第百七十三譚 試された答えは


「俺と手を組まないか?」


 唐突に告げられた言葉に驚いたのか、玉座の間に沈黙が流れる。

 沈黙から数秒。それを破ったのは目の前の玉座に座る魔王だった。


「勇者と魔王がか? ふふふ、面白い」


 魔王はその言葉を続けるように息を吸い、言葉を発する。


「――だが、その申し出は受けぬ」

「……まあ、そう簡単に手を組んでもらえるとは思ってなかったけどさ」

「大方、聖王と敵対関係にある我々と共に奴を滅ぼすというような根端か。しかし、我々に人間と手を組む気は毛頭ない」


 俺に向かって飛んでくる鋭い眼光。

 女とは思えないほどの威圧感だが、俺はそれに怯むことなく話を続ける。


「今、人間と魔族がやりあったところで何も変わらない。俺たちが立ち向かうべき相手は聖王、そうだろ?」

「貴様の話など知った事か。我々魔族に立ちふさがる者は皆敵。例え聖王と交戦中であろうと、人間族が立ちふさがるのであれば容赦はせん」

「酷く冷たい対応じゃないか。俺を待ってたんじゃないのかよ?」

「新たな勇者がどれほどの者かと思っていたが、どうやら期待外れだったようだな――まあ良い」


 ここまではおおよそ予想通り。

 さて、ここからお前はどう動く。


「一つ、貴様に問う。これに私が満足する答えを出せたのなら、手を組んでやろう」


 答えるだけでいいとはな。

 想像よりも遥かに優しい条件を出されたもんだ――。


「ただし」


 魔王は声を上げ、手に持つ杖をカツンと音を立てながら地面に突き当てた。

 それと同時に水晶のような物が突然に現れ、何かを映し出した。


 その水晶に映っていたのは、魔王城内部を走り続ける仲間たちの姿だった。


「アンタ、一体何するつもりよ!?」

「……人質ってわけか」

「貴様の答えが満足できないものなら、この人間たちを皆殺しにする」

「やっぱり、俺をここに飛ばしたのも計算の内だったってことなのか」

「さてな、だがいくらでもやりようはあった。さて、どうする?」

「ちくしょう……」


 やられた。これは完全に予想外――。

 いや、俺が甘かっただけだ。


 敵の本陣でバラバラになった時点で気付くべきだったんだ。

 人質を取られる可能性があるって。


 ここで逃げたりなんてしたら、セレーネたちは確実に殺される。

 だから、俺はこいつの求める答えをださなくちゃいけない。


 いや、待て。

 どうして魔王はこんなに面倒くさい方法を採ったんだ?

 恐らく、あの水晶を見せてきたのは「俺たちのことなんていつでも殺せる」という事を知らしめるためだろう。

 なら、どうして最初から俺たちを殺しに来なかったんだろうか。


 こいつらの言う通り俺を待っていたのだとしたら、さっきの態度はおかしい。初めから話を聞く気なんてないような感じだった。

 元から殺すつもりだった、そんな感じがした。 


 なら尚更、どうして俺たちを殺さなかった?


 本気で俺たちを殺そうとしてるなら、罠を全て作動させたり魔物を仕向けたりしたはずだ。

 それなのに、魔物は一切現れず罠も全く作動しなかった。


 おかしいとは思っていたんだ。

 罠も作動しなければ魔物さえ現れない。魔王城の周りを囲んでいた魔物たちが追ってさえ来ない。

 不自然じゃないかそんなの。


 もし、もし仮に魔王城の周りにいた魔物たちが、俺たちを内部におびき寄せる為の囮だとしたら?

