第百三十二譚 キス おぶ プルメリア


 こんな経験をしたことはないだろうか?


 誰も居ないはずなのに、誰かに見られてる気がする。

 誰も居ないはずなのに、誰かの気配を感じる。


 こういうホラーなシチュエーションに陥った時が、少なからずあると思う。

 

 例えば、ホラー系の映画を見たとしよう。

 そうすると、意識はほとんどホラー系に持っていかれ、いないはずの気配や視線を錯覚してしまう人も多いのではないか。

 俺もそのうちの一人であるわけなんだが。


 そう、人は見えない物に恐怖心を覚える。

 つまり何が言いたいかというとだ。


 この穴道は先が見えなくて怖いと。

 ただそれだけだ。


「プルメリアさん、これどこまで続くんですかね?」

「まだもう少しかかる。慌てて進むとさっきの化け物に喰われる」

「なるほど……」


 もう何が怖いってプルメリアさんの言い方も心籠ってない感じで怖いし、さっき現れた無数の触手を持ってるでかい化け物がまだ居ると思うと恐ろしくて仕方ない。


 見えている場所なら全然問題ない。

 だが、こう暗くて先が見渡せない場所となると話は別だ。

 

 幻術魔法を使ってもいいんだけど、相手が見えない状態で使った事なんて一度もないから何が起こるかわからない。

 見えてから使ったとしてもプルメリアさんの方が早く倒してしまうだろうから意味は無し。


 あれ、俺役立たずになってないか……?


「心配するな。私が守る」

「やだ、かっこいい……」


 プルメリアさんのイケ言に心を奪われそうになりながら、俺たちは松明の明かりを頼りに先へと進んでいく。


 しばらく歩いていると、うっすらと明るくなってきているのを感じる。

 そろそろ出口が近いのか、かすかに風も感じられた。


「そろそろだ」


 歩むスピードが速くなる。

 かすかな風と光を感じながら、俺はプルメリアさんの後を追って穴道を進む。


 徐々に傾斜に変わり、光を辿って駆け上がっていく。

 そして、眩しい光に包まれながら、俺は外に出た。


 光に慣れず細めていた目を、徐々にゆっくりと開いていく。

 眩い光と共に俺の目に飛び込んできたのは、見渡す限りの緑の海だった。


「な……これ、凄いな……」


 思わず目を奪われていた。

 果てしなく続いていそうな森の海。そこに住む生物たち。

 こんな景色は五十年前に見た事が無かった。


「ここからの景色は良い。村の子供たちにも人気があるんだ」

「村、ってプルメリアさんの?」

「そう。ここから遠くはない場所に私の仲間たちが住む村がある」


 という事は黒妖精の村って可能性が高いよな。

 でも、黒妖精の村なんて聞いた事がない。勿論、行った事もだ。


 エルフィリムには黒妖精がいない。

 その理由は定かじゃないけど、きっと昔に迫害を受けたか何かであの国を追い出されてしまったんだろう。


 黒妖精は魔力が異常に高い妖精族で、髪が白いのが特徴だ。

 実を言うと、俺は黒妖精自体見るのが初めてだったりする。


 俺が聞いた話だと、黒妖精は各地に散らばって人気のない場所にひっそりと暮らしているらしいが、プルメリアさんはどうなんだろうか。

 黒妖精と俺が呼んでしまった時、明らかに嫌がってたけど何か関係があるのだろうか。


「どうした。こっちだ」

「まだ登るのか……!?」


 坂を軽々上がっていくプルメリアさんを見て呆れながら、背を追って上っていく。


 ともかく今はミラニダレを獲る事を優先しよう。

 獲っていけばシルヴィアの婆さんも何か教えてくれるかもしれない。






□■□■□






 坂を上り続けて数分。

 俺たちは青い霧がうっすらと立ち込める場所に辿り着いた。


「ここにミラニダレがある」

「なんかここにある植物みんな毒々しいんだけど」

「全て毒だからな」

「毒なの!?」


 やっぱり俺の予想は正しかったな。

 青くて臭うのは危険なんだよ、やっぱり。


 もしかしてここの霧みたいなの吸ったらアウトとか、はないよな。

 まさかそんなはずが。


「ここの霧は吸うな。死ぬぞ」

「もうアウトだって!!」


 俺は急いで口を塞ぐが、間に合ってない気がするため、アウトだろう。

 心なしか気分が悪くなってきた感がある。


「安心しろ。解毒剤なら持って来た」


 プルメリアさんはそう言うと、腰のポーチみたいな物から小包を取り出した。


「それが解毒剤なのか? いやでも解毒剤だけあっても事前に防ぐのがないと意味ないんじゃ……?」

「心配はいらない。シルヴィアの解毒剤は体の中に即効性の抗毒組織を作ってくれる」

「ああ、それシルヴィアの婆さんが作った物なのか。で、これを飲めばいいのか?」

「そう。一つやるから自分で使え」


 そう言って投げ渡された小包の中には、ビー玉ぐらいの茶色い丸薬が包まれていた。

 プルメリアさんが目の前でその丸薬を飲み込む。

 俺も見よう見まねで丸薬を口の中に入れると、飲み込みやすいように噛んで潰す。


 瞬間、口の中に酷く苦みが広がった。


「ゥおえっ……! 苦……いな……!?」

「馬鹿か。水と一緒に飲むに決まっている」


 プルメリアさんの方を見ると、確かに水の入っていそうな木の筒を口元に当てている。

 そうか、ここの世界でも水か。水なんだな。


 でも水なんてここいらには湧き出てないし! 俺水持ってないし!


「仕方がないな。ほら」


 プルメリアさんが手を差し向ける。

 俺は喉元を抑えながら、その手を掴もうとする。


 だが、俺の手は逆に掴まれてプルメリアさんに体ごと引き寄せられた。


「え?」


 次の瞬間、プルメリアさんの顔が一気に近づく。

 両手で顔を支えられ、唇に何かが当たる。


 そして――。


「――これで少しは楽になる」


 唖然とした。

 水、そして口の中に自分のものではない何かが入ってくる感覚がまだ残っている。

 何か柔らかかった。


 思考が追い付かない。


「ミラニダレを獲った。シルヴィアの家まで戻るぞ」


 つまり、俺は。


 こんな状況で、こんなシチュエーションで。


「嘘だろ」

「何がだ」


 初めてを、奪われたというのか……!


 こうして俺たちは、シルヴィアの婆さんのもとへ戻っていった。

 プルメリアさんの不可解な行動は、未だ証明されていない。

 

 そして天国にいるであろう父さん、母さん。

 僕は、元気です。

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