皆さんがいてくれたから、私はここまで強くなることができた。私はもう一人じゃない――以前までの何もできない自分とは違うんです。一人で戦う貴女に、負けることなどできません!」
「小娘風情が知ったような口を……」
あいつがあんなにも体を張って頑張ってるんだ。
俺がもたついてるわけにはいかないだろ――!
集中しろ。あの触手をかき消す事だけに意識を向けろ。
「敵前で立ち止まるとは良い度胸じゃな!」
いつの間にか触手は三本に増え、セレーネが相手する二本とは別の一本が俺向けて穿たれる。
その触手は俺の右足を掠め、強烈な痛みが走る。
だが、その痛みはすぐに温かなものへと変わった。
「アル様の傷は全て私が癒します。槍を振るっていようとも、治癒を施すなど造作もありません」
槍と共に華麗に舞いながらそう口にするセレーネに、改めて頼もしさを感じた。
お前がいるから、俺は安心して戦えるんだ。
「先に潰すべきはお前やもしれんな」
「ええ、今さら気づかれたのですね。私がいる限り、アル様に敗北はありません。女神ともあろう方が見誤りましたね」
「ほざけ田舎娘が」
「そのような顔をしては折角の綺麗な顔が台無しですよ?」
アディヌは俺を後回しにすると決めたのか、全ての触手がセレーネに向いた。
「望み通り――褒美じゃ、女。生まれてきたことを後悔するほどの痛みを味合わせてやろう」
セレーネの表情が一瞬だけ強張った。
三本の触手は動きを止め、槍を握る彼女に狙いを定める。
「っ……!」
息が漏れる。それと同時に、穿たれた三本の触手。
三方向から迫る触手に槍を向けたセレーネが口を結び、アディヌの背後に立つ俺を見る。
瞬間、彼女の眼前に迫っていた触手は、まるで最初からなかったかのように影も形も残さず霧のように消えた。
「……お前だけが、使えると思うなよ」
驚いたように目を見開いたアディヌが俺を見る。
俺は息を整え、女神を指さした。
「幻創魔法はもう、お前だけのものじゃない」
「調子付くなよ、出来損ないの人形風情が」
アディヌの魔力がより一層強まる。
この魔力の量、やはり俺なんかと比べたら天と地ほどの差がある。いくら一度かき消すことができたとはいえ、こんなことを何度も繰り返していたらジリ貧だ。
俺の魔力が尽きるのが先か、奴を倒すのが先か。
二つに一つだ。
「”
俺の姿を模した影が数人現れる。
各々に走り出し、アディヌとの距離を詰めていく。
「懲りぬ男じゃ。幻影に頼れば妾に消されると学んだはず」
それでも、どこかに活路はあるんだ。
こっちだって、なにも考えなしに幻創魔法を使っているわけじゃない。
奴に気づかれるよりも早く、消されるよりもずっと早く。
「”
そして俺は、腰にぶら下げた収納袋へと手をやった。
「俺だってな、ただ意味もなく三度目の人生を過ごしてきたわけじゃないんだ! この姿になって、色んな……本当に色んなことを学んできた! その全てを以てお前を倒す!」
俺と影によって創られた剣たちは空を舞いながら、目の前に浮かぶ強大な敵へと向かっていく。
「一体何を学んだと言うのじゃ! 一度目の人生も二度目の人生も失敗し、今もこうして三度目の人生を棒に振ろうとする愚かな人間が!」
「確かに俺は今までの人生を棒に振るってきた! だからこそ、三度目の――この人生は精一杯生きてやるって決めたんだ!」
「なればおとなしく妾に逆らわず過ごして居れば良かったものを愚かにも逆らいおって! 残念じゃが、これで終わり……いくら魔力が人より多くとも、そうも幻創魔法を重ねると辛かろう? 全てかき消してしまおう!」
アディヌの口角が不敵に上がり、両手を掲げた。
「それが切り札だったんじゃろうが、それも終わりじゃ。無様に魔力を涸らして成す術なく散って行け!」
「終わらせないと言っているでしょう!」
「邪魔をするな小娘!」
背後から迫るセレーネに対し、またも触手を創り出すアディヌ。
セレーネ自身もあんなに体を張って頑張ってくれている。ありがとう、これで奴の注意が少しだけ逸れた。
「小娘如き触手で――」
「学んでないのはお前の方じゃないのか」
セレーネに向けられた触手が煙のように消えていく。
「これほどに幻創魔法を重ねて使用しておきながら――!」
動悸が凄い。息が整わない。
それもそうか、こんなにも同時に幻創魔法を使ったのは初めてだもんな。
でも、こうでもしないと、奴は倒せない。
この攻撃が最後のチャンスだ。
「”幻解”」
アディヌがそう呟くと、全ての幻創魔法の効果が消えた。
俺の影も、幻創の剣も。何もかもが消え去った。
ただ一つ、白銀に輝く剣を残して。
瞬間、その剣はアディヌの右肩を貫く。
アディヌは小さな悲鳴を漏らしながら、肩に刺さった剣を抜き出した。
「何故、この剣は消えぬ……。この剣も、幻創魔法で創られたもののはず……」
「その剣は、ただの剣だ。ひとつだけ違うのは”幻影”を使って、幻創の剣と姿形をまるっきり同じにしただけ……。幻創魔法で創られた剣と、幻影で姿を変えた剣。お前はそれを一括りにして勘違いしただけだ」
これはひとつの賭けだった。
ただの剣に幻影を施して姿を欺くのはいいが、ばれてしまう可能性だって充分にあった。
それでも、セレーネが注意を逸らしてくれたから。こうしてアディヌの目を欺くことができたんだ。
「幻創魔法しか使ってこないと高を括ったお前の負けだ、アディヌ!」
「この程度、致命傷にもならぬわ! 魔力切れを起こしたお前を殺すことなど容易いこと――」
「後は頼んだぜ、セレーネ!」
俺は出せる限りの声を張り上げ、機会を待つ仲間の名を呼んだ。
たった数か月。されど数か月。この姿になってからほとんど一緒にいてくれた。
俺の後ろではなく、隣に立ち戦いたいと言ってくれた彼女。
「しまっ――!」
「はあああッ!」
初めて会った時のお前とはもう違う。今のお前は遥かに強く、勇ましい。
俺なんかよりもずっと、勇ましい者だよ。
「行けッ、セレーネ!」
アディヌ向けて槍を穿とうとするその勇ましき姿はまさしく騎士。白銀の騎士そのものに見えた。
そして、意表を突かれたアディヌは成す術なく。
セレーネの槍が、ついに女神の腹部を貫いた。
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