第百六十四譚 あの日交わした約束は果たされる
「魔王に、出会ったんだ。僕たちは」
「……え?」
俺はジオの言っている事が理解できなかった。
魔王に出会った。確かにそう聞こえた。
一体、いつの話をしているんだろうか。魔王と出会ったのは五十年も前の話だぞ。
「……なんだよ、夢でも見たのか? まったく、驚かせるなよ」
「いいや、違うんだ。僕たちは出会ったんだよ、魔王に。君と再会する前に一度だけ……元魔王に出会ったんだ」
「は、はは……冗談だろ? お前は昔から――」
「アルヴェリオ、ちゃんと聞いてほしいんだ。魔王は――僕たちの知る魔王は、人間に転生していたんだよ。しかも、聖王に殺されたわけでもなく、
「それ、本当なのか……? 魔王に会ったなんて――それもだけど、人間に転生? 俺に殺された? どういう事なのか教えてくれよ!」
「落ち着いて話をしないかい? 皆を起こしたら気まずいからね」
「落ち着いて? 落ち着いて話なんかできるわけないだろ! 死んだと思ってた魔王が生きてて、人間に転生してる! おまけに俺に殺されたなんて理解が追い付かねえよ!」
わかってる。冷静にならなくちゃいけないってのは充分理解してるつもりだ。
でも、ジオの口から発せられたその話はあまりにも唐突で、信じがたい事だ。
それを冷静に聞けだなんて、俺にはできない。
「それにだ! なんでもっと早く俺に話してくれなかったんだよ……!」
「……君を混乱させたくなかったんだ」
ジオが申し訳なさそうに俺から目を逸らす。
「混乱するのは当たり前だろ! どうせ聞くなら早いほうが良いに決まってる! それに……寂しいだろ……! 言ってくれなきゃわからないし、ツラいだろ……」
どうしてそんな言葉が出たのかはわからない。
ただ、俺の脳裏にはあの日交わした言葉が甦っていた。
――この戦争が終わったらお前に言いたい事が山ほどあるんだからな――
――僕もその倍は言いたい事があるから死ねないよ――
その言葉を交わしてから、結局ジオとはろくに話していなかった。
いや、言い方が違うな。
言いたい事を言い合ってなかった。
再会してからずっと、お互いの距離感がつかめなくて、どう接したらいいのかがわからなくて、少しだけ気まずく思っていた。
なんせ、喧嘩別れしてそのまま数ヶ月が過ぎてしまったからな。
自分からこの話題を振るのが気恥ずかしくて、素直に謝る事も感謝することもできずに今日を迎えていた。
だからこそ、今の言葉が出たのかもしれない。
無意識のうちに、ジオと話がしたいと。
「アルヴェリオ……」
「大体、お前はいつもそうだ! 大事な事は話さないで抱え込んで! 作戦あるなら言えよ、伝えろよ! じゃなきゃわからねえだろ! それに前に出すぎなんだよいつもいつも!」
「なっ!? 君にだけは言われたくないよ! いつも一人で抱え込んで、僕たちに何の相談もないじゃないかい!? 無茶もし過ぎだってアザレアたちも言ってるんだぞ!」
俺たちは互いに向き合って大声で怒鳴った。
「転生してからも王子の癖についてきやがって! 自由か!」
「う……。き、君だって綺麗事ばっかり並べて! もっと現実見ようとしないのかい!?」
「見てる! 見たうえで言ってんだよ!!」
その言葉の後、その場は静寂に包まれた。
だが、その静寂はすぐに破られる。
「――でも、そんな綺麗事すら実現させようとする君だったからこそ、僕は君を信じてついてきた」
「自由だけど責任感が強かったお前だったからこそ、俺はお前に背中を預けてこれた」
いつしか、俺たちの表情は穏やかなものに変わっていて、互いに小さな笑みを浮かべた。
「やめだやめ。言ってたらきりが無いからな」
「僕も同感だ、埒が明かないよ」
「これで、あの日の約束は終わったな」
