第百四十七譚 出口を目指して


「あった! これだ!」


 目を覚ました場所の付近まで戻ってきた俺たちは、手探りで魔法光筒を探していた。

 ムルモアの言う通り、見た事があるような形状をした物や一切知らないガラクタなんかも出てきたり、本当にここはガラクタ置場となっているようだ。


 探し始めて数分。俺が手にしたのはボロボロの筒。

 今の魔法光筒とは形状が違うが、多分古いタイプの物だろう。


「貸して見せろ。……ふむ、これは一世代前の魔法光筒であるな。これならば魔力を込めるだけで明かりが灯るはずだ」


 ムルモアからそれを受け取ると、軽く握りながら魔力を込めた。

 すると、手にしていた筒が淡く輝き始め、辺りを照らした。


 その光は、俺が知っている魔法光筒と比べると随分微弱なものだが、無いよりはましだろう。


「よし、これで明かりは確保できたな。俺たちの周りだけでも照らせれば充分だろ」

「うむ、では先を急ぐとしよう。この水路から王城内のとある場所に侵入できる避難通路がある。そこを目指すとしよう」

「じゃあ道案内お願いしてもいいか? 俺じゃあ場所がわからないからさ」

「元よりそのつもりだ。我に着いて来い」


 ムルモアはそう言うと、ガラクタを踏みつけながら走り出す。

 俺も後ろから追うように走る。


 魔法光筒があるおかげで、先程みたいに壁伝いに歩かなくてもいい分、楽に進める。

 ただ、明かりで辺りが見えるようになった途端に、俺の不安は増大した。


 この場所は狭い。

 人が一人通れる通路に、その脇の水路も同じぐらいの幅。

 高さは天井が見えないほど。


 暗く狭い場所にトラウマを持つ者の記憶を呼び覚ますには丁度いい場所だよ、ここは。

 

