第百七十譚 魔王城を目指して


 歩き始めてからどのくらい経ったのか。

 俺たちはようやく丘を越え、魔王城を目視できる範囲まで辿り着いていた。


 かつて見た城と変わりはないが、どこか今の方が禍々しい気配を感じない。

 聖王と魔王で戦力が分裂したんだからそうなるのも無理はないだろうけど。


「いつ見ても悪趣味な城ね。外壁に悪魔の像。辺りの柱にも悪魔の像。城門にも悪魔の像なんて気味悪いわ」


 魔王城を目にしたアザレアが悪態を吐く。

 それに対し、ムルモアは不思議そうに唸りながら小首を傾げた。


「我は気に入っているのであるがな……。ふむ、駄目であるのか。そうか……」

「あんたってたまにおかしいよな」

「まあ、人の感性なんてそれぞれなんだし、気にする事でもないと思うよ」


 流石に悪魔の像だらけの城を良いだなんて思わないけどな……。

 ムルモアのことがまだまだわからない。


「わたしは結構かっこいいと思うけどなー! ほら、翼の大きさとか角とか!」

「おお、貴様は中々に見どころがあるではないか! あの像の良さに気づくとは!」


 シャッティが目を輝かせながら、悪魔の像を指さす。

 同意見が嬉しかったのか、ムルモアは笑みを浮かべて嬉しそうに像談議に華を咲かせた。


「……主。シャールとムルモアはああいった趣味なのか?」

「シャッティをそんな子に育てた覚えはない」

「誰目線で話しているのですか貴方は」

「だってあんな趣味の子だなんて聞いてなかったんだもの!」

「先程人の趣味はそれぞれだという話をしたばかりではありませんか!?」


 いや、確かにその通りなんだけども。

 でも、流石に魔王城が格好良いってのはどうかと……。


「――皆、伏せるんだ!」


 ジオが突然声を荒げる。

 俺たちは咄嗟に枯れ木などに身を潜めた。


「一体どうしたのよ!?」

「ほら、上空の。見えるかい?」


 ジオが指さした方向――そこに見えたのは、黒い鳥。

 ……いや、鳥のような悪魔。


「あれは……ガーゴイルか?」

「恐らくね。まだ僕たちに気づいてる様子はないけど、何かを警戒してることに間違いはないよ」


 ガーゴイル。

 鳥のような顔を持つ悪魔の石像で、魔王城の周りを飛び回り侵入者を排除する魔物だ。


 五十年前にも一度戦ったことがあるけど、斬撃が通らなくて苦労した憶えがある。

 できることなら戦闘は避けたい相手だ。


「ふむ。では二手に分かれ、魔王城を目指すとしよう」

「確かに多人数では見つかってしまう可能性が高くなりますからね……。私も二手に分かれる意見に賛成です」

「……わかった。ならバランス良く分かれよう。前衛と後衛で半々になるようにできればちょうど良いんだけど」


 話し合いの末、西からのルートは俺とアザレア、メリアの三人。東からのルートはジオとセレーネ、シャッティにムルモアの四人に決まった。


 ガーゴイルに見つからないように身を潜めながら、俺たちは別々のルートを進んだいった。






□■□■□






 どうにかガーゴイルに見つからずに魔王城付近までやってきた俺たちは、東側のルートで来るはずのセレーネたちを待っていた。


「少し辺りの様子を見てこよう。主たちはここで待っていろ」

「ああ、頼む。気をつけてな」

「見つかるんじゃないわよー?」

「わかっている」


 メリアはその言葉を残し、この場から離れていった。


 ここからじゃあ魔王城の正面付近の様子しかわからない。

 もう少し見晴らしのいい場所に行ってもいいんだけど、そこで待つのは危険だ。


 そんな危険な場所にメリアを行かせるのはどうかと思うけど、この三人の中で――いや、きっとこのパーティの中で一番隠密行動に向いているのはメリアだ。


 長年大森林の中で見張りをしていたからなのか、瞬発、反射、隠密とどこを見てもジオと同等かそれ以上。

 ジオも天職が盗賊ともあって、そういった事は得意分野だ。

 それでも、何年も一緒に戦ってきた俺ならわかる。

 メリアの方が隠密行動が得意だと。


 だから、俺やアザレアが行って下手するよりはメリアが行った方が良いんだ。


「……ちょっと、リヴァ」

「ん、どうした?」

「あれ……」


 アザレアが口をポカンと開きながら、魔王城の頂上を指さした。

 俺はその指の先を視線で追い、頂上をじっと見つめる。


「――竜の、首……?」


 俺の目に映ったのは、一つの竜の首。

 魔王城の頂上に吊るされた水竜の首だった。


「八皇竜の首が、どうしてあんなところに……?」

「……リヴァ。アタシたちが魔王城に乗り込むのって、今の魔王を説得する為なのよね?」

「……ああ、そのつもりではいるんだけど――」

「なんか、ムリそう、よね」

「俺も同意見だ」


 水竜の首は恐らく見せしめの為だろう。

 だとすると、八皇竜は聖王側に付いたって事になる。


 俺の予想ではあるんだけど、今の魔王は俺の知る魔王よりも気性が荒そうだと思える。

 ……うまく説得できるかな、これ。


 そんな時、メリアが大急ぎで戻って来て口を開いた。


「――主、大変だ! セレーネたちが向こうで襲われている!」

「見つかったのか……!」

「早く加勢に行くわよ!」


 俺たちはメリアを先頭にセレーネたちのもとへ大急ぎで向かって行った。






□――――魔王城






 不気味で禍々しい部屋の一角――玉座に座る女魔族のもとに、髑髏の魔物が突然姿を現した。 


「奴らがようやく現れましたねえ」

「……ようやくですか。随分と時間がかかりましたね」


 女魔族は長杖を手に取り、玉座から立ち上がる。


「しかし、これでワタシたちの計画が実行に移せますねえ」

「まったくです。どれ程この時を待ちわびた事か」

「粘り続けた甲斐がありましたねえ!」

「何を言っているのです。我々は負けてなどいません、押されてもいません。拮抗しているのです」


 女魔族は髑髏の魔物の言葉に不服そうな顔をしながら、上を向いて呟いた。


「さあ、出迎えるとしましょうか。新たな勇者を――」


 次の瞬間、この玉座の間へと真っ直ぐ続く道が開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る