第百四十二譚 今やるべき事
「どういう、事だよ……ッ!?」
「言葉通りの意味だ。我は勇者の魔法によって魂を消滅させられるはずだった。だが、我の魂はこうして人間の体を依り代に生きながらえてしまっている」
「ちょ、ちょっと待ってくれないかい!? 魔王、あなたと会う前に僕たちは『女神アディヌ』に会い、その魔法について説明されたけど、魂を糧に魂を消滅させるなんて聞いてないぞ!」
「……アディヌ――アクリゥディヌの者が崇める神か。しかし事実だ。そのアディヌとやらと何を話したのかは知らぬが、その魔法は元々我々魔族に伝わる滅された魔法。既にこの世に存在しない魔法だ」
魔王の言葉に、アザレアさんたちが驚愕の表情を浮かべる。
それに対し、私はこの会話に入れずにいた。
アクリゥディヌとはアクリゥディヌ神教のことで間違いないだろう。
女神アディヌは、アクリゥディヌ神教が崇めていると言われる女神だと聞いた事があるが、アル様たちが過去に会っていたとは知らなかった。
いや、それ以前に実在していた事についても全く知らなかった。
私は、一切神という存在を信じていない。
人々が信仰している神々の事も、捏造だと思っていた。
だから、シスターをしていた頃も、純潔の誓いを立てなかったし、ウィンブルとベールだって被らなかった。
まさか実在しているとは思いもしなかったから。
「ああッ、もうわけわかんねえよ! 何がどうなってんだよッ!!」
「アザレー……!」
アザレアさんのもとに向かおうとするシャールさんの袖を引っ張り、首を横に振ってそれを止める。
アザレアさんたちが理解できないものを、つい最近知り合った私とシャールさんが理解するのは多分困難だ。
……黙って見ているしか、ない。
「……わからないものはわからないんだ。ここで無理に考える必要はないと思うよ。この話をするのにも、アルヴェリオがいないと意味がないからね。今は僕たちが出来る事をしていよう」
「では我は行く。もう会う事はないだろう、さらばだ」
魔王はその言葉を残して立ち去っていく。
しかし、アザレアさんがその背目掛けて跳びかかろうとしていた。
「このまま逃がして堪るかッ! あの時の仇ッ!!」
「止めるんだ、アザレア!」
ジオさんの言葉で、アザレアさんの動きが止まる。
アザレアさんは悔しそうにこちらを見ながら、拳を力強く握りしめた。
「僕だって悔しくないわけじゃない。でも、いつまでも過去に囚われていたら進もうにも進めないじゃないか……。今、僕たちがするべき事はたった一つ。アルヴェリオを探しながら、魔界に向かう為の道具を集める事だよ」
「わかってんだよ……! そんなことぐらい……!」
目を瞑り、一度深呼吸をして呼吸を整えたアザレアさんは、拳から力を抜いた。
「ごめんなさいね、アタシはもう大丈夫だからさっさと行きましょ」
その言葉に、私以外の二人が頷く。
「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」
私は片手を小さく上げて、歩き出そうとする三人を引き留めた。
瑠璃の神殿に向かう前に、一度確認しておきたい事があったためだ。
確認というよりかは、引っ掛かった点を聞きたかっただけだが。
「どうしたの、セレちゃん?」
「先程、アル様が使用した魔法は魂を糧に対象の魂を滅すると、魔王はそう言いましたが……。だとしたら何故アル様の魂は消滅せずにいるのでしょうか?」
もし、魔王の話した事が事実ならばアル様と魔王、二人の魂が別の者の身体に転生しているのはおかしいと思う。
「一体どちらの話が正しくて、どちらが間違っているのでしょうか……?」
□――――キテラス大陸:キテラ大森林【アルヴェリオside】
「今日の所はここで休息をとりましょう。急ぎずぎるのも良くはないのでね」
ロベルトさんが俺たちに声をかける。
婆さんの話によると、キテラ大森林から王国まで、徒歩だと最短でも十日はかかるという。
ロベルトさんの計画を実行するのであれば、急いだほうが良いだろう。
しかし、ロベルトさんは爽やかな笑顔で。
「計画の事は心配いりません。四万の兵が国を発ったのがおよそ十日前。国に戻ってくるまでは最低でも一月はかかるはずなので、猶予はあります」
「そうかい、なら言葉に甘えさせてもらおうかね。婆にもなると腰の負担が凄くてね」
「私は辺りの様子を探ってくる。シルヴィアたちは先に休んでおくといい」
各々が野営の準備を始める中、俺は夜食の食材を探しに皆と離れた。
森の中に生えるキノコやら草、果実などを即興で作り上げた籠の中に詰め込んでいく。
リヴェリアの時に学んだサバイバル術がこういう時に役立つ。
あの頃は俺とジウノスがテント張ったりとかして、ナファセロが狩り、キーラが食事担当だったっけな。
ナファセロが見るからに不味そうな物拾ってきても、キーラが美味しく料理してくれていた事を思い出す。
ジウノスはよく見回りに出て、ナファセロが真っ先に眠りにつく。
キーラは暇を見つけると、その日にあった出来事を手紙に書いていたっけな。
故郷に残してきた家族に向けて書いていたと言っていたような憶えがある。
特に妹のことは嬉しそうに語ってくれていた。
「……懐かしいな」
思わず口に出していた。
いくら願っても、もう二度とあの時には戻れない。どれだけ後悔していようとも、過去には戻れないんだ。
それでも、今の俺には現在の仲間がいる。
いつまでも過去を想うより、今この瞬間を精一杯歩いてかなきゃいけないんだ。
「よし、とにかく食材を探すか!」
「元気が良いな。お前は」
俺が元気いっぱいに声を上げると、頭上から何かが降りてきた。
俺の目の前に降り立った黒妖精は、いつものように無表情で話しかけてきた。
「食材は見つかったのか?」
「ああ。結構集まったぜ、プルメリアさん」
「そうか。ならもう戻れ。私はもう少し見回りを続ける」
「……ちょっと待って!」
俺に背を向け、樹の上に飛び乗ろうとしたプルメリアさんを引き留める。
プルメリアさんは、無表情ながらどこか不満げにこちらを向いた。
「聞きたい事があってさ」
「なんだ」
「プルメリアさんの過去に何があったのか、気になって。あ、いや話したくないならいいんだ」
「そうか。なら話す必要はない。お前には関係のない話だ」
そう話し、今度こそプルメリアさんは樹の上に飛び乗って姿を消した。
教えてもらえるとは思ってなかったけど、ここまで壁を感じるとも思ってなかった。
命の恩人である彼女の力に少しでもなれればと思ってたんだけどな。
シルヴィアの婆さんなら何か知ってるかもしれない。
プルメリアさんには申し訳ないけど、後で少し聞いてみるとしよう。
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