六章 ”勇ましき者”と”魔の運命を受けし王”
第百六十二譚 二人だけの秘密
革命の日から数日が経ち、俺たちは今朝にキテラ王国を発った。
仲間も六人に増え、荷物などの事もあるため、二頭の馬と大きめな箱型の馬車を購入して北を目指していた。
因みに、金銭面に関しては心配いらない。
ビストラテアで貯めた貯金が残っているし、この数ヶ月の間にセレーネたちが稼いでくれたお金もある。
皆には頭が上がらないな、本当に。
余談ではあるけど、セレーネたちは数か月の間で第一級冒険者にまで昇格したらしい。
アザレアたちは第三級だったから想像できるけど、セレーネに関しては第六級からだ。
それなのにも関わらず、セレーネは短い期間で第一級まで昇格した。
自分の口では語らなかったが、セレーネは考えられないくらい頑張っていたとアザレアたちは語っていた。
元々頑張り屋であるセレーネだが、そこまで頑張ったのには理由があったんだろう。
恐らく、俺の行方を知るためだと思う。
冒険者の階級が上がると、受けられる依頼も多くなるし、開示される情報も多くなる。
受けられる依頼が多くなれば、俺の行方を知る人の依頼を受けることが出来るかもしれない可能性だってあるわけだし、開示される情報にだって俺の情報があるかもしれない。きっと、セレーネはそう思ったんだろう。
それだけ、俺の事を心配してくれたんだな、と思えるよ。
アザレアにジオ、シャッティだってそうだ。
アザレアとジオは金を稼ぐのに夢中になってたらいつの間にか昇格してただけだって言ってたけど、シャッティが教えてくれたんだ。
俺が戻ってきた時にいつでも旅立ちの準備が出来るように金を稼ぐ。俺の行方に関連するような情報があるかもしれない。
そう言っていたらしい。
本当に、どこまで優しい奴らなんだか。
魔界に行くための三つの道具だって持ってるしさ。俺の為に長剣まで用意してくれて。
感謝してもしきれないぐらいだ。
「主。そろそろ交代の時間だろう。夜風は体に障るから早く私と変われ」
馬車のカーテンから顔を覗かせたメリアが俺を気遣って声をかける。
「いや、まだ大丈夫。もう少し夜風に当たっていたいんだ」
首を横に振り、俺はそう答える。
メリアは無表情のまま目を細め、ずいっと近づく。
「いいから変われ。夕刻にセレーネと交代してから一度も休んでいないだろう」
「いや、でもだな……」
「私はもう充分休んだ。だからお前も少しは休め」
俺は半ば強引に馬車に戻され、メリアは馬車のカーテンを閉めた。
馬車の中では、アザレアとシャッティが横になって寝ていて、ジオとムルモアは脇にもたれ掛かりながら眠っていた。
しかし、セレーネだけは一人、荷の上に何かを乗せながら手を動かしていた。
「お、遅くまでお疲れ様でした」
「ああ。セレーネは何してるんだ?」
そう訊ねると、セレーネは慌てたように顔を俺の方に向けた。
「あ、は、はい。 日記を、付けていたのです」
「……? そっか、明かり点けなくても大丈夫か?」
「だ、大丈夫です! 皆さんが起きてしまいますし、それに……」
セレーネは両手で顔を隠すと、俺から顔を背ける。
俺は一度ため息を吐き、魔法光筒に魔力を込めた。
魔力を込めた魔法光筒から淡い光が放たれ、俺とセレーネの周りを照らす。
「これなら多少は見やすいだろ?」
そう言うと、セレーネは指と指の隙間から瞳を覗かせ、俺と視線をあわせて首を横に振った。
「……まだ何か不満でも?」
「……その、顔が……くて……」
「顔? 顔がどうかしたのか?」
もしかしたらどこか悪いのではないか。そう思った矢先、セレーネから発せられた言葉は思いもよらないものだった。
「……きっと今、顔が赤いので……その、恥ずかしくて見せられません……」
「……へ?」
「で、ですから……その、アル様を変に意識してしまって、ですね……」
その言葉を聞いた瞬間、それが何だかおかしくてクスッと笑ってしまった。
「な、何故笑うのですか……!」
「悪かったって、そう叩くなよ」
「もう、知りません! ――ふふっ」
俺に釣られてなのか、セレーネも笑みを浮かべる。
「あの日からお前の態度が急に変わるもんだから驚いてたけど、今は随分とマシになったんじゃないか?」
「ふふっ、そうですね。私自身、誰かに恋をするなど初めてで……一人の女として誰かを愛するという事も初めてだったものですから。どう接していいのかすらわかりませんでしたからね」
そう。セレーネの想いを知った日から、彼女の態度は急変した。
俺に対してぎこちなくなったというのが正しいだろう。まあ、俺もなんだが。
勿論、急に変わった俺たちを見た奴らが気付かないはずも無く、何があったのかとしつこく問い質してきた。
何とか隠し通せたが、後になってバレた時が恐ろしい気がする。特にムルモア。
あの時と比べたら、随分とマシになったものだ。
「……ですが、良いものですね。誰かを愛せるという事は……」
「あ、ああ。なんというか、知ってても面と向かって言われると恥ずかしいな」
「ふふっ、不意打ちですっ」
そう言って、悪戯っぽく笑うセレーネ。
その姿を見て、俺は改めて感じた。
「俺が言うのもなんだけどさ……やっぱり、その服の方が良いな」
今、セレーネが着ている服はシスター時の服ではなく、俺が渡した僧侶用のローブ。
再会当時は着ていなかったけど、あの日を境に着るようになっていた。
「決めていたのです。この服は、貴方ともう一度話をするまでは着ない、と。伝えていませんでしたが、アル様にこの服を頂いた時、本当に嬉しかったのですよ? それはもう宝物と思えるほど、堪らなく嬉しかったのです」
こう言われると、贈った本人としては嬉しく思うな。
そんなに喜んでくれていたなんて少し驚きだけど。
「あの、アル様。一つ、お願いがあるのですが……聞いていただけませんか?」
「別にいいけど、どうしたんだ?」
セレーネは懐から銀色の髪飾りを取り出すと、俺の目の前に差し出した。
「これを、私に付けていただけませんか? アル様の手で、付けていただきたいのです」
その髪飾りは、俺が僧侶用のローブと共に渡した髪飾り。
ごく普通の髪飾りだけど、俺たちにとっては特別な――思い出の髪飾り。
「……ああ。わかった」
俺はセレーネから髪飾りを受け取ると、そっと彼女の髪に手を伸ばし、髪飾りを付けた。
「ありがとうございます、アル様……!」
「まったく、変な奴だな……」
優しく微笑んだ彼女を見て、俺の想いがより強くなる。
絶対に失わせやしない。
仲間たちの命を。大切な人たちの命を。
そして、彼女の笑顔を――俺は絶対に守りぬく。
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