第百九十二譚 長い旅路
戦場を後にしてどのくらい経ったか。俺たちは聖王の居城へと続く門を目指していた。
あれから、戦場の方角からは轟音が鳴り響き続けている。そして、大きな鳴き声も。
恐らく八皇竜が動き出し、戦場は激化しているんだろうけど、何もできない自分が少し腹立たしく思ってしまう。
わかってはいるんだ。今俺がすべきこと、俺にしかできないこと。それを成すために先に進まなくちゃいけないってことは。
そのために、魔王は戦場に残って敵を引き付けてくれている。アザレアやジオだってそう。
作戦とはいえ、心苦しく感じる。
「……」
戦場を錯乱させるにも、その分目立ち続けなくちゃいけない魔王は格好の的だ。
いくら魔王だからと言って死なないわけじゃない。傷を受ければ痛みを覚えるし、心臓を貫かれれば死ぬ。
それを考えると余計心配になってくる。
「アル様」
そんな俺の不安を察してか、セレーネが優しく俺の名を呼んだ。
「ん、どうした?」
「少し、お話でもしませんか?」
「わざわざそんな畏まって、どうしたんだ?」
「いいえ、特に意味はないのです。憶えていますか? 私たちが初めて会った日の事を」
こちらを見ずに、遠くを見て話すセレーネ。その表情は、どこか愁いを帯びていた。
「倒れたアル様が教会に運ばれてきて、トゥルニカ城で国王様と謁見して……炎竜と対峙して。これら全て、あの日に起こった出来事なのですよね」
「……そうだな。あの日は本当に、色んなことがあったよ」
「あの日が、この旅の始まりでしたね」
わざわざ何を言い出すのかと思えば、なんだ。そんなことか。
「アルヴェリオに転生してみたら五十年経ってたり、勇者は悪者になってたり散々だったな……」
俺は思わず口元を緩めた。
「はい。あれからまだ一年も経っていないのに、随分と長い時を過ごしてきたような気がします」
確かに、セレーネと同じような気がする。
俺がリヴェリアとして過ごした時と同じぐらい長い旅のように思える。
随分と色々なことがあった。
妖精族の国では、死に別れたかつての仲間たちと再会を果たし、共闘して国を救った。
獣人族の国では、新しい仲間――シャッティと共に出場した武闘大会で優勝したけど、セレーネと離別してしまった。
炭鉱族の住む大陸では、連合軍と聖王軍の戦争に参戦し、セレーネを取り戻すことに成功した。
仲間たちと離れ離れになってからは、心優しい老婆と黒妖精――プルメリアと出会い、キテラ王国の王子と共に革命を果たしてみせた。
そして現在、俺たちは旅の終わり――聖王リヴェリアを倒すために魔界へと辿り着いた。
「本当に、色んなことがあったよ。楽しかったことも、嬉しかったことも、辛かったことも、悲しかったことも」
「ええ、それでも私たちはここにいます。ここまで来たのです」
散々悩んだ。散々迷った。
本来なら一度で終わる命も、今や三度目。痛みも苦しみも人の三倍味わってきた。
どれほど自分に嫌気がさしただろう。
どれほど自分が無力だと実感させられただろう。
それでも俺はここまで来れた。
それは決して俺一人だけの力じゃない。
側にいる仲間たちが。今まで出会ってきた全ての人たちが、俺を支えてくれているんだ。
「終わらせましょう、この旅を――。遥か昔から続く戦いを、私たちの手で」
「ああ、勿論。聖王にもアディヌにも、この世界を好きにさせてたまるかよ」
不安は、決意へと形を変えた。
□■□■□
作戦の合流地点へと辿り着いた俺たちは、腰を下ろしてしばしの休息をとっていた。
戦場から聞こえてくる轟音もここまで来ると小さくなり、大きな鳴き声は既に聞こえなくなっている。
それほど、戦場から遠く離れた場所まで来たんだ。
「アザレアさんやジオさんが来れないというのは理解していましたが、シャールさんやプルメリアさん、ムルモアさんまで来ていないとは……」
「……覚悟してたろ。俺たちだけで行くことになるのは」
「……もう少しだけ、待ってみませんか? もしかすると、皆さんここに向かっている途中かもしれませんし」
セレーネがそう思いたい気持ちは良くわかる。俺だって、まだ来るんじゃないかって思いたい自分がいることも確かだ。
でも、薄々気が付いていた。
アザレアとジオが後を頼むと伝えてくるぐらいの強敵が現れた時点で、他の皆の所でもそういった強敵は現れてるって。
「いや、俺たちだけで行こう。きっと、皆戦場で戦ってる。それぞれの役割を果たすために頑張ってると思うから……」
そう言うと、セレーネは一瞬目を伏せた。だが、彼女はすぐに気合を込めるようにして自らの頬を叩いてみせる。
「――わかりました。行きましょう」
「いつもごめん、ありがとうな」
きっと――いや、不安なんだろうな。アザレアたちの事が。
無事かどうかの情報すらわからないんだから、心配するのは当然だ。
でも、俺は信じてる。
あいつらなら絶対にやりきって見せるって。
「よし、行こう――」
「待つのだ」
腰を上げて歩き出そうとした瞬間、背後から聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
ぱっと後ろに振り返ると、そこには大柄な男が立っていた。
「間に合ったようであるな。我も共に行くぞ」
「――ムルモア!」
合流したムルモアと共に、俺たちは再び門を目指して歩き始めた。
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