 いや、まだそうとは決まったわけじゃない。

 あくまでも俺の推察だ。

 俺の勘違いかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


 できれば、勘違いであってほしいと願うばかりだけど……。


「――訊きそびれていた。セレーネは今どこにいる?」

「……悪い、それは俺にもわからないんだ」

「何?」

「俺はあの戦争の時、ギルヴァンスと一緒に崖から落ちたんだ。意識を取り戻したのもつい最近でさ、気が付いたらキテラ大森林で、知らない間に黒妖精に命を救われてたんだ」

「……やはり、か。我らが撤退し始める頃、セレーネが泣いていたのを見た時まさかとは思っていたが……そういう事情ならば仕方がないであろうな」


 俺は「すまない」と一言謝る。

 そして、今のムルモアの発言でようやく確信が持てた。


「我ら、ってことはやっぱり今まで俺たちが戦ってきたのって――お前らだったんだな」


 俺の言葉に、ムルモアは何も言わずに黙って頷いた。


「この国は聖王とも繋がってるんだろ? だから他の四ヵ国が八皇竜に襲われた時もこの国は襲われなかったし、戦争にもキテラ王国として参加しなかった。そうだろ?」

「既に悟られていたとはな。だが、我らは王に従ったまで。詳細は知らぬ」

「でもお前は王に逆らって牢送り、って訳か。もしかして、あの時の停戦が不味かったのか?」

「それもあるであろうな。だが、我は王に問い訊ねたのだ。これは正しい事なのかとな。その結果が牢であるとは可笑しな話であろう」


 ムルモアの笑い声が響く。

 それに釣られ、俺も笑みを浮かべた。


「お前もそんな風に笑うんだな」

「ふっ、我も人の子よ。愉快な時は笑い声ぐらい上げるであろう」

「それもそうだな。なんか親近感湧いてきたぜ」

「どういう意味かはわからぬが、我も貴様がどのような男か少しばかりわかってきたぞ」

「おっ、やっと俺の魅力に気付いたか」

「貴様が変人だという事は充分に理解しているぞ」

「お前の好感度一気に下がったからな! 憶えとけよ!」


 そして、またムルモアと俺は笑い声を上げる。

 敵だった者とこうして笑い合える世の中になればいいな、なんて想いが強くなった気がした。


 だが、その時。


「こっちだ! ここに侵入者がいるぞ!」


 知らない男の声。

 おそらくキテラ王国の兵士だろう。


「見つかったのか!?」

「……いや、待つのだ。一つ向こうの通路から聞こえるぞ。壁に耳を当ててみるのだ」


 俺はムルモアの言う通りに、壁に耳を当てる。


 確かに、向こう側から声が聞こえて来ていた。

 なら一体誰の事を侵入者だって――まさか。


「白髪……? おい、この女、黒妖精じゃねえか。ちょっとツラ見せてみな」

「おお……! 中々上物っすね。ん? なんかこいつ震えて泣いてやがりますよ!」


 俺は壁に手を当て、頭の中でイメージしながら大量の魔力を送り込んだ。


「この女差し出す前に一発やって――」


 壁に空いた穴を通り、兵士の一人を背後から襲う。

 腕の骨を折り、流れる水の中へと投げ飛ばした。


「ひっ! し、侵にゅ――!」


 もう一人の兵士は助けを呼ぶために声を上げようとするが、ムルモアによって地面に勢いよく叩きつけられる。


「あ、あぁ……」

「大丈夫、もう心配いらないからな。立てるか? プルメリアさん」


 怯えた表情で震えていたプルメリアさんに、そっと手を差し出す。

 プルメリアさんは、差し出された手と俺の顔を見比べ、小さく頷きながらその手を取った。


「……すま、ない。迷惑を……かけた」

「いいや、全然問題ないさ」

「その者が貴様の話していた仲間か?」

「ああ、俺の命の恩人だよ」


 俺の言葉に、ムルモアは顔をしかませた。


「その黒妖精が、か? そのように気弱な者が貴様の命の恩人であると?」

「普段はこんなんじゃないんだよ。この場所だから、こんな感じになっちゃってるだけなんだ」

「…………」


 俺は濡れたプルメリアさんに上着を着せ、目の前で背を向けてしゃがんだ。

 その時、プルメリアさんのか細く驚く声が聞こえてきた。


「おぶって行くよ。ほら、背に掴まってくれ」

「何? 貴様本気で言っているのか? そのような事せずとも歩かせれば――」

「いいから。ほら、プルメリアさん。早く掴まれ」

「……あ、ああ……」


 驚くほどすんなりと背に掴まるプルメリアさん。

 今までの彼女からは考えられないけど、これで俺の推察が正しいって可能性が上がった。


「ごめんな。多分、これからツラい事を思い出させちゃうかもしれない。できればでいいんだ、質問に答えてくれないか?」


 プルメリアさんの身体は未だに震えている。

 それが怯えから来るものか、寒さから来るものかは次の質問で明らかになる。


「プルメリアさんってさ、奴隷・・だったんだろ? キテラ王国の」


 俺の肩を掴む手にグッと力が込められる。

 身体の震えは、止まらない。


「……そう、だ。私は、数年前まで……奴隷、だった……」


 プルメリアさんの言葉が、悲しげに響いた。






□――――キテラス大陸:キテラス街道






 セレーネたちが無事に瑠璃の神殿を攻略してから五日。

 彼女たちはキテラス街道にて休息をとっていた。


「これでようやく三つ集まったね」

「はい。後はアル様だけですね……」


 グラジオラスの言葉に、セレーネが悲しそうに話した。


「そんな暗い顔しなくても大丈夫よ、アイツもそう簡単にはくたばってないでしょうし。もしかしたら案外近くにいるのかもしれないわよ?」

「まっさかー! アザレー、流石に近くに来てるなんてことはないよー! この大陸に渡る手段がないし!」

「ふふん、シャール。アンタ馬鹿ね。この大陸に流れ着いたかもしれないでしょう?」

「それこそあり得ない話だよ。ドフタリア大陸からここまで流されてるのなら普通死ぬ――」


 その瞬間、グラジオラスの言葉を遮る爆発音が四人の耳に届く。


 その場に居る全員が爆発音のした方向を向く。

 彼女たちの視線の先には、赤く燃え上がる巨大な黒雲が空高く舞い上がっていた。


「何ですか、今の爆発音は……」

「みんな、キテラ王国だよ! キテラ王国が燃えてるよ!」

「なんだって!?」


 彼女たちは休息を止め、すぐさまキテラ王国目指して駆けだした。

 

 これは、キテラ王国第一王子であるロベルトによる革命作戦が開始した合図。

 その爆発は、彼女たちの耳にも届いていたのだった――。

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