第百九十四譚 地獄へ誘うもの
「これが――聖王の居城に続く門……」
目の前にぽつんと設置された門を見て、セレーネが呟く。
俺たちの目の前に現れた門は、どこか古びた装置のようなものだった。
ところどころ錆びれた戸のない扉のような、淵だけの門。押せば倒れるのではと思ってしまうほどに細い淵に不安さえ感じてしまう。
「本当にこれがそうなのか?」
「わからぬ。であるが、魔王が話していた情報と酷似していることを考えれば、これがそうなのであろう」
「岩々に囲まれた小さな峡谷に佇む古びた門……その情報によれば間違いはないと思います」
「この先にいるんだな、聖王が」
そう考えただけで、気が引き締まる。
俺たちが追い求めた敵が、この先にいる。緊張するには充分すぎる理由だ。
「……しかし、見る限り門は作動していないようであるな。どこかに作動装置があるのであろうか?」
「門の向こうに機械のようなものが見えるのですが、あれがそうなのでしょうか?」
セレーネが指さした先を見る。そこにあるのは、レバーやスイッチなどがついた小さめの装置。恐らく作動装置だろう。
「ふむ、間違いないであろう。しかし何故あれほど遠くに作動装置を置いたのだ?」
ムルモアが言うのも無理はない。
作動装置がある場所は門から数十メートル先の岩陰。わざわざそんな場所に作った理由が謎だ。
「……妙だな。考えてみれば、ここは玄関だ。聖王がここに門番を配置していないのも引っかかる。ましてや戦争中なのに、用心していないにもほどがあるぞ」
情報が正しければ、この門は聖王の居城へと通じている。簡単に言ってしまえば、この門を通られたら終わりということだ。
よほど自分の力に自信があるのだとしても、門番を配置しないのは無謀すぎる。大勢に突破される危険性だってあるのにも関わらずだ。
「そうですね……アル様の言う通りです。聖王はそれほどまでに自らの力を信じているということなのでしょうか?」
「もしくは、俺たちを誘い込むための罠とかな」
「……何にせよ、ここ以外道はあるまい。試す他に道はないであろうな」
ムルモアは辺りを警戒しながら、ゆっくりと門へと足を運ぶ。俺たちも警戒しつつ、その後を追う。
門を通り過ぎ、作動装置のもとへと辿り着いたムルモアは、隅々を見て異常がないかを探っている。
「何か怪しいものは見つかったか?」
そう尋ねると、ムルモアは首を振った。
作動装置にも罠がないとすると、あと考えられるのは門の転移先が罠か――門自体が作動しないか。あるいは、ひっそりと姿を隠した門番がいるか、だな。
「この棒を動かせば門が作動するのでしょうか?」
セレーネはそう言いながら、レバーをまじまじと見つめる。
「我が動かそう」
「ああ、頼む。俺は辺りの警戒に務めるよ」
俺は装置を背にして、辺りを見渡す。もし、隠れている奴がいるならここらで襲ってくるとは思うんだけど……。いや、敵に予想されるようなタイミングで襲ってはこないか。
そうしているうちに、背後でガコンと何かを下ろした音が鳴った。
ちらりと背後を覗き込むと、レバーを下ろしたムルモアの姿が確認できた。
すぐさま門に目をやるが、何の変化も起こる気配がない。
「何も起こらないな……」
「ふむ、やはり魔力が無いと動かぬ装置であったか。もう一度、次は魔力を込めて作動させてみるとしよう」
「それなら私が魔力を込めます。どうすればよいでしょうか?」
「ふむ、ではこの――」
ムルモアはセレーネに何かを教えているようだ。あとは二人に任せて、警戒を続けよう。
それにしても不気味だな。ここまで何も起こらないとなると逆に不安になる。
頼むから何も起きないでくれよ。
「よし、これで……!」
「ふむ――」
直後、背後から機械音が響いた。どうやら作動させることに成功したらしい。
それなら門は――。
「……どうやら作動したみたいだな」
先程までは何の変哲もない錆びれた門だったのが、今ではどこまでも続いているような黒い渦が門の中心で動いている。
