第百七十五譚 懐かしきやり取り


 互いに正体を明かしてから数分。

 俺たちは昔のように肩を並べて話をしていた。


 勇者に妖精王女、魔王という傍から見れば異様な光景だが、俺たちはそんな事を気にもせずに言葉を交わした。


 俺たちが敗れてから、魔界で何が起こったのか。

 この五十年の間、聖王軍と魔王軍はどうしていたのか。

 楽しかった事、嬉しかった事、悲しかった事なんかを話していた。


 キーラが転生したのは、俺たちが魔王に敗れてから五年――つまり四十五年前だという。

 魔族にとっては珍しい人型かつ女だったからか、期待はされていなかったらしいが、ある日を境に支持する者が急激に増えたそうだ。


 それは、魔族であるのにも関わらず回復魔法を扱えるという話が広まった日の事。


 この世界において、回復魔法というものは神に認められた者でないと扱う事が出来ないらしい。

 だから、魔族が回復魔法を扱えることなんてありえないそうだ。


 神と魔族は対極の存在。

 だからこそ、神に認められるなんてことはありえないのだという。


「私が回復魔法を使用したときの魔族の顔は今でも忘れられませんよ。ね、スカルウェイン?」

「そうですねえ。なにせ我々も回復魔法を扱う魔族を見たのが初めてのことでしたからねえ」


 キーラの問いに、スカルウェインと呼ばれた髑髏の魔物が頷きながら答える。


「アタシもこの姿になって色々と書物を漁ったりしたけどよ、そんな話聞いた事も無いぜ?」


 いつものアザレアの口調ではなくナファセロの口調に戻して話す彼女の言葉に、キーラが不思議そうに首を傾げる。


「ナファセロちゃん、書物読めるぐらい頭良くなったんですね!」

「あァ!?」


 思わず笑った。

 いや、確かにナファセロが本を読む事なんて一切なかったから当然と言えば当然なんだけど、その言い方はずるいと思う。


「だって昔は文字すらまともに読めませんでしたよね? それが今では自分から書物を読むほどになるなんて……私、嬉しいですよ!」

「バカにしすぎだろ!?」

「そうだぞキーラ。こんなでも今は妖精王女のアザレア様だ。王女のアザレア様が文字を読めないなんてそんな馬鹿な話があるわけないだろ、ナファセロじゃあるまいし」

「テメエは後で灰にする」

「なんで!?」


 理不尽だ。真実を伝えただけだというのに。

 伝えなくていいという真実もあるという事か。


「なんだか懐かしいですね……」


 クスッと微笑んだキーラは、懐かしむように言葉を発した。


「……こんなやり取り、約五十年ぶりだもんな」

「……旅をしていた頃も、こうしてナファセロちゃんをいじってましたね」

「反応が面白くてな、時々泣いてたりもしたよな?」

「泣いてねーよ!! バーカ!!」

「あの時は確か単純なひっかけ問題に引っ掛かって――」

「うるせえ!! 引っ掛かってやっただけだろ!!」


 耳を真っ赤にしながら怒声を浴びせてくる感じが、俺にとっては凄く懐かしかった。

 

 あの時だってそうだ。

 考えれば誰にでもわかる単純なひっかけ問題にまんまと引っ掛かった時だって、顔を真っ赤にしながら涙目で怒り狂ってた。

 あいつをいじるたびに物理で攻撃されてたけど、今ではそれが懐かしい。


 だって今だと燃やされるからな。


「それにしても、なんでその口調に戻したんだ? 普段はちゃんとしてるのに」

「……キーラの前だからな、コイツの前ではナファセロでいてえんだよ」

「ナファセロちゃん……」

「そりゃあよ、親友……だからな」

「ありがとうございます……ナファセロちゃん。今もそう思ってくれてるんですね」


 ナファセロに『親友』と言われ、嬉しそうに微笑むキーラ。

 そんな彼女に照れくささを感じたのか、ナファセロは恥ずかしげに顔を背けた。


「魔王様、そろそろ本題に入った方がいいですねえ。時間が無限という訳ではありませんからねえ」

「……本題?」

「ええ、そうですね。もっとゆっくり話していたかったんですが仕方ないです」


 そう言ったキーラは、穏やかな表情から真剣な表情に一転させる。

 その表情はまさしく魔王そのもののように感じられた。


 恐らく、今から話すことはキーラとしてではなく魔王として――魔王と勇者の話ということなのだろう。


「聖王について……どこまで知っていますか?」

「……どこまでっていうと?」

「聖王に関する情報をどの程度知っているか、です」

「――聖王はリヴェリアの名前と姿を利用している事。奴にとってこれは遊びにしかすぎないって事。あとは、魔王と敵対しているってことぐらいか」


 俺の言葉に、キーラは「なるほど」と呟きながら相槌を打つ。


「全てを知っているわけではないんですね」


 俺たちをあざ笑うかのように鼻で笑ったキーラは、自らの玉座に腰かける。

 その行為にアザレアが黙っていられるはずも無く。


「それってどういうことなんだよ。アタシらは女神から聖王について教えてもらったんだぞ」

「まあ落ち着けアザレア。キーラは全て知ってるのか?」

「勿論ですよ」


 俺の問いに笑顔で応えるキーラ。


 キーラは長杖を天に掲げると、何かの呪文を唱え始めた。

 呪文を唱えていくにつれ、周りの空気が震えていく。辺り一面に感じる魔力の濃さに驚きながら、その光景を静かに見守る。

 そして、呪文が唱え終わった瞬間。地響きのようなものが感じられた。


「今のは……」

「この城にある全ての罠を解き、ここまでの道を開いておきました。これで他のお仲間さんたちも直にやってくるでしょう」


 すっかり忘れていた。

 皆はまだ城の中を彷徨ってるんだ。


「続きはお仲間さんが揃ってからにしましょう。今から話すことは全員に知っていてほしいことですからね」


 セレーネたちが玉座の間にやって来たのは、それから数分経った頃だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る