第百六十三譚 門への道のりは長く
キテラ王国を発って二日目。
俺たちは街道沿いに目的地を目指していた。
俺たちが目指すは北の森。
ムルモア曰く、キテラ王国兵が戦場に向かう時は常に『門』と呼ばれる装置を通っていくらしい。
その『門』が北の森に隠されているという。
今まで、移動した形跡がなかったのは、『門』を通って移動していたからだろう。
恐らく、『門』は移動魔法の一種だ。
聞いた話だから詳しくは知らないが、移動魔法は太古の昔に滅びた魔法の一つらしい。
現代でその技術を復元させることは不可能だと言われるほど高度な魔法だとも聞く。
そんな魔法が今も尚残っていることに疑問を感じるが、ムルモアも何故残っているのかは知らないという。
「アルヴェリオ、そのように難しい顔をしてどうしたのだ」
「いや、お前らが使ってたっていう『門』の事について考えてたんだ」
「言っておくが我にもう話せる情報は残っておらぬからな。そう言ったであろう」
「わかってるさ。道はこっちで合ってるんだよな?」
俺の問いに、隣に座るムルモアが頷く。
不測の事態にも対応できるように当番を二人制にした俺たち。
アザレアはジオと。セレーネはシャッティと。そして俺はムルモアとメリアの三人で回すことになった。
現在は、俺とムルモアの番。
「話は変わるが貴様、シルヴィア殿に頂いた杖。しっかりと体に馴染ませているのであろうな?」
「ああ、勿論。俺の能力を引き出してくれる杖を使わないわけにはいかないだろ。それに、婆さんに渡された物だしな」
俺は目を閉じ、その時の光景を思い浮かべる。
王国を発つ日、俺は婆さんから長杖を受け取っていた。
その長杖は、婆さんが常に持っていた物であり、幻術魔法の力を引き出してくれる優れものだという。
なんでも、婆さんが開発したとか言ってたな。
婆さんは今後も黒妖精の村を守るためにキテラ大森林に戻るそうだ。
王国が変わっていくとは言え、奴隷商の奴らが簡単に仕事を辞めるはずがない。だから、誰かが黒妖精たちを守ってやらないといけないんだと張りきっていた。
「あの方に杖を頂くなど大変名誉な事であるのだぞ。それを心に刻むのだ」
「わかってるよ。あんた、婆さんに対しては人が変わるよな」
「当たり前であろう。シルヴィア殿はキテラ王国の民の憧れなのだ。白の魔女と呼ばれたあの方を尊敬しない者などいないであろうな」
「へ、へえ。そんなになのか」
「左様。しかし、貴様がシルヴィア殿と同じ一族の者とは到底信じられぬがな」
「悪かったな! 威厳とか何もなくて!!」
いや、確かに似てるとこなんて何も無いけどな。
そもそも俺とアルヴェリオは別人なんだしさ。
だが、俺の思いとは裏腹に、ムルモアは笑みを浮かべながら言葉を発した。
「しかし、貴様のような男だったからこそ、我らは救われたのであろうな。セレーネも、ロベルト陛下も、我も王国も皆、貴様がいなければ救われなかったであろう。礼を言うぞ、再誕の勇者」
ムルモアから発せられた予想外の言葉に、俺は面を食らってしまった。
まさか、ムルモアの口からこんな言葉が出てくるとは思わなかったから、余計に動揺してしまう。
「……いや、そんな大げさな事なんて俺はしてないよ。セレーネは自分で前に進もうと決意したから今があるし、キテラ王国だってロベルトや婆さん、あんたがいたから変わる事ができたんだ。俺はそれの手伝いをしただけさ」
「どこまでも謙虚であるな、貴様は。だが誇れ、貴様の行いは充分に誇れるものであるからな」
ムルモアはそう言うと、御者台の裏から金棒を取り出した。
「さて、我らを出迎えてくれる者共が現れたようであるぞ。早々に片付けるとしよう」
ムルモアの視線の先には、こちらに向かって来ている獣型の魔物が数匹見えた。
鎖が見えないため、野生の魔物だろう。
「この辺りは野生の魔物が多いな……まったく、後ろの奴らにどつかれる前に終わらせるか」
「うむ、よかろう」
「ちょっと馬止めるからな! 少しだけ待機!」
俺は馬車内の仲間たちに声をかけると、魔物に向かって跳び出していった。
□■□■□
魔物を倒し終え、再び北を目指して進み始める。
日が沈んでいき、辺りも徐々に暗くなりつつある。
一応、今日は夜通し走ってもらう予定だったけど、魔物たちの遠吠えや鳴き声が多く響いている中、無理に進むのは危険だ。
どこかで休息をとって、明日の早朝に発った方が良いかもしれないな。
そう考えていた時、馬車のカーテンを開けてメリアが顔を覗かせた。
「主、ムルモア。そろそろ交代だ」
「丁度良かった、今日の予定について話したかったんだよ。じゃあ、後はムルモアとメリアで頼む」
「了解」
「任せよ」
俺は二人に後を任せると、馬車の中に入っていく。
馬車に入ると、皆が静かに俺の方を向く。
「それで、今日の予定がどうかしたのかい?」
ジオの質問に、俺は頷きながら答える。
「ああ、皆にも聞こえてると思うんだけど、この辺りは魔物の声が多いんだ。だから夜間はどこかで休息をとって、明日の早朝に発とうと思うんだけど、どうかな?」
「何よ、アンタ魔物相手にビビってるわけ? 魔物が襲ってきた分だけ追い払えばいいのよ」
「アザレー、多分魔物が多く出てくると馬が驚いちゃったりする可能性もあるから、そう簡単にはいかないと思うよ。走るのはわたしたちじゃなくて馬だからね」
「御者役は見張り役に回るという事でよろしいですか?」
「そうなるな。皆が休息をとっている間は誰か二人が見張り役として起きててもらうことになる」
俺の言葉に、アザレアが勢いよく名乗り出る。
「ならアタシとジオで見張るわ! そろそろ血が騒いできた頃なのよ!」
しかし、ジオは首を振って苦笑する。
「アザレア、君は休んでおいてくれないかい? 見張りは僕とアルヴェリオでやるよ」
「はあ!? なんでよ!!」
「恐らく、明日以降は魔物たちの数も増えるからね。その時にアザレアが力を発揮できるように休んでいてほしいんだけど、どうだい?」
アザレアは一瞬動きを止めるが、すぐに顔をにやけさせて嬉しそうに腕を組んだ。
「し、仕方ないわね! 明日以降の為に、アタシは休ませてもらうわ。ということで、リヴァ。後は頼んだわよ」
「いや、俺も疲れてる――」
そう言葉にしようとした時、ジオの視線に気づく。
先程までの表情とは違い、いつになく真剣な表情で俺を見ている。
何か話でもあるのだろうか。そうでない限り、ジオがわざわざ嘘を吐く理由が無い。
だって、明日以降魔物たちが増えるなんて確証はどこにもないのだから。
「しかし、アル様も疲れていると思います。ですから、ここは私が――」
「あー、いや。大丈夫、俺がやるよ。だから皆は休んでいてくれ」
「うん。それじゃあ、決まりだ」
こうして、俺たちは近くに休息地を設け、各々が休息に入った。
その中の二人――俺とジオはたき火を囲んで見張りについていた。
魔物の遠吠えや虫のせせらぎ、木々の騒めきが響く中で、ジオが息を吐くように言葉を発した。
「魔王に、出会ったんだ。僕たちは」
「……え?」
その言葉は一瞬のように、辺りに溶け込むように消えていった。
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