第百四十三譚 芽生えた友情


 採ってきた山菜などを調理し、夕食を済ませた俺たちは、それぞれのテントに入っていった。


 男と女別々のテントで分けたが、プルメリアさんは外で寝るらしく、テントを分ける必要がなかったんじゃないかと思う。

 婆さんと一つ屋根の下だろうと何も感じないからな。


 魔法光筒に魔力を流し、テントの中にうっすらと明かりが灯る。


 俺は持って来た荷物を背に、頭上を見上げた。

 そんな時、ロベルトさんが俺に声をかけてくる。


「アルヴェリオ君。たしかキミは漂流者なんだったね。良ければキミの話を聞かせてほしいんだけど、どうかな」

「特に面白い話も無いですけど、それでいいなら話しますよ」


 そう言って、俺は自分自身と、仲間たちとの思い出を語った。


 炎竜討伐戦の話。エルフィリム防衛の話。ビストラテアでの武闘大会の話。ドフタリア大陸で行われた戦争の話。


 何気ない日常の話もしたし、仲間たちの事についても話をした。


「随分と個性的な人たちなんだね、キミの仲間たちは」


 腹を抱えながら、顔に笑みを浮かべるロベルトさん。


「でしょう? 真顔で言うんですよ、そいつ。『私、神など信じてませんので』って。そんなシスター聞いたことあります?」

「いいや、私も初めて聞くよ。それに妖精族のアザレア王女がそのような人物だったなんて思いもしなかったよ」

「あれは根っからの筋肉です。何も考えずに突っ走るのがアザレアなんですよ」


 流石に、アザレアたちと旅をしているなんて話した時はもの凄く驚かれたけど、ロベルトさんはどこか羨ましそうな顔をしていた。


 話をし続けていると、ロベルトさんがどういう人物なのかっていうのが、少しづつだけど見えてくる。


 彼は、とても真面目だ。同じ王族の王位継承者であるアザレアとは正反対に。

 ロベルトさんは、この国のより良い未来のために必死に頑張っているのだと思う。


「少し、アザレア王女が羨ましいね。自由な感じが、とても……」

「羨ましい?」

「……俺――私は、幼い頃から国の指導者としての勉学を教わってきた。自由に外に出る時間すら与えられなかったさ。窓の外を眺めると、同じぐらいの子供たちが楽しそうに遊んでいるのを見て、とても羨ましく思っていたことを憶えているよ」


 懐かしむように語ってくれたロベルトさんの目は、どこか寂しげだった。


「だから、って訳でもないんだけど。私は身分を気にしないような国をつくりたいと思っているんだ。王族も、貴族も、平民も関係なく暮らせる国を」


 ロベルトさんは、生き生きと楽しそうに語った。


 その考えは素晴らしいと思う。誰もが平等な国をつくりたいと思う心は、凄く良いと思う。


 でも、そう簡単にいくはずがない。

 必ず反発の声が上がるだろう。それも大勢からの、特に貴族の奴らから。


「考えは素敵だと思います。でも、どれだけ険しい道のりかわかって言ってますか?」


 奴隷制が存在するこの国で、身分という概念を失くすというのは、奴隷も平等になるという事。

 奴隷を扱っていた貴族たちが、奴隷を使役できないことに不安の声を上げるはずだ。


 国民に全てを理解させるまで、どれだけの時間がかかるかわかったもんじゃない。


「勿論、理解はしている。反対意見も多く出るだろう。それでも、私は成し遂げたい……誰もが平等に笑って暮らせる国を。その為にも、まずは奴隷制の撤廃が必要なんだ」

「だから、国王を殺して今の政権を変える……ってことですか」

「その通りだよ。きっと、それをしてしまえば私は最悪の王子として歴史に名を残すことになるだろうさ。しかし、それで未来のキテラ王国の民が幸福になるのなら、私は喜んで泥を被ろう」


 真っ直ぐだ。

 彼の目は、嘘をついているような目じゃなかった。


 本気で、国を変えようと。その為ならどんな罪を犯そうが構わないと言ってるんだ。

 

「キミは確か、王都トゥルニカで“再誕の勇者”と呼ばれているらしいね。きっと、この作戦に参加してしまえば汚名を着せられることになるかもしれない。だから、キミはキテラ王国に着いたら船でどこかに向かうといいよ。一隻ぐらいなら私に用意できるはずだから」

「いや、参加しますよ。勿論」

「いやしかし、もしキミが加担していると知れたら、その二つ名に傷が――」

「確かに、傷がつくかもしれませんね。でも構いませんよ。今のロベルトさんの話を聞いて、俺も力になりたいと思ったんです。まあ、俺の目的からは少しだけ遠ざかっちゃいますけど、そこは後で何とかなると思うので」


 俺の言葉に、ロベルトさんは口をポカンと開けて驚いている様子。

 

 俺の目的の中に、勇者という存在を復活させるというものがある。

 勇者という存在が全人類に認められなくなってしまったこの世界に、再び勇者という希望を誕生させるため、ここまで頑張ってきた。

 勇者が国王暗殺に加担していた、なんて知れたら信用は落ちるだろうな。


 でも、もしその国王が暴君だったとしたら?

 勇者が民を救った、という事実に変わるんじゃないか? 変わらない? そうですか。


「まあ、どのみち国王には会って確かめなきゃいけない事があるので、来るなと言われても行きますよ、俺は。それに――友達を助けるのは、俺にとって当たり前のことですからね」

「友達? もしかして誰かが捕まって――」

「違いますって。ロベルトさん、あなたのことですよ」

「……俺かい?」


 驚愕の表情を浮かべるロベルトさん。

 しかし、数秒と経たずに、彼は不器用に笑った。


「不思議な奴だな、キミは」


 そう言って、ロベルトさんは左手を差し出してきた。

 俺はその左手をとり、固く握手を交わした。


「私――いいや、俺はロベルト。よろしく頼むよ、アルヴェリオ君」

「ああ、よろしく。ロベルト」


 その後も会話は弾み、気付けば夜が明けていた。

 

 それから数日後。

 俺たちはキテラ王国に到着した。

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