まるで俺たちを地獄に誘っているかのような、深い闇だ。
「だが、問題はそこではあるまい――」
「ええ、これは――門を守る障壁、でしょうか……」
セレーネの言った障壁。それは、門を覆うように発生した言わば檻の障壁だ。
見るだけでわかるとてつもない魔力。触れれば、触れた場所が即消滅するんじゃないかと疑うレベルのもの。
「一回装置を元に戻してみてくれ」
俺の言ったとおりに装置のレバーを元に戻してみる。
すると、門の中心で渦巻いていたものが消え、障壁も同時に消滅した。
「門を作動させれば障壁が現れ、門を作動させなければ障壁は消える……。これは厄介なものですね」
「確かに厄介ではあるけど……もう一度作動させてくれ」
「ふむ、何か策を見出したようであるな」
どれ、とムルモアはそう呟いて装置を作動させると、先程と同じように障壁が発生した。
こういうのは、最初からなかったことにすればいい。イメージするのは、門だけが作動している状況。障壁など最初から作動されていない様子。
俺たちがあの門に入るまでの僅かな時間だけだから、魔力も最低限で済むはず。最低限といっても消費量が多いのには変わりないんだけど。
「”
しかし、障壁には何の変化も現れなかった。何度やってみても、結果は同じ。
「どういうことだ……?」
「……聖王とアディヌが繋がっているのであるならば、幻創魔法に何かしらの措置をとっていても不思議ではないであろう。恐らく、この門には何かしらの魔法がかけられていると思っていいであろうな」
「くそっ、余計厄介になってきたな。どうすればいいんだよ」
確かに、聖王とアディヌが繋がっていれば”実幻”が通用しないのも納得できる。となると、残された手段は……いや、駄目だな。
手がないわけじゃない。でもそれは、誰かを犠牲にするのと同じことになってしまう。
そんなこと、できるはずがない。
「さて、どうしたもんか――」
「お困りのようですな」
門の向こうの岩陰――先程俺たちが通ってきた道の向こう側から、老人の声が聞こえた。
俺は咄嗟に長剣に手をかける。
岩陰から現れたのは、杖をついた人間の老人だった。
「ひょっひょっひょ、若者よ。儂が助けてしんぜよう」
「……誰だ、あんた」
一切気配がしなかった。それに、ここは魔界だぞ。どうしてこんなところに人間の、しかも老人がいるんだ。
「随分と、猫を被るのがお上手なのですね。バイロン――いえ、一角の騎士」
「一角の、騎士?」
一角の騎士と呼ばれた老爺は優しそうな笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。
「随分と雰囲気が変わったのう、お嬢ちゃんや。七騎士としての誇りは忘れたのかえ?」
優しそうな声音とは裏腹に、背筋に鋭い悪寒が走った。
こいつは、本物だ。
「お久しぶりですね、あの軍議以来ですか? 貴方は戦場にいると思っていたのですが、こんなところで何を?」
「ひょっひょっひょ、お嬢ちゃんも鈍ったのう」
瞬間、セレーネの足元から棘が地面を突き破り出た。
「――っ!」
声にならない悲鳴が聞こえると同時に、俺はセレーネの腕を引いて抱き寄せる。
棘はローブの一部を貫くと、地面の中へ戻っていった。
「セレーネ、無事か!」
「は、はい! ありがとうございます」
「貴様、一角の騎士よ。死ぬ覚悟はできているのであろうな?」
俺とムルモアは、セレーネを庇うように立った。
「戦場にいると思っていたと、お嬢ちゃん言ったのう? 馬鹿を言うな、ここも戦場じゃ」
杖を地面に突き立てた老爺の顔から、笑みが消える。
どこから取り出したのか、一本角の兜を被った老爺は凄まじい殺気を放った。
「さあ始めるとしよう小童ども。聖王のもとへ行く前に、儂が地獄へ誘ってやるわい」
地獄への扉が、開かれた。
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