第百六十九譚 魔界


 辺りを見渡し、変わらないこの地に懐かしさを感じる。


 俺は自分が通って来ただろう後ろを振り返る。

 そこには、『門』と呼ばれる黒い塊と同じ物が存在していた。


 次の瞬間、黒い塊から吐き出されるように一人、また一人と仲間たちが姿を現す。

 

「うわっ、意外とびっくりするものだね……」

「そう? アタシは結構楽しかったわよ」


 両膝を付いて項垂れるジオに対し、アザレアは平気そうに声をかける。

 びっくりするのはわかるけど、楽しいってのは少しおかしいだろ……。


「ここが、魔界……」

「そういえばセレーネは初めてだったな」

「はい……。空気が澱んで、重たくつらいような……」

「うう……。わたし、吐きそう……」

「今はツラいかもしれないけど、時期に慣れるさ。少しの間だけ我慢してくれ」


 俺も初めて魔界に来た時はセレーネたちと同じ反応をしていた。

 

 何というか、ここは目視で確認できるくらい空気が汚れている。

 肌でも感じれる程、澱みきっている。


 そんな場所に突然やってきたら、具合が悪くなるのも納得できる。


「……勢いで来たは良いものの、どこだかわからないな」

「……うん、僕も思ったよそれ」


 見覚えがある地形ではあるけど、似たような場所はざらにある。

 ここから見渡す限り、人工物は見当たらない。


 山や丘に囲まれているせいもあってか、遠くまでが確認できないんだ。


「ふむ。ならばここから東に見える丘を越えるぞ。その先に城があるはずなのでな」

「城って……聖王の本拠地か?」

「いいや、魔王城だ」

「魔王城……ってだから聖王が本拠地にしてる場所だろ?」

「貴様が何を聞いたかは知らぬが、聖王は魔王城になどいない。いるのは現魔王とその配下たちだけであるぞ」


 ムルモアの言葉に、俺の考えは崩れ去った。

 魔王城を本拠地にしていると考えてたから、その根本を潰されるとツラい。


 いや、元々賭けだったんだ。いない事は想定内と思うべきだろうな。


 問題は、現魔王とその配下たちが魔王城に居るという事だ。


「どういうことだよ? 魔物たちは全員聖王に従ったんじゃなかったのか?」

「従ったものとそうでないもので半々程度であろう。まさかとは思うが、現魔王と聖王は敵対関係であるという事を知らなかったのではあるまいな?」

「敵対!? 初耳だぞ!」


 俺と同じように、他の皆も驚きを隠せない様子だった。

 ムルモアの口から語られた衝撃の事実。そんな事は一切頭になかった。


 そもそも現魔王が存在していたことも知らなかったし、聖王と争っていたなんて余計に知るはずもない。

 

 そうか、だからなのか。

 エルフィリム防衛の時も、ドフタリア大陸での戦争も、ゴブリンやオークなどの魔物は一切見かけなかった。どちらも見かけたのは野生の魔物ばかり。

 でも、ようやく合点がいった。


 聖王と現魔王が争っているから、戦争に加担できなかった。だから代わりにキテラ王国と野生の魔物たちで対抗しようとしていたんだ。


 それに、枷のないリザードソルジャー。

 あれは恐らく、聖王に従った魔物なんだと思う。

 聖王に従った魔物たちは枷を外し、現魔王に従っている魔物たちは枷を着けたまま。

 つまりは、そういうことなんだろう。


「ねえ、ムルモア。アンタやけに詳しいけど、なんで?」


 アザレアが険しい表情でムルモアを問い詰める。

 

