第百四十六譚 共闘作戦


 声がするほうに足を向ける。

 俺はゆっくりと、その声の主に近づいていった。


「ムルモア……なのか?」

「ああ……、そうだ。我だ」


 確かに、この声はムルモアのものと似ている。

 どこかで聞いた事があるような声だと思ったら、まさかムルモアだったなんて。


 少し声に力が無いと言うか、弱々しいのが気になるけど……。


「どうしてお前がここに――」


 その時、俺の視界に柵のような物が映る。

 恐る恐るそれに触れてみると、ひんやりとした硬く冷たい感触が指を伝った。


「これ……鉄格子か!?」

「その通り……ここは国王に逆らった者が送られる死の場所。外壁地下の水路に造られた牢屋だ」


 やっぱりここは水路だったのか。

 いや、そうじゃなくて、こいつ今……。


「国王に逆らったって、どういうことだよ?」

「……貴様には関係のない事だ。早々に立ちされ」

「そんなこと言われても無理だろ。帰り道分からないんだし」

「……いや、待て。そうだ、貴様何故ここに居る? どうしてこのような場所に来ているのだ?」

「好き好んでこんな場所に来るわけないだろ。落とされたんだよ、お前らの仲間にな」

「落とされた、だと? まさか貴様、城に侵入したのか!?」


 ムルモアの声が響く。

 だが、その声に以前のような力強さは残っていなかった。


「ああ、したよ。ロベルトと一緒にな」

「ロベルト……!? 王子と共に!? まさか王子はあの作戦を実行する気ではあるまいな!?」


 段々と声に力強さが戻ってくる。

 こいつはロベルトの作戦を知ってるのか? だとするならムルモアは敵じゃないって事に……いや、元からコイツは敵じゃないんだっけ。


 セレーネを守ってくれてたみたいだしな。

 それに国王に逆らったってのも引っ掛かるし。


「……もうロベルトの作戦は始まってる。落とされてどのくらい時間が経っているかわからないけど、恐らく既に王城には侵入しているはずだ」


 俺の言葉の後、地面を叩く音が鈍く響く。


「止めねば……! あの御方にそれ・・は重すぎる……!」


 ジャラ、という金属音が聴こえる。

 それと同時に、唸るような声も俺の耳に届いた。


「……お前、繋がれてるのか?」

「こんなもの我一人の力でどうとでもなる……!」

「――“実幻リアライズ”」


 俺は鉄格子に触れ、魔力を送り込んだ。

 この国全体の、となると流石に魔力消費が激しすぎるが、ここ一角――狭い水路であれば話は別だ。


「なに……っ!?」


 鉄格子に、綺麗な丸型の穴が開く。

 ムルモアぐらいのサイズでも充分出られるような大き目の穴。


「貴様、何時の間にこのような魔法を……! 穴を空ける魔法など……!」

「まあ、空けたというか穴を創っただけなんだけどな」

「創る、だと……?」

「細かい事は気にすんな。とにかく、今からその鎖を破壊する」


 実幻は持続よりも創り出すときに大量の魔力を消費する。

 婆さんが言うには、俺の魔力でも創り出す限界は一日三回が限度だと。

 今日分の二回を消費するんだ。ありがたく思ってほしいものだね!


「“実幻リアライズ”」


 その瞬間、ムルモアの足に繋がれていた鎖が音を立てて千切れる。


「よし、これで完了」

「……すまぬな」

「いいさ、気にするなよ」


 これでも、俺はムルモアに感謝してるんだ。


 セレーネの話からしても、こいつはずっと守ってくれてたんだ。エネレスを――セレーネを。

 多分、この数か月間。セレーネがエネレスに戻っていた時間、ムルモアはずっと盾になっていたんだと思う。


 正体がバレないように。危害をくわえられないように。

 そして、エネレスを殺してくれる誰かを待っていたんだと思う。


 そうでなければ、あの時、エネレスの所に向かわせてなんてくれなかったはずだから。


「ひとまず、ここは共闘といこうぜ。俺もお前もロベルトに用がある。まあ、最終目的は違うかもしれないけど、ある程度利害は一致してるだろ?」

「ふむ、わかった。その案承ったぞ」

「よし。実はもう一人、一緒に落ちてきた奴がいるんだけど、道中そいつを探しながらでいいか?」

「それはエネ――セレーネなのか!?」

「いいや、違う。セレーネたちはこの国にいない。俺だけだ」

「……何か事情があるのだな。わかった、それで構わん」


 ムルモアが牢屋から出たのを確認し、持続させていた実幻を解く。

 牢屋に空いた穴は一瞬で塞がり、牢屋の外まで飛んでいた鎖の破片も全て元に戻った。


 それを見たムルモアは唖然としていたが、説明している時間も無かったため、さらっと軽く教えてその場を立ち去った。


「明かりってどこかに無いのか?」


 壁に沿いながら、俺はムルモアに問いかけた。


「残念だがないであろうな。見回りに来る兵が魔法光筒を持ってくる他は何もない」

「見回りの兵、か。襲撃を受けて兵士がここを見回る可能性は低いよな」

「左様。もし王子の作戦が始まっているのであれば、見回りなど来ぬであろう」


 どうしたものか。

 流石に、魔法光筒を実幻で創り出すのは難しい。

 

 実幻は、頭の中で正確なイメージを作らなければ、形にすることが出来ない。

 長剣などはよく見てるから、なんとか創り出すことはできる。

 穴を空けることだって、頭の中で穴が空いたイメージをするだけだから簡単にできる。


 だけど、魔法光筒になると話は別だ。

 炎とかも、形がはっきりとしていないもの……つまり形が変わるものは創り出せない。

 水とか、風とか。動く物は基本的に駄目だ。


 だから、魔法光筒を創り上げようとしているんだけど、構造もよく知らないから創れないし、よく考えてみたらあと一回しか創りだせないから慎重に使わないといけないんだ。


「――そういえば、ここは昔使われなくなった魔法具などの処理施設になっていたと聞いた事がある……。今も処理されていないのであれば、古い魔法光筒ならばあるいは……」

「つまりガラクタ置場……、待てよ? という事は、俺が途中歩きづらかった場所って……魔法具が捨てられてた場所だったってことか!」

「何? であればそこへ向かうとしよう。魔法光筒が見つかるかもしらぬからな」


 俺たちは足元に気を付けながら、俺が目を覚ました場所辺りを目指した。






□――――???






 暗く、視界の悪い闇の中。

 一人の女が蹲って肩を震わせていた。


「嫌、だ……。もう、暗いのは、嫌……」


 その声は、雫が落ちる音にかき消されて闇の中へと消えた。

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