第百九十三譚 ムルモア
ムルモアと合流した俺たちは、情報を交換しながら聖王の居城へ続くとされる門を目指している。
話によると、どうやら右軍にも七騎士が現れたらしい。
七騎士というのは、ドフタリア帝国で対峙した真紅の騎士たちの呼び名で、二角の騎士ギルヴァンスもその一人だった。
中央の戦場で真紅の騎士と紫の騎士が現れたことは知っていたけど、まさか右軍でも七騎士が現れるなんて。いや、それこそ考えてみれば何もおかしくはない。
中央に七騎士の二人がいるのなら、他の戦場にもいると考えるのが普通だ。
右軍に現れたのは黄金の騎士と蒼空の騎士の二人。シャッティとメリアはその二人を足止めするべく、右軍に残ったらしい。
ムルモアも七騎士と対峙すべく残ろうとしたみたいだが、二人に止められたそうだ。
「シャッティたちが……そうか。俺たちの為に戦ってくれてるんだな」
「あの娘らは我に全てを託した。なればこそ、我は娘らの分までアルヴェリオを助けなくてはならぬのでな。間に合わなければどうしたものかと考えていたのであるが、その心配は無用であったようだな」
「ああ、本当によかったよ。もう少し遅かったら出発してたところだったんだ」
「ふむ。そうなってしまっていたのならば、集合場所で一人待ちぼうけになっていたであろうな。そうしてその隙に戦は終わってしまうという何とも言えぬ状況になっていたであろう」
少し茶目っ気が入ったような口調で話すムルモアに、俺は少し驚いてしまった。
「お前、そんな風に冗談言う奴だったっけ?」
「いや何、貴様らと戯れすぎたせいで移ってしまったのかもしれぬな」
「ええ……ちょっと怖いんだけど……」
「そうですね。ですが、今のムルモアさんの方が明るくて好きですよ」
「ふむ、なれば維持することとしよう」
セレーネの言葉に、うっすらと満足げな笑みを浮かべるムルモア。
こんな表情も見せるんだなと思いながら、二人を見比べた。
二人が楽しそうに話している姿は、本当の親子みたいに見える。血が繋がっていないとはいえ、セレーネにとってはムルモアが父親だ。それはセレーネ本人が心から思っていることでもある。
でも、ムルモアの方は引け目を感じてるんだろう。セレーネの家族を殺してしまったという事実が、ムルモアを縛り付けている。
確かに、セレーネの両親を殺したのはムルモアではないとはいえ、キテラ王国の一兵士としてそれに加担していたことには違いない。
その事実が消えることもないし、決して許されることではない。
だけど、セレーネ自身がムルモアの事を父親として受け入れ、赦しているのなら、それに従うことが唯一の罪滅ぼしだと思う。
まあ、今の様子なら余計な心配かもしれないけどな。
「……アルヴェリオよ」
仲睦まじく話す二人をボケっと眺めながら歩いていたところ、突然ムルモアに声をかけられた。
「ん、何だ?」
「なに、礼がまだであったと思ったのでな。貴様には感謝してもしきれぬほどの恩を受けた」
礼、ね。
俺はムルモアに礼を言われるほどのことはしてないと思うんだけどな。
「何のことだか。俺にはさっぱりわからないね」
「我をキテラ城の地下から救い出してくれたこと。陛下の力になってくれたこと。そして何より――」
そこで言葉を詰まらせ、躊躇いを見せたムルモア。
しかし、その躊躇いは一瞬のものだった。
「我が娘を。セレーネを救ってくれたこと、本当に感謝している」
「ムルモアさん……」
なんだ、やっぱり余計な心配だったみたいだな。
「俺は別にお前のためにやったわけじゃない。俺が望んでやったことなんだから、ムルモアに感謝される筋合いなんてないよ。それに、セレーネは仲間なんだから救うのは当然のことだろ」
俺がそう言葉にすると、ムルモアはまたしてもうっすらと笑みを浮かべる。
「貴様はそういう男であったな、我としたことがすっかりと忘れてしまっていた」
「ちゃんと憶えておいてくれよ? 再誕の勇者と呼ばれた男がどんな奴だったかぐらいは」
「無論、憶えておくに決まっているであろう。貴様ほどの男、忘れようにも忘れられまい」
「嬉しいこと言ってくれるな」
これは、俺の本心から出た言葉。
一人でも多くの人に憶えていてほしいと願う俺の心の声だった。
俺は、この戦いが終われば消える。勝っても負けても、俺という存在は消えてなくなる。
それは仕方がないことだ。もともとこの世界の人間ではないのだから当然のこと。
でも、それでも俺は誰かに憶えていてもらいたい。俺はここで確かに生きてたんだって。
そんな、小さな願いなんだ。
「であればアルヴェリオよ。貴様はいける口か? 戦いに勝利した暁には杯を酌み交わすというのはどうであろう?」
「……良いぜ。言っておくけど、俺は結構強いぞ?」
「構わぬ。その方が我も楽しく飲めそうであるからな」
ムルモアの言葉が痛い。
嘘を吐き続けるのは、こんなにも心苦しいものなんだと実感できる。
「ふむ、楽しみが増えた。その際はセレーネ、お主も共に酌み交わすとしよう」
「ええ、是非。これは意地でも勝たねばなりませんね!」
この道のりがいつまでも続けばいいなんて、そう思ってしまう自分がいる。
こんな、どこかほのぼのとした会話を続けていたい。叶わないことだとわかっていても、駄目だな。寂しく感じるよ。
でも、いいんだ。この時間を過ごせただけで俺は十分。いや、この時間だけじゃない。今までこの世界で過ごしてきた時間は俺にとっての宝物。
その思い出があればもう何も欲しない。
そんな会話を続けながらどれほどの時が経ったのか。
遂に俺たちは、最後の門へと辿り着いていた。
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