第百三十四譚 白の魔女


 戦争終結から一ヶ月半が過ぎた頃、セレーネたちは魔界に行くための道具を手に入れる為、ビストリム大陸の東にある真紅の神殿に向かっていた。


 彼女らの仲間であり、リーダー的存在であるアルヴェリオの目撃情報は一切掴めないまま。

 話し合いの末、いつアルヴェリオが戻ってきてもいいように魔界に行くための準備はしておこうという事で纏まり、現在に至る。


「はー! 生き返るー!」


 岩の日陰で座るアザレアが、筒の中にある水を飲みながら声を上げる。


「アザレア、いくら近くに池があるとはいえ飲み過ぎないようにするんだよ。池の水が綺麗とは限らないからね」

「見た感じ綺麗だから大丈夫でしょ。飲料水よ飲料水!」

「あ~……、きっとアザレーは料理できないタイプなんだね……」

「アンタね、アタシのことバカにしすぎじゃない? いくらアタシでも料理ぐらいできるわよ!」

「えっ……、本当に料理できるのですか……?」

「流石のアタシも傷つくわよ」


 彼女たちがこうして話をするのも久しぶりの事。

 砂漠地帯を旅している間は、こういった話をすることは殆どない。

 

 一言二言ぐらいの会話はあるが、今のように会話に華を咲かせることなどしない。

 無謀だからだ。


 砂漠地帯を歩く旅人たちにとって、体力はなるべく温存しておきたいもの。

 それを会話することで消費するのは、絶対に避けておきたいのだ。


 だから、彼女たちもこのオアシスに辿り着くまで会話は少なかった。

 しっかりとした休息をとれたのも今が初めてと言える。


「――それにしても、キテラ王国は今どうなっているんだろうね。セレーネちゃんの話を・・・・・・・・・・他の三国が・・・・・信じてくれているなら、そろそろ動きがあってもいいはずなんだけどね」


 神妙な面持ちで、グラジオラスが言葉を発した。


「アタシたちの所に連絡が来ないって事は、まだ証拠が不十分で問い詰められないんじゃないの?」

「うーん、それか三国で話し合いが纏まらないのか、秘密裏に動いてるのか、セレちゃんの話を信じていないかだよね……」


 シャールの言葉に、セレーネは俯く。

 

 彼女はわかっていた。自分の言葉を信じてもらえるわけがないと。

 アルヴェリオが幻術魔法で、セレーネがエネレスであるという事実を認識させていなかったとはいえ、一介の旅人の言葉を信じてもらえるなどあり得ない。


 だが、彼女はやる前から諦めたくないと妖精族の王家であるアザレアに頼み込み、妖精族の女王、王都トゥルニカの国王、ビストラテアの獣王に戦争の真意を伝えたのだ。


「まあ、考えていても仕方がないね。今は僕たちにできる事をしよう」

「……はい」


 俯いているセレーネを見たグラジオラスは、気を利かせて言葉を発した。

 だが、これがまた新たな会話の種を生み出す。


「そうだ、セレンってリヴァが勇者の生まれかわりだって元から知ってて近づいたのよね? どうやって知ったわけ?」

「それも少し違うのですが――私が教えられていたのは世界の光となるかもしれない者。その者がアル様だと教わりました」

「元から勇者だって知ってて近づいたんじゃなかったんだね……。じゃあ、それを教えてくれた人って誰なの?」

「その方は、白の魔女と呼ばれていまして……当時はキテラ王国の最高位魔導士だったと思います」


 一度呼吸を置き、彼女は続けて言葉を発した。


「名を――シルヴィア。『シルヴィア・エインズワース・ミデアン』と名乗っていたはずです」






□――――キテラス大陸:キテラ大森林:シルヴィアの家【アルヴェリオside】






 

「あたしの名前は『シルヴィア・エンデミアン』。幻術魔法の使い手さ」

「嘘、だろ……」


 婆さんの衝撃的な告白に、俺はただ固まっていた。


 見落としていた。

 白髪の時点で気付くべきだった。


 黒妖精でないのなら、もう答えは一つしかないのに。

 エンデミアン一族だということ以外に答えはないはずなのに。


「ひっひっひ。口を開きっぱにして、そんなに驚いたかい」

「そ、そりゃあ驚くだろ! 今だって何が起きてるのかよくわかってないし!」


 愉しそうに笑う婆さんに、俺はすかさず反論する。

 

 俺がアルヴェリオとして転生した初日、追憶魔術で経歴を調べてもらった事を憶えている。

 その時、エンデミアン一族は滅んだと確かに伝えられた記憶がある。俺がその生き残りだって。


 なのに、今俺の目の前にエンデミアン一族の婆さんが座っている。

 信じがたい状況だ。


 だけど、ついさっきの魔法を見せられてしまっては、信じざるを得ない。

 あれは紛れもなく幻術魔法だ。恐らく幻視だと思う。


 それを使われなければ信じていなかった。

 きっと、婆さんは俺が信じるように幻術魔法を使ったんだろう。

 ……でも、どうして俺が幻術魔法を知ってるってわかったんだ?


「なんだい小僧。どうしててめえが幻術魔法を知ってるってわかったかわからないって顔してるね? 簡単な話さね。髪の色、てめえもそれで気づいたんだろ?」

「髪色……!」


 婆さんに頭を指さされ、ようやく俺はそれに気づいた。

 そうだ、俺も白髪じゃないか……! なんで全然気づかなかったんだ……。


 周りに俺が白髪だって事についてツッコんでくる奴らがいなかったから、自分の髪色を意識していなかった。

 指摘されたのはオトゥーが初めてだったっけな……。


「ま、そんなわけで小僧の大先輩ってわけだよ。あたしゃね」


 そう言いながら立ち上がった婆さんは、未だに頭の回転が追い付かない俺の腕を掴み、椅子から引きずり降ろされた。


「とりあえずてめえに稽古つけてやるから表に出な」

「は!? 稽古!? いや、いいって! 俺にそんなことしてる暇はないんだよ!」

「何言ってんだい。てめえが強けりゃ仲間と離れ離れになんざならずにすんだだろ」


 婆さんの鋭い眼光が俺を捉える。

 

 図星だ。婆さんの言ってる事は正しい。

 俺がもっと強かったら、ギルヴァンスと相打ちのようにならずに済んだかもしれない。

 紅騎士に後れを取る事もなかったはずだ。


 そこまで考えて、ふと俺は疑問を感じた。


「……どうして婆さんがそれを知ってるんだ?」


 俺の言葉に、婆さんは口角を上げてにたりと笑う。


「知ってるんだよ、あたしゃね。てめえがギルヴァンスに負けた事も、てめえが何者かも全て」


 いつもの俺なら、すぐさま戦闘態勢をとるだろう。

 でも、俺はそれをしなかった。


 言葉だけ聞けば不気味なのに、婆さんからは殺気どころか争う気すら感じられなかったからだ。

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