第百三十一譚 お使い うぃず プルメリア


「お使い?」

「ここから東の方向――ほら、あの崖が見えるだろ? あそこに“ミラニダレ”って草が生えてるんだ。そいつを採ってきてもらうだけさね」


 シルヴィアの婆さんが指さした方を向くと、木の陰からちょこっとだけ見える崖を視認する。

 遠目からだからよくはわからないけど、多分結構高いんじゃないか、あの崖。


 ここの木は俺の知る他の木々と違って2倍以上高い。

 そんな木々の陰から見えるって事はつまりそういう事なんだろうな。


 いや、まあ文句は言わないよ。助けてもらってるわけだしな。


「分かった。それで、ミラニダレ? って草はどんな特徴してるんだ?」

「青い、臭う、細長い。まあ、行きゃわかるはずだよ」

「うへぇ……、そんな草何に使うんだよ」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行きな!」


 俺は急かされながら、崖がある方向に歩き出す。


 ミラニダレ、ね。なんか名前を聞くとそこまで危険そうな名前じゃないんだけどな。

 しかし、青くて臭うときた。

 明らかに怪しい草だ。……死なないよな、触っても。


 長く伸びた草を掻き分け、一歩一歩先へ進む。

 チクチクとした痛痒い感覚を肌で感じながら、木々の隙間から窺える崖を目指す。


 現在、俺の服装は冒険者もびっくりの超軽装。

 胸部から腹部に掛けて巻かれた包帯。そして普段のズボン。以上となっている。


 普通、毒を持った植物や生物がうじゃうじゃいそうな森の中にこんな超軽装で挑む馬鹿はいない。

 ただ単純に何を着ていたかわからなかったから、俺は今こんな超軽装で森に入ってしまっているわけで、決して俺がアホだからとかそういう事ではない。

 そう、決して。


 よくよく思い出したら武器すら持ってきてないからな、今。ナウで。

 まあ武器ぐらいならそこら辺の枝やらなにやらで急ごしらえはできるからいいんだけど――あの長剣気に入ってたんだけどな。

 でも仕方ないか。その分セレーネともう一度話すこともできたし。


 さて、早くあいつらと合流するためにもここがどこなのかを知らないとな。


「その恰好は何だ、馬鹿か」


 突然、どこからか俺の恰好について指摘が飛んでくる。

 その指摘に少しだけ腹を立て、聞いた事があるような声だと思いながら辺りを見渡す。


 俺の左前の木――そこからゆっくりと何かが姿を現した。


 白く長い髪。尖った耳。

 先程知り合った黒妖精の女性が現れた。


「……プルメリアさん!?」


 プルメリアさんは姿勢良く背筋を伸ばして俺のもとに近づいてくる。

 その様子に、どこか凛々しさと気高さを感じた。


「どうしてここに?」

「お前だけでは心配だ。私も着いていく」

「いや、その気持ちだけで十分。命の恩人までお使いに巻き込めないよ」

「私は現地の者だ。ここの地形は頭に入っているからあの崖に最短距離で行ける道筋を教えられる」


 初めて会った時と同じように無表情で言葉を発するプルメリアさんは、着いて来いと言わんばかりに先導して歩いていく。


「いや、悪いって! そこまでしてくれなくても!」


 俺がそう言っても、プルメリアさんは表情を崩さずに俺の方を見て。


「先程何も言わずに去ってしまった詫びだ。お前は気にしなくていい」

「ああ、あれは別に俺が悪かったんだしそこまでしてくれなくても――」

「もう少し進むと周りの樹木より二回りほど大きい大樹がある。その根元から地下を通っていくと近道になる」

「お聞きでない?」


 これは黙って付いていくしかなさそうだな、と思った俺はとやかく言うのを諦めてプルメリアさんの背を追いかけた。


 彼女の言った通り、周りの木々より二回りぐらい大きい大樹の根本付近には地下へと通じる穴があった。

 その穴の中は暗く、少しじめじめとした感覚と肌寒さが俺を襲った。


 プルメリアさんはどこから取り出したのか、松明を手に持ってずんずん奥に進んでいく。


 寒い。途中水滴みたいのが肩に落ちてくるだけで体を震わせてしまうぐらい寒いと感じる。

 まあ、こんなほぼ半裸みたいな格好でいるのが悪いんだけどな。包帯とズボンとかどんなファッションだよ。


 でもプルメリアさんも露出多いんだよな。

 マントは羽織っているんだけど、上半身ビキニみたいな恰好してるし。下はロングスカート破いてるのか凄いワイルドだし。

 やっぱり現地の人とかは慣れてるんだなぁ。


「止まれ」


 突然発せられた言葉に、俺は思わず身構える。

 プルメリアさんは身を屈め、じっと先を凝視している。


「どうした?」

「厄介な魔物がいる。どうにかやり過ごしたいが戦闘になりそうだ」

「魔物、か。なら俺がどうにかするよ」

「いや、私一人で充分だ。お前は見ているだけでいい」


 直後、奥から一本の触手が凄まじいスピードで伸びてきた。

 それはもう獲物を捕まえるレベルではなく、獲物を突き刺しにくるような速さの攻撃だった。


 しかし、プルメリアさんはまるで見えていたかのように容易く避ける。


「嘘だろ……!?」

「これはお前が持っていろ」


 松明を俺の方に投げたプルメリアさんの姿が見えなくなる。

 だが、次の瞬間。奥の方で輝く何かが視界に映った。


 暗闇の中で輝く二つの何か。

 彼女の両手は電気を帯び、無数の触手を持った魔物を一刀両断していた。


 まさに電光石火。

 その光景は一瞬しか見えなかったが、それでも目にしっかりと焼き付いていた。

 きっと、これを見た誰もが綺麗だと思うだろう。


「片付いた。もう安心だ」

「あ、ああ! 凄いなプルメリアさん、まさかあんなに強いなんて思いもしなかったよ!」

「そうか、ありがとう」


 戻ってきたプルメリアさんは表情を変えずに讃えたことに礼を言うと、俺に手を差し出す。


「松明」

「え? いや、自分で持つよ」

「私が先導するんだ。なら私が持つのが妥当だろう、渡せ」

「……確かにそうなんだけどさ――わかった、よろしくお願いするよ」


 そして、俺たちはまた奥へと進んでいく。

 

 俺はプルメリアさんが何を考えているのか、何がしたいのか全く想像が出来ず、少し不気味に思っていた。

 でも、それと同時に少しだけ気になった。

 どんな人物なのか、あの技は何か。

 単純に、彼女に興味を抱いた。

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