 作動しない罠に一切現れない魔物。

 全てが俺をここまで導く作戦だとしたら――。


「ああ、受けるぜ」

「ちょっ……! アンタ本気!?」

「ここで逃げたらセレーネたちは殺される。なら、質問に答えるしかないだろ」

「ならば勇者よ。問おうか」


 これは試されている。

 魔族にとって信頼できる人物か。本当に勇者としての資質をもっているのか。聖王と戦う覚悟はあるのか。

 俺の読み通りなら、手を組むかどうかの魔族の答えは既に決まっている。


「貴様の大切な仲間と、愛する者が窮地に立たされている。救えるのはどちらか片方のみ――」

「どちらもだ」

「……何?」


 魔王の言葉を遮り、俺の言葉が玉座の間に響く。

 言い終える前に答えられたことに驚いたのか、魔王は目を見開いてこちらを見ていた。


「……貴様、ふざけているのか。どちらか片方だと言って――」 

「だから、俺の答えは決まってる。両方救う、それが俺の答えだ」


 魔王は俺と視線を合わせ、じっとこちらを見つめる。

 

「敵味方関係なく救うってわけじゃない。立ち向かってくれば本気で対応する。ただ、俺は守りたいんだ――そう決めたんだ。大切な仲間達を……支えてくれる人たちを守るって」

「ほう……ならば問おう。綺麗事だとは思わないのか?」

「嫌になるくらい思ってるさ。でも、綺麗事? 上等! そんな綺麗事をやってのけるのが『勇者』ってものだろ?」


 その言葉の後、再度沈黙が流れた。

 だけど先程とは違って、その沈黙はどこか穏やかに感じられた。


「……ふふふ、ははは! まさかこれ程の阿呆が未だに存在していたとはな!」


 沈黙を破ったのは、やはり魔王。

 

 さあ、俺は全て言った。

 お前の求める答えになっていたのかどうか……。

  

「良いだろう。我々魔族は勇者と手を組むことを約束しよう」


 その言葉を聞いた俺は、スッと全身の力が抜けた気がした。

 どうやら、相当気を張っていたらしい。


 でも、まさかこれほど簡単に話が通るとは思っていなかったし、戦闘になるかもしれないなんて思っていたら気を張るのが普通か。


 アザレアも安堵の表情を浮かべているし、緊張していたんだろう。


「ありがとう」

「礼はいらん。元より手を組むつもりで待っていたのだからな」

「なんだよ、やっぱりそうだったのか……」

「気付いていたのか?」

「それはそうだろ。ここまで来て気付かない奴じゃないよ、俺は」


 魔王は小さく笑みを浮かべると、右手を俺の前に出してきた。

 俺はその手を取り、力強く握る。


「これで契約完了だ」

「ではでは勇者様、このスカルウェインめとも握手をお願いしてもいいですかねえ」

「女、貴様もこちらに来い」


 魔王がアザレアを呼んだところで、俺は髑髏の魔物のもとに歩み寄る。

 

 この髑髏の魔物は見れば見るほど――というより、いればいるほど違和感を抱く。

 どうもどこかで会ったような気がしてならないんだけど、どこだっけ――。


 差し出された手を握ろうと手を伸ばす。

 次の瞬間、アザレアがいる方向から誰かが倒れたような音が聴こえてきた。


 反射的に振り返った俺の視界に映ったのは、両膝を付いて頭を抑えるアザレアの姿だった。


「アザレア!?」


 俺はすぐさまアザレアの傍に駆け寄った。

 アザレアは頭を押さえ俯きながら、うわ言のように何かを繰り返し呟いていた。


「魔王! お前!!」

「待て、私は何もしてはいない。手を取った途端、頭を抑えたのだ」


 手を取った途端だって?

 そんなこと信じられるわけないだろ。


 俺が剣を引き抜こうとしたその時、アザレアが立ち上がって魔王にふらふらと近寄った。

 すると、アザレアは魔王の肩を掴みながら震えた声で言葉を発した。


 その言葉に、俺は耳を疑った。


「……魔王――いや、アンタ……」


 だって、そんな事考えるはずもなかった。考えられるはずがなかった。

 普通はあり得ない。あり得るはずがない。


「『|キーラ(・・・)』……なんでしょ……!?」


 五十年前、共に戦って散った仲間が……現魔王に転生しただなんて考えられるわけないだろ――。

 

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