「我は以前聖王と会った事がある。その時に、多くの事を知ったのだ」

「聖王と会った? ねえ、アンタ。もしかして何か隠し事してない?」

「隠し事? ふむ、隠し事の一つや二つ、いくらでもあると思うのであるがな。そうであろう、アルヴェリオ?」

「えっ」


 突然の振りに思わず声を出す。

 どうして俺にその話題を振ったのか。まさか、ムルモアは知っているのか? 俺が消えるってことを……。


「まあまあ、そのぐらいにしたらどうだい? 何はともあれ、ムルモアは僕たちの仲間なんだから、もっと仲良くいこうよ」

「そんなこと言ってもね、コイツが裏で繋がってたらどうするのよ?」

「その時はその時だよ。アザレアがムルモアを信じないのは勝手だけど、それじゃあセレーネちゃんも信じないって言ってるのと同じだからね?」

「……あっ」


 ジオの言葉に、アザレアは思わず口を抑える。

 それに対し、セレーネは表情を曇らせて俯いていた。


 アザレアの言いたい事はわかる。

 俺だって、心のどこかでムルモアを信じ切れてない部分があるんだと思う。

 先程の会話を聞いたらなおさらだ。


 疑ってしまうのも仕方がないかもしれない。

 

 でも、ここはジオの言う通りだ。

 ムルモアを信じないという事は、ムルモアを信じているセレーネを信じないと言っているようなものだから。


「……ごめん、セレン」

「いいえ、良いんです。私たちは元々、貴方がたと敵対していましたから……。疑われるのも無理はありません……」


 セレーネはその言葉の後に、深く頭を下げた。

 その光景に、俺はなんだか心を締め付けられるような感覚に襲われる。


「ですが、これだけは……私は、皆さんを信じています。大好きです……。皆さんと一緒に世界を救いたいと思っている事だけは信じて頂けませんか……?」


 俺は頭を下げ続けるセレーネの肩に、ポンと優しく手を乗せた。


「信じるに決まってるだろ、俺たちは仲間なんだからさ。だろ、皆?」


 俺の問いかけに、ジオたちが優しく微笑む。

 アザレアも照れくさそうにムルモアの傍までよると、申し訳なさそうに頭を下げて謝罪した。


 ムルモアはその行動に驚いたのか、目を見開いて何が何だかわからないと言いたげな表情を見せた。


「ムルモアも悪かったな、あんたも俺たちの大事な仲間だ。だから、信じるよ」

「む、むう。そうか。慣れていないのでな、こういうことは。どう接すればいいのかわからぬ……」

「そのままでいいよ。無理に気を使う必要はないさ」

「ふむ。では、いつまでもここで立ち話をしているわけにもいかぬのでな。丘を越えるとしよう」


 こうして、俺たちは東の丘の向こうを目指して歩き出した。

 

 この会話によって結束にひびが入ったのか、それとも深まったのかは定かではないけど、確かな事が一つだある。

 それは、俺たちが仲間であることを再確認し、全員が信じると心に決めたことだ。






□――――キテラス大陸:キテラ王国:王城






 キテラ王国の玉座の間に、多くの人が入っては出ていく。

 ある者は兵士。ある者は貴族。ある者は大臣。

 アルヴェリオたちが王国を発ってから三日が経ち、王城内は忙しなく動いていた。


「兵たちの体調管理を怠るな! 物資もしっかりと確認しておくんだ!」


 玉座の間にやってくる者たちに、国王陛下が命を下す。

 先日、国王と成ったばかりの若者だが、仕事ぶりは良く国民からの支持も大きかった。

 しかし、突然の王位の交代で手続きや引継ぎなどが多く忙しい毎日を送っていた。


 そんな手続きや引継ぎなどで忙しい国王が、それすらも後回しにするような何かの準備を行っていた。


「大臣、各国との通信の準備を! 早急に頼む!」

「お任せくだされ!」

「共に手を取り立ち向かう時が来た、と必ず伝えてほしい!」


 国王はそう言うと、各国との通信専用の部屋へと向かって行く。

 その表情は堅く、だがどこか希望に満ち溢れているようだった。


「キミたちだけに任せるなんてことはしない。俺たちも――!」


 そう呟き、国王は部屋の中へと入っていった。


 

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