第百三十譚 恋をしていた


「おい、見ろよ……。噂の御一行だ……」

「たった数日で全員が『第一級冒険者』になったっていうあの……?」


 ビストラテアの冒険者組合内にある酒場が、ざわざわと騒ぎ立つ。


 私たちは端の一角に座ると、今日の収穫を確認し始めた。


「今日もアルヴェリオの目撃情報は無し、と……」

「世界の中心って言われてるからここを拠点にしてたけど、そもそもそれが間違いなんじゃない?」

「うーん、でもビストラテアはいろんな情報が集まるよ? 早かったり遅かったり不定期だけど」

「しかし、私たちは一刻も早くアル様を見つけ出さなくてはなりません……、ゆっくりなどはしていられないのです」


 ドフタリア大陸を出航した後、私たちは世界の中心とされるビストリム大陸の大国、ビストラテアにて情報を収集していた。


 朝から酒場に入り浸り、冒険者の方々に話を聞きまわっては依頼をこなし、その途中で出会った冒険者たちや街の方々にも話を聞いていた。

 しかし、このビストラテアで情報収集を開始してから早一週間。アル様の目撃情報は一切挙がってこない。


「すみませーん! 注文お願いしまーす!」


 シャールさんが大きな声を上げてお店の人を呼び、次々と料理の名を口にしていった。


「それにしても、アタシたちって随分有名なのね。さっきから視線が集まって来てるんだけど。特に男の」


 アザレアさんが不快感をあらわにした顔で周囲を見渡す。


「まあ、可愛い女の子がたくさんいたら視線は集まるよね。ほら、このパーティなんていい例だよ」

「たしかにね、アタシたちってほら、美人でスタイル良いじゃない? だから視線が集まるのもわかっちゃうんだけど――」

「いや、多分君には視線行ってないんじゃないかい? ほら、二人と違って目立つ山がないわけだしね」

「お前もういっぺん言ってみ?」

「ごめん僕お手洗い行ってくるよ」


 鬼の様な形相で睨まれたジオさんは、そそくさと逃げるようにどこかへ消えていった。

 私はそんな二人の様子を眺めながら、グラスの中の水を静かにのどに流し込む。


「なんかやらしー視線感じる……、男の子って皆こうなのかなー?」

「そうよ、男なんて獣よ獣。隙あらば喰らい、飽きたら捨てる。それが男よ」


 呆れ顔で手を振り、男の人が何たるかを語りだしたアザレアさん。

 そんな彼女の語りに興味を示したのか、シャールさんが目を輝かせながら問いかける。


「凄い経験者感出てるね! やっぱりアザレーは経験あるの!?」

「も、勿論よ。これでもアタシはアンタらの三倍以上は生きてるから、と、当然でしょ?」

「へえー! 凄いなぁ! わたしまだ恋人とか出来たことないから全然わからないんだよね。あっ、あのさ! 夜のアレとかどうなの!? やっぱり痛い!?」

「へっ? あ、ああ! アレね、はいはい。そりゃあ勿論痛くないわよ? ま、まあアンタらは痛いのかもしれないけどね?」


 このような公衆の面前で一体何の話をしているのだろう。

 私は少し恥ずかしく思いながら、会話を聞き続けた。


 食い気味で問い続けるシャールさんに対し、目を泳がせながら顔を赤くしてそれに答えるアザレアさん。

 見ている分には凄く楽しい。そう、見ている分には。


「せ、セレンは!? セレンはどうなのよ!? 経験あるの?」


 突然話を振られ、思わずグラスを落としそうになる。

 グラスをテーブルの上に置き、私は首を横に振った。


「いえ……私は未だ、恋とか愛というものが何であるかわかりませんし、一度もそのような経験をしたことがないので……」


 シスターである私には、恋愛などご法度。

 主に己が身を捧げ、尽くすのが仕事――そのような私が、恋をするなどあり得るはずもなかった。

 とはいえ、私は神という存在を信じていない。だから、ウィンブルやベールを身に着けずにいた。

 勿論、先輩方に咎められたりもしたけど、私はそれを気にせずに過ごしてきた。


 思えば、このような話をするのは生まれて初めてかもしれない。


 幼い頃は、こういった事を考える余裕など無かったし、話す相手すらいなかった。

 シスターとして過ごしていた頃も、恋愛が禁止されているからそのような話に繋がる事も無かった。

 

