第百七十六譚 互いの目的


 セレーネたちが玉座の間に辿り着いた直後、辺りに重苦しい空気が漂い始めた。


 玉座には魔王。反対には仲間たち。

 俺とアザレアは両社に挟まれるような形で立っていた。


「二人とも、今すぐこっちに来るんだ」


 腰に差してある短剣にゆっくりと手を伸ばすジオは、俺たちを一切見ずに魔王だけを見据えていた。


「随分なご挨拶だな、妖精族の王子よ」

「誰だってこうすると思うよ。なにせ魔王が目の前に居るんだからね」


 ジオと魔王が睨み合う。

 だが、俺たちはそんな二人の間に割って入った。


「はい、二人ともやめろ。これから協力者同士になるんだから仲良くしようぜ、仲良く」

「協力……ということはつまり――!」

「そういう事。アタシたちと手を組んでくれるってわけよ」


 作戦が上手くいったことを知り、皆の顔から少しだけ緊張の色が消えたように見えた。


 セレーネはホッと胸を撫で、シャッティはにこやかに笑い、ジオは安堵の表情を見せながら短剣に伸ばしていた手をそっと下ろした。

 ムルモアは相変わらず無表情だが、いつものことなので気にしないでおく。


「よろしくお願いしますねえ!」

「そういう訳でな、せいぜい足を引っ張ってくれるなよ?」


 高圧的な態度を取る魔王を見て、俺とアザレアは軽く笑う。

 なぜって、こんな口調の『キーラ』はどこか可笑しくて耐えられないからだ。


「ジオ、ちょっと来てくれ」


 俺は笑いを抑えながら、手招きでジオを呼んだ。

 そんな俺の変化に気づいたのか、ジオは不審そうにこちらへ向かってくる。


 不審がるジオの手を取り、魔王の目の前に連れてくると、魔王もジオも何故向かい合わされてるかわからないといった表情で俺を見た。


 それもそのはずだ。

 ジオにとっては、まさかこんな場所で再会するなんてと思うだろう。

 魔王にとっては、まさか同じ日に同じ場所で全員と再会するなんてと思うだろう。


 俺はそんな二人の反応を思い浮かべながら、口を開いた。


これで・・・全員揃ったな」


 ジオと魔王は何のことかわからなそうに首を捻る。

 見かねたアザレアが二人の肩に手を置き、あの頃を――ナファセロを思い浮かばせるような満面の笑みで語り掛けるように言葉を発した。


「五十年、長かったな……!」

「――!!」


 ジオと魔王が互いの顔を見合わせる。

 すると、何かを悟ったように魔王が両手で口を塞いだ。


「う、そ……、そんな……こんな事って……」

「キーラ……? キーラなのかい……?」

「ジウノスくん、なんですか……?」

「そう、そうだよ。僕だ、ジウノスだ……!」


 ジオの両手が魔王の肩に触れる。

 そのせいか、充分に泣いた魔王の瞳からまた涙があふれ出した。


「おいおい……さっきあんなに泣いたのにまた泣くのかよ」

「だっで、ジウノズぐんがぁ……みんなとまた会えでぇ……」

「わかったから、とりあえず落ち着け。これじゃあ話もできないだろ? 大丈夫、俺たちはどこにも行かないから」


 泣きわめき続ける魔王を見て困惑するセレーネたちに事情を説明しながら、彼女が泣き止むのを待つことにした。




□■□■□




 まだ涙ぐんでいる目を擦りながら、魔王は自らの玉座に腰を下ろした。

 俺、アザレア、ジオの三人はそれを確認すると、ゆっくりとセレーネたちの前に並び、魔王と対面する。


「……皆さん、見苦しい所をお見せしてしまいました。スカルウェインも、すみません」

「私は魔王様の僕、魔王様が何をなされようとも私の忠誠心は揺らぎませんねえ!」


 そう言ってケタケタと笑うスカルウェインに、魔王は僅かな笑みを見せた。

 

「随分と良い部下を持ったんだね、キーラ」

「まあ、はい。本当に――私には勿体ない」


 少しだけ照れくさそうに話す魔王。その姿に、何だか微笑ましさを感じた。


「――積もる話もありますけど、早速本題に入りましょう」


 先程までとは違い、口元をきっちりと閉めた真剣な表情で魔王がこちらを見る。

 

「我々魔王軍が勇者と手を組む件は承諾しました。とはいえ、詳細な目的や作戦などを話し合う必要があります。そうでしょう?」


 その言葉に、俺は小さく頷く。


 確かに、魔王の言う通りだ。

 手を組んだからといって、それじゃあ適当に頑張りましょうでは組んだ意味がない。

 ここで互いの詳細な目的、そして聖王討伐に向けての作戦を練る事がこれからの連携に繋がっていくはずだ。


「俺たちの目的とそっちの目的は聖王の討伐だけど、これに関しては特に言う必要はないな。問題はそこからだ」

「我々の目的は聖王軍を倒し、魔界を取り戻すこと。貴方たちの目的は聖王を倒して世界を平和にすること、で当たってますか?」

「……少し違うね、僕らの目的はもう一つあるんだ」


 ジオの言葉に、魔王が不思議そうに首を傾げる。


 そうか、魔王は知らないんだ。

 聖王と繋がっている女神アディヌという存在を。この世界が創られたモノだという事を。世界の運命が女神アディヌによって決められていることを――。


「アタシたちは聖王の他に倒さなきゃいけない相手がいるのよ」

「聖王の他に? それほどの相手がいると?」

「――女神アディヌ。貴様も元は人間なのだ、その名ぐらいは知っているであろう?」

「え? え、ええ。アクリゥディヌ神教の……まさか、聖王の裏に居るのが女神アディヌだとでも……?」

「そういう風に解釈してくれて構わねえよ。女神アディヌは聖王と手を組んでこの世界を滅ぼそうとしてる。だから、俺たちはそれを止めるためにここまで来たんだ」


 女神アディヌが何をしているのかを伝えたいところではあるけど、変に混乱させても仕方がない。

 ただ、倒すべき相手だってことだけ覚えておいてくれればそれでいい。


「なるほど……、何やら随分と大きな話になっているんですね」

「はい。私も未だに理解が追い付きません……まるで物語のように壮大なので……」

「ふふっ、そうですね。でも、目的はわかりました。尚更、我々は連携を強化する必要がありそうだという事も」


 聖王に女神アディヌ。どちらとの戦いも厳しいものになる。

 

 全生物の頂点に君臨する八皇竜さえも従えるほどの力を持つ聖王。

 全てを創りあげ、この世界の理をも書き換えた女神。


 神に喧嘩を売る日が来るなんて夢にも思わなかったな。

 

 それでも、きっと大丈夫。今度こそ――今回こそは、成功させる。


「それでは、作戦会議です。我々魔王軍と、勇者一行。長きにわたり戦いを続けてきた人間族と魔族が力を合わせる時が来ました」


 魔王は自慢の杖を地面に突き立てて立ち上がる。


「さあ、反撃の時です」


 その眼には、強く熱い信念のようなものがこもっていた。

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