「うん。ちゃんと果たしたよ」
「それで、魔王の話は?」
「実は僕たちもわからなくて、謎だらけなんだよ。本当は僕たちの謎が解けたら君に伝えようかと思ってたんだけどね」
「そうだったのか……。それを先に言えよ」
「はは、ごめんごめん」
目の前でパチパチと燃え続ける炎を尻目に、俺は木々の間から見える星空を見上げた。
「……いつだったか憶えてないけどさ、こんな星空の下で寝転がりながら話したことってなかったか?」
俺がそう言うと、ジオはしばらく考え込むように唸る。
数秒後、思い出したかのように声を上げた。
「あったあった! あの時も確か魔界に乗り込む前じゃなかったかい?」
「そうそれ! キーラとアザレ――ナファセロも一緒にさ、皆で互いの夢を語ったよな」
「懐かしいなあ。確か、僕は世界中の宝を見つけ出す、だったかい?」
「ああ、ナファセロが最強の戦士。キーラが世界中の人々を救う旅に出る、だったな」
星空を見上げながら、あの頃の記憶を思い出す。
ナファセロもキーラも、語った夢には
誰よりも強い戦士として名を馳せたいだったり、傷ついた人たちを治したいだったり。
ジオだって、盗賊らしい夢を語っていた。
「そういえば、あの頃の君って今とはだいぶ違うね。夢を語った時だって、『夢? そんなものない。俺はただ魔王を倒したい。それだけだ』って言ってたし」
「おいやめろ。黒歴史を晒すんじゃない」
あの頃の俺は魔王を倒すってこと以外に意識を向けられなかった。
夢なんてみても、俺はどうせ死んでるって心のどこかで諦めをつけていた。
生きることに一生懸命になってなかったんだ。
ただ、勇者である自分に酔っていた。ゲーム感覚でこの世界を生きていた。
でも今は――。
「じゃあ、今の君の夢はなんだい?」
「……笑うなよ? 俺はな――」
その瞬間、茂みの向こうから鋭い何かが飛んできた。
何かは俺とジオの間を通り抜け、後ろの樹に突き刺さる。
「なんだ!?」
「アルヴェリオ、茂みの奥にいる! 見えるかい!?」
「――暗くて見えない! くそ……っ! 俺が突っ込むからお前は後ろを頼む!」
俺の言葉に、ジオは力強く頷く。
それを確認した俺は、長剣を引き抜いて辺りを警戒する。
微弱な殺気だろうと、逃さないように神経を集中させる。
次の瞬間、俺の左斜め前からの殺意を感じ取り、ノーモーションで跳び出した。
数は一、いや二か。
俺は敵から放たれた矢を切り落とし、懐に跳び込む。
そのまま長剣を振るい、矢を射ってきた敵を切りつけた。
確かな手応えを感じると同時に、敵が崩れ落ちるのを確認する。
もう一つの殺気のもとにも跳び出し、縦に切り裂いた。
「……ふう、終わったぞ!」
「こっちは問題ないよ、そっちはどうだい?」
俺は魔法光筒に魔力を込め、辺りを照らす。
照らされた先に、俺は信じられないものを見た。
「……こいつは、リザードソルジャー!?」
「――なんだって!?」
リザードソルジャーは、トカゲのような見た目を持つ魔物。
戦士のような恰好をしているのも特徴の一つだ。
でも、問題はそこじゃない。
この魔物は、普通魔界にしか生息していない。
こっちの世界で遭遇する事はあり得ないんだ。
「……枷が……枷がない……!?」
魔王に従う魔物には、皆身体のどこかに枷をつけている。
リザードソルジャーは魔王に従う魔物だから、枷が付いているはず。
それなのに、このリザードソルジャーには枷がついていなかった。
「一体、何がどうなってんだ……?」
何か、俺たちの知らないところで何かが起こっているのかもしれない。
そう思いながら、俺はリザードソルジャーの亡骸を見続けた。
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