第百三十三譚 キテラス大陸


 無事にミラニダレを採集し、婆さんのもとへと戻ってきた俺たちは家の中でくつろいでいた。

 外はまだ日が差しており、日が落ちるまではもう少し時間がありそう。


 丸い木のテーブルを囲うように座る三人。

 俺は婆さんが淹れてくれた温かい茶をゆっくりと飲んで心を落ち着かせていた。


「どうだい、あたしの茶は」


 俺は茶を口に含んだまま、黙って頷く。


 悔しいが、この茶は美味い。

 口の中に広がる柔らかな苦みがまた絶妙だ。


 いや、別に悔しがる必要はないんだけど。


 この茶、初めて見た時は目を疑った。

 なにせ青色だもの。綺麗な青色じゃなくてもうド青。濁った青。

 青汁って本来こういうのじゃないのかって思うぐらい。


 しかし、飲んでみるとあら不思議。

 美味いし香りはいいし心は安らぐという連続攻撃をくらった。


 俺は口に含んでいた茶を飲み込み、婆さんに問いかけた。


「これって何使ってるんだ?」

「あ? ミラニダレだよ」


 吐きそう。

 俺は口元に持っていきかけていたコップをテーブルにそっと戻す。


「ミラニダレをあたしの薬に混ぜ合わせて茶にすると、いろんな病気や怪我に効くのさ。だからありがたく飲みな」

「なんで茶にするとこんなに香りが良くなるんだよ……、まあ青色の時点で薄々察しはついてたけどさ……」

「いいから飲みな、てめえは自分の身体を治す事だけ考えてりゃいいんだ」

「そんなこと言っても、もうほぼ治ってるんだろ? ほら、傷口だって塞がってるし」

「そりゃあ傷口が塞がってるわけじゃないよ。無理すると開くからね、あと感染症にかからないための予防みたいなもんだよ。だからさっさと飲みな!」


 婆さんに言われるがまま、残っている茶を飲み干す。

 先程までは美味しく感じられたこの茶も、あの臭いを思い出してしまって素直に美味しいと感じなくなってしまった。


 この状況でも平然と飲んでいられるプルメリアさんが凄いぜ……。


「美味い」

「メリアを見習いな! 文句言わず飲んでるだろ、あたしの茶は美味いからね!」

「あの臭い思い出したら飲めるものも飲めなくなるって!」


 俺は一呼吸置き、心を落ち着かせる。

 そして、本題を切り出した。


「なあ、教えてもらいたい事があるんだ」


 俺の言葉に、婆さんが眉を細める。


「なんだい?」

「単刀直入に聞くけど、ここはどこなんだ?」

「ここはキテラス大陸の北東部。キテラ大森林」


 俺の質問に答えたのは婆さんではなくプルメリアさんだった。

 彼女の口から出たキテラスという単語に聞き覚えを感じながら、質問を続ける。


「キテラス大陸って、キテラ王国があるあの?」

「そうさね。ここはキテラ王国が支配する大陸だよ」


 なんてこった。

 キテラス大陸は世界の南東。つまり、北にあるドフタリア大陸から大分遠くまで流されてきてしまったってことになる。

 

 そして、キテラ王国に関してはあまりいい話が無かった気がする。

 この世界において唯一奴隷制度という奴隷を売買していいと認められている国だ。

 他の四国としてはそれを撤廃させたいらしいが、キテラ王国はそれを無視して隠れて売買を続けているらしい。


 それに、俺は少しキテラ王国に不信感を抱いている。

 あの八皇竜の四ヵ国同時襲撃。あの時、何故かキテラ王国だけ襲撃を受けていなかった。

 それだけでも充分に聖王と手を組んでいると考えられるけど、この前の戦争――どうしてキテラ王国だけが参戦しなかったのか疑問に思っていた。


 既に滅ぼされているドフターナ帝国は参戦できないだろうけど、キテラ王国は参戦できたはずだ。

 なのに参戦しなかった理由は、聖王と手を組んでいるからじゃないのか?


