第百四十八譚 初めて見せた笑み


 今より昔――魔王が世界を脅かしていた時代。

 黒妖精の一人の少女は、色々な物に興味を抱いていた。


 黒妖精の村が在る森の中しか知らなかった少女は、まず森の外に興味を示した。

 少女にとって未知の世界であった森の外は、少女の心を惹きつけるのに数秒といらなかった。


 見渡す限りの青い空。眩しいと感じるほどの陽の光。身体に当たる心地よい風。そして、広大な大地。


 それらが少女の心を惹きつけた。

 この先には何があるんだろう。何が待ってるんだろう。

 そう胸躍らせた。


 少女は家族の目を盗んでは、森の外へと冒険に出かけていた。

 行く度に新しい発見がある外の世界は、少女をどんどん惹きつけていった。


 そんなある日、少女は人間族を見かける。

 元々好奇心が旺盛だった少女は、初めて見る人間族にも興味を抱いた。


 だから、近づいた。

 それが奴隷商の一団だと気づかずに。

 

 私は・・、そうして捕まり、奴隷となった。






□――――キテラス大陸:キテラス王国:地下水路【アルヴェリオside】






「……そう、だ。私は、数年前まで……奴隷、だった……」

「……やっぱり、か」


 もしかしたらそうじゃないか、って考え始めたのはつい最近だった。


 キテラス王国に今尚存在する奴隷制度。シルヴィアから聞いた奴隷商の話。プルメリアさんに触れた時の反応。彼女の人間に向ける殺意。そして、恐怖に怯え。


 これらから考えた結果、元奴隷だって結論がしっくり来ていた。


 勿論、絶対にそうだなんて確証はなかった。あくまで推察だから。

 でも、さっきの兵士に対する反応といい、今の状況。

 それでようやくはっきりしたんだ。


「次の角を左、そのまま突き当りまで進み右へ曲がるのだ」

「はいよ」


 ムルモアの指示に従い、俺は通路を進んでいく。

 

「……今から六十年程度前。私はこの国の貴族と呼ばれる人間の奴隷として売られた……」

「六十年って……まだ魔王がいた時代じゃねえか」

「……その頃の私に魔王なんてどうでもよかった。ただ皆のもとへ帰りたかったんだ……」


 プルメリアさんの弱々しい声が耳に届く。

 今までのプルメリアさんからは想像できないぐらい弱々しく小さい声だ。


「その人間には他にも多数の奴隷がいた。男は種族問わずに労働を強いられ、若い女は奴の寝所で夜な夜な泣かされていた……」

「……典型的だな。貴族ってそういう奴らが大半だよ」

「……買われたばかりの私に良くしてくれていた人間の女も、寝所に連れていかれた次の日には酷い有様だったんだ。顔には殴られたような痣、体には無数の傷跡。彼女自身も狂ってしまっていた」

「…………」

「彼女は数日後に消えた。捨てられたのか、死んだのか……それすらわからなかった」


 プルメリアさんの話を聞いている内に、自然と怒りがこみ上げてきた。

 そういう事をする奴が本当にいるってだけで、反吐が出る。


 人を玩具のように扱って、最後は飽きたら捨てる。

 人の命を何だと思ってるんだ。


「ふむ……恐らくその男はラングフォード家のサイモンであろう。あの男は奴隷の扱いが非道だと有名であるからな」


 ムルモアが唸りながら言葉を発した。

 言い方から察するに、ムルモアもサイモンという男には思う所があるらしい。


「その男は……今もこの王国にいるのか? 未だ、奴隷に非道の限りを尽くしているのか……?」

「奴自身は生きて居るが、既に年老いて奴隷をいたぶるどころではないであろうな」

「……そう、か。生きているのか……」


 プルメリアさんの手に力が込められる。

 先程よりかは体の震えは治まったが、今も尚微かに震えている。


 これはその男に対する怒りか、それとも恐怖なのか……。


「暗くて狭い所が駄目なのも、そのサイモンって奴が関係してるんだろ?」

「……私は反抗的だったからな。倉庫のような狭い場所に長い時間閉じ込められていた記憶がある……。だから、暗くて狭い場所で独りになると、上手く体が動かせなくなる……。明かりさえあれば別なのだがな……」

「だから、森の地下道みたいなところでは平気だったのか……」


 暗い場所にトラウマがあると考えた場合、一つだけ矛盾していたことがあった。

 

 俺とプルメリアさんがミラニダレを採りに行った際、暗くて狭い地下道を通っていたんだ。

 そこだけが引っ掛かっていたんだけど、明かりと俺がいたから平気だったという事に納得した。


 だから、プルメリアさんはいつも松明を持ち歩いているのかもしれない。


「でも、一体どうやって逃げ出したんだ?」

「私が閉じ込められて暫くしたある日、一人の魔導士によって奴の家の奴隷たちは全員逃がされた。だから、私は村に帰ることが出来たんだ」

「そうだったのか……。その魔導士って誰かはわかってるのか?」

「いや、わからない。逃げることに必死で名前を聞く事すら忘れてしまっていたからな……。あの魔導士には感謝してもしきれない」

「話の途中で悪いのだが、次の曲がり角で右。そのまま真っ直ぐ進むと梯子がある。そこを登れば王城だ」


 ムルモアの道案内のおかげで、俺たちは無事に梯子の下に辿り着く事が出来た。

 

 梯子は遥か上まで続いていて、見ているだけで気分が悪くなる。

 だけど、ここを登らなければ先に進めない。ロベルトたちと合流するためにも、早くここを登らないと――。


 梯子を上り始めてすぐ、プルメリアさんが小さな声で俺に問いかけてきた。


「……お前とロベルトとかいう人間……。奴隷制度を失くすと言っていたが、本当にそんな事が出来るのか……? 奴隷にならずに済むのか……?」


 震えていた。

 身体も、声も。


 ロベルトの話は、言ってしまえば理想論だ。

 王を殺し、ロベルト自らが王となって国を統治するのは、生半可なものじゃない。

 死にもの狂いでやっても、上手くいくかどうか。


 でも、今すぐじゃなくても、いつか近い未来。必ず奴隷なんてものが無くなる時代が来る。

 その時代に少しでも近づけるなら、俺はロベルトの力になろう。

 そして――。


「絶対に、とは言えないけどな。あくまで夢物語。理想だ」

「……結局、人間は口先――」

「でもな、大丈夫だ」

「なっ……」


 プルメリアさんが不意を突かれたような声を上げる。


「夢や理想を実現させるのが勇者ってもんだろ? 俺が絶対に奴隷制度を失くしてやる。黒妖精が陽の光を浴びて他の種族と同じように暮らせるような世界にしてやる」

「…………!!」

「いや、流石にそれは俺の力だけじゃ無理か! そこはロベルトが国王になってから話し合うしかないな。でも、約束する。もう黒妖精を奴隷になんてさせない。絶対にだ」

「……お前は、やっぱり不思議な人間だな……」


 俺は梯子を上る手に力を込める。

 いざ言葉にしてみると、俄然やる気が出てくる。


 よし、さっさとこの国を変える手伝いを終わらせるとしようか!


「…………ありがとう」


 背後から突然聞こえたその言葉は、俺の心に深く響いた。


「……まだそれは早いって」

「それもそうだ。……ふふっ」


 その笑い声は、小さくも確かに俺の耳に届いた。

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