 だから、こういった話をするのは少しだけ楽しく思う。


「……アンタ、男に言い寄られた事一回もないわけ?」

「ええ、一度もありません」

「嘘でしょ……、こんだけ良い体しといて男が放ってたわけ……? もしや今、アタシの時代きてる……!?」


 私の言葉を聞いたアザレアさんは、ブツブツと何か呪文を唱えるかのように独り言を話し始める。


「……あれ?」

「どうかしましたか? 何か気になる話でも聞こえたのですか?」

「ううん、セレちゃんが恋したこと無いって言ってたから、あれって思って」

「はい? 先程も話した通り恋はしたことがありませんよ?」


 シャールさんは首を傾げ、腕を組みながら何かを考えている。

 唸り声を上げながら、納得していないような表情で私に問いかけてきた。


「セレちゃん、アルっちのこと好きじゃないの?」

「……はい?」


 一瞬、シャールさんが何を言っているのかわからなくなった。

 そのような当たり前のことを聞かれるとは思ってもいなかった。


 好きだ。好きでなくては共に旅などしない。

 アザレアさんもジオさんもシャールさんも好きだ。

 こんな当たり前のことを何故聞くのだろう。


「あー、ごめんね! そうじゃなくて、友達とかそういうのじゃなくて……恋とか愛のほうでってことなんだけどー……」

「……恋?」

「そう! 恋!」


 恋。

 そう言われても、私にはわからない。今まで一度もそのような感情を持ったことがないし、経験した事も無いのだから。

 何が恋でどこまでが愛なのか。

 何が愛でどこまでが恋なのか。


 友人として、仲間として、それでもないのなら恋人として――ということだろうか。


「私は……わかりません。そのような感情を持ったことなど一度もないので……」

「うーん、じゃあさ! 今会いたい人は?」

「それは勿論アル様です。当たり前ではないですか」

「支えたい! って思う人は?」

「勿論、アル様にアザレアさん、ジオさんにシャールさん……そして、傷ついた人々です」

「じゃあ、ずっとそばにいたいって思う人は?」

「傍に……?」


 シャールさんの問いに、私は真っ先に一人の青年を思い浮かべた。


 素性の知れない私に優しく接してくれて、人々を守るのに一生懸命で。守るために戦える勇気を持っていて、自らの命すら捧げてしまうような彼。

 思えば、私は常に青年の事を考えていたのかもしれない。


 彼の隣で、彼の雄姿を見ていつしか、本当に傍で支えたい――この人のために何かをしたいと思った。

 体の傷も――心の闇も、私が振り払ってあげたいと思ったのはいつ頃だったろう。


 彼の事を考えると、胸が熱くなり、苦しくなり、時に痛くなる。不安になる。


「セレちゃんが一番、その人のために生きたいって人は?」


 私が一番、その人のために生きたいと思える人。

 考えずとも浮かんでくる。彼の、真っ直ぐな姿が――彼の優しげな表情が――。


「真っ先に思い浮かんだ人が、セレちゃんが恋してる人だと思うよ!」

「私が……恋している……」


 ……ああ、そうか。そうだったのか。

 答えなどとうの昔に決まっていた。


 誰を支え、誰のために生きたいのか。

 気付かないふりをしていたのかもしれない。本当はわかっていたのに。


 他の方とは違う想いを抱いていた。自分でも気づいていた。それなのに、わからないふりをして、心の奥底にその想いを隠し続けていたのかもしれない。


「アル様……」

「ほら、言ったとおりでしょ?」

 

 そうだ……私はずっと前から――恋を、していたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る