第百四十一譚 エゴ・イプセ・サクリフィキウム
「どうしてテメエが生きてんだよ!? ――魔王!」
アザレアさんの言葉に、この場が静まり返る。
魔王と呼ばれた男性はゆっくりとこちらに振り向き、無表情で私たちをじっと見つめた。
「ア、アザレア? 一体何を言ってるんだい? 魔王はもう聖王に殺されてるはずだし、こんな人間の姿なんてしていなかったよ?」
「だけど! こいつに触れた瞬間に流れ込んできたんだよ……! 魔王の、記憶が!」
アザレアさんは、ある特殊な能力を女神から譲り受けている。
触れた対象が転生者かどうかを知れる能力。
前世の記憶、と言い換えた方が正しいのか定かではないが、触れた対象の転生前の記憶を見ることができるという。
その力が発動し、魔王の記憶が流れてきたのなら、男性は間違いなく――魔王だ。
「全員、距離をとるんだ!!」
ジオさんが大声を上げて私たちに命令する。
その命令に従い、すぐさま男性から距離をとった。
いや、本能で感じ取っていた恐怖から逃げるために距離をとったのかもしれない。
今にも足が震えそうで、男性を見ていると背筋が凍るほどの恐怖を抱く。
別に、殺意を感じるわけではない。
ただ、あの男性からは何も感じられなかった。
こちらに殺意を抱いている様子も無く、ただじっとこちらを見ていた。
あの男性は、一言で表すならば闇。
何も感じられない、深い深い闇の様な。
「未だ見えぬ光、この喪失感。そうか、我はやはり死んだのか」
まるで人形のように、心がこもっていない言葉が耳に届く。
「妖精の女よ、教えてほしい。我は死んだのか?」
「……知らねえよ、でも世間じゃそういう風に言われてんだ。魔王は聖王に殺されたってな」
「やはりか。未だ覚めぬ長き夢の中だと思っていたが、よもや現実だったとはな」
「あなたは本当に魔王なのかい? あなたからは以前感じられた殺意が一切感じられない。どこか府抜けたようにも見えて、同一人物とは思えないんだ」
「この姿になった以上、我は争う気などない。我は探すだけだ。力の真理を、力の根源を。しかし、その語りよう、まるで我を知っているかのようだな」
男性の言葉に、アザレアさんが口を開いた。
「知ってんだよ、アタシらは。テメエに殺された勇者一行だからな」
特に騒ぐ様子も無く、アザレアさんは冷静に言葉を発していた。
しかし、彼女の肩が僅かに震えている事を知っている。
静かな殺意が、魔王に向けられていた。
「勇者一行だと?」
「そうさ。僕と彼女は魔王に殺された勇者一行だった。でも、不思議な事に生き返ったんだ。今のあなたと同じようにね」
魔王と呼ばれた男性は、一瞬だけ考える様な仕草をとり、無表情のまま頷いた。
「我が最後に相対した人間の仲間だと言うのか? まさかこのようなめぐり逢いがあるとはな」
「僕も驚いてるよ。まさか魔王が転生してるなんて思ってなかったからね」
少しだけ、場に落ち着きが戻ってきたように思えた。
だが、私は男性の言葉に少しだけひっかかっていた。
最後に相対した人間。それは聖王のことなのだろうか。
「あ、あの。少しいいですか?」
「何用だ」
「最後に相対した人間、というのは勇者様のことですか?」
男性は私の質問に一呼吸置き、「そうだ」と頷く。
「貴様たち人類が勇者と呼んでいた男に我は倒された」
やはり、勇者に倒されたことは間違いないらしい。
しかし、アル様は『魔王に負けた』と話していた。
でも、実際は魔王は勇者によって倒されている。
どこか矛盾を感じるのは私だけだろうか。
どちらかが当たっていて、どちらかが外れているのか。それとも、どちらとも当たっているのか。
「お願いします。その時の状況を詳しく教えてくださいませんか?」
きっと、真実を知る機会は今しかない。そう思った私は、男性に向かって深々と頭を下げた。
男性の足音が私のもとに近づいてくる。
「セレン逃げろ!!」
「そ、それ以上近づくなら射るよ!」
アザレアさんたちが大声を上げる。
大丈夫、心配はいらない。男性は絶対に何もしてこない。
私たちを殺すつもりなら、初めから問答無用で殺されていただろう。
それをしなかったという事は、本当に争う気がないからだと私は思っている。
だから、大丈夫。
足音が私のすぐ目の前でピタリと止まる。
「顔を上げろ」
その言葉通りに、私はおもむろに顔を上げた。
すると、男性は無表情のまま私をじっと見つめてきた。
「やはり、この顔どこかで見たな。そうか、貴様も勇者と共にいた女だな?」
「その娘は違うよ。その娘は何も関係ない」
「……まあいい。良いだろう、我は勇者たちと相対し、一人となった勇者に敗北した。とある魔法によって」
「とある魔法……?」
「たしか、エゴ・イプセ・サクリフィキウムと言ったか?」
「ハア!? テメエ今何て言った!」
魔王の言葉に、アザレアさんが過敏に反応する。
その表情からは、驚きと哀しさが感じ取れた。
「アイツが――アイツがあの魔法を使ったってのか!? あの魔法は自分を犠牲に爆発を生む魔法だ! そんな魔法をアイツが使ったのか!?」
アザレアさんの声が辺りに響く。
しかし、その言葉に魔王は不思議そうに小首を傾げた。
「貴様は何か勘違いをしている。あの魔法は自らの命を引き換えにするものではない。自らの魂を引き換えに対象の魂を滅ぼす禁術だ」
「え……?」
この場に、再び静寂がおとずれた。
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