 俺はずっと、聖王は人間を大勢自らの国に引き入れて戦わせているのだと思っていた。

 でも、それは大きな間違いなんじゃないのか。


 俺たちが聖王軍だと思って戦っていた相手はキテラ王国なんじゃないのか?


 そうだと仮定すると、エルフィリムを襲った奴らも戦争を起こしていた奴らも全員――キテラ王国だってことになる。

 だけど、そうなるとエルフィリムまでバレずに移動する手段がない。ドフタリア大陸に渡るのだって、キテラ王国が軍を起こして海を渡れば絶対に気づかれるはずだ。

 

 それなのに気付かれないとなると、どういう方法で大陸を渡ったんだろうか。


「おい小僧! てめえ人の話聞いてんのかい!?」

「えっ、あ、ごめん! 考え事してて話聞いてなかった!」

「ったく、いいかい? 小僧は今キテラ大森林っていう場所にいる。ここは王国の奴らが干渉してこないいわゆる安全地帯って奴なんだよ。それでも王国に住む奴隷商の奴らは森に入ってくるのさ、メリアたち黒妖精を狙ってね」

「だけど心配はいらない。シルヴィアの魔法で人間は森に入ってこれない」

「なんか話がよくわからないんだけど……」


 つまり、ここはキテラス大陸の中で唯一王国に干渉されない場所なんだけど、奴隷商の奴らは黒妖精を求めてやってくる。でも、婆さんの魔法でよそ者は森に入れない……ってことだろうか。


 いや、待てよ。でもそうなると――。


「ならなんで俺は森に入れたんだ?」

「てめえはメリアが運んできてくれたから入れてるんだろ! ちょっとは頭動かしな!」

「あ、はい。すみません……」


 婆さんに一喝され、俺は肩をすぼめる。

 確かに俺はプルメリアさんに運んできてもらえたから生きてるんだよな。


 プルメリアさんみたいに美人な黒妖精はきっと多いんだろう。だから奴隷商も狙っているんだと思う。

 絶滅したと思われるぐらい希少な存在で、いかにも貴族の人たちが好きそうな顔立ちしてるもんな。

 

「それにしても人を寄せ付けない魔法なんてあるんだな。いったいどんな魔法なんだ?」

「小僧もよく知ってるはずだよ、この魔法の事は」


 そう言った婆さんは、俺の目の前に手を広げてみせる。

 そして、俺の視界を手のひらで奪うと、次の瞬間に俺は信じられないものを目にする。


 婆さんの手のひらがどかされ、視界を取り戻した俺の目に映ったのは、燃え盛るほどの炎や熱気。

 辺り一面が溶岩で溢れかえっていた。


「!?」


 言葉にならない驚きが口から発せられる。

 さっきまでただの小さな家にいたのに、いきなり溶岩地帯に連れてこられても、頭の回転が追い付かない。

 パニックだ。


「ま、こういうことさね」


 パチン、という指を鳴らしたような音と共に、俺の視界が一気に変わる。


「あ、あれ?」


 辺りを見渡すと、先程の溶岩地帯の面影を全く感じない小さな家に戻っていた。

 プルメリアさんが黙々と茶を飲み、婆さんがこっちを観てけたけたと笑っている。


「小僧、てめえも知ってるだろ? この魔法がなんなのか」

「まさか――」


 そうだ。なんで気付かなかったんだ。

 この世界において、白髪の者は黒妖精ぐらいしかいない。


 人間の老人でも、銀や灰といった白とは違うくすんだ髪色になる。


 それでも、特例は存在していた。


「そのまさか。あたしの名前は『シルヴィア・エンデミアン』。幻術魔法の使い手さ」

「嘘、だろ……」


 禁忌とされる幻術魔法を扱うエンデミアン一族。

 その一族は代々雪のように真っ白な髪を持つと言われていた